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理解できないことはない

久しぶりの実家は、実家ではない感じがした。私にとっては王宮の方が馴染み深かったことに思わず自分で何様よ、と笑みが漏れる。お母様もお父様も事前に連絡していたので、私のことを素直に受け入れてくれた。


もしかしたら二人とも噂を知っているのかもしれないと思ったけれど、二人とも口に出すことはなかった。

お母様は、ずっといてもいいのよ、と言ってくれたし、お父様は私の体調を気遣ってくれた。そのことが何より嬉しかった。味方はいるのだ、と思えた。


「おやすみなさいませ」


「おやすみなさい、ありがとう」


アリが整えてくれたベッドの中に入ってもなかなか寝付けなかった。場所が変わったから緊張しているんだろうなと思って、ベッドの中で深く息を吐く。ごろごろと態勢を変えてみても、眠気がやってくる気配はなかった。

温かい飲み物でも飲もうかな、とベッドから降りた時に、バルコニーが薄く光っているような気がして、見間違いかしら、と目を細める。


目を細めてみてもうっすら光っているような気がして、なんとなくバルコニーに近づいてみた。すると、バルコニーの柵に誰かがもたれかかっているのが見えた。悲鳴をあげそうになるのをなんとか抑えて、目を凝らして見ると、それが誰だかわかった。バルコニーにつながる扉を急いで開けると、その人は優しい目で見つめてくれた。


「アラン王子、いつからいらっしゃったのですか?声をかけてくだされば」


「寝ているなら、寝かせといてあげようと思って」


アラン王子は優しい顔をしていた。夜も寒くはないけれど、いつからここにいたんだろう。というか、なんでここにいるんだろう。頭の中に疑問が湧いてくるのが、表情に出ていたと思うけど、アラン王子は何も言わず柵にもたれたまま、私のことを手招いた。


「リリア、星がたくさん見えるよ」


手招かれるままにアラン王子の隣に立つと、確かに空に眩いばかりに星がきらめいていた。本当ですね、と返してしばらく星に見惚れてしまう。こんなふうに夜中にバルコニーに出ることなんて滅多にない。星の美しさを知らなかったな、と思っていると、何かが肩にかけられた。


「寒いといけないから」


アラン王子が自分の上着をかけてくれたのだとわかって、さっき頭の中に浮かんできた疑問が再燃してきた。再燃してきたものの、アラン王子がさも当然というばかりにバルコニーにいて、何も言わないから私も何も訊けなくなる。


「ありがとうございます」


私の口から出たのは上着に対するお礼だけだった。アラン王子は誰に対しても優しいから、これは私にだけ向けられる優しさではないはずだ。だから、上着を受け取っても構わないはず。そう納得したいのに、レティシア王女の顔が頭の隅をチラついた。やっぱりだめだ、と上着を肩から下ろす。


「寒くないので」


そう言って返すと、アラン王子の眉がわかりやすく下がった。この顔に弱いんだよなあ、と思いながらも上着を返す手を引っ込めることはできない。アラン王子が渋々、と言う感じで受け取るのを見て、これでよかったと納得する。


「レティシアをいじめてるって?」


「誤解です。お友達になったのに」


「そうだろうね。君はいつでも正しいから」


アラン王子の声が寂しそうだったのに、気づかないふりをした。誰もいない、誰にも見えない真っ暗闇で二人で会話するのは、私たちに許された距離ではない。私は正しくない。正しかったら、アラン王子がバルコニーに見えた時に、見ていないふりをするべきだった。


「誤解でも疲れてるんだろう?」


アラン王子がこちらを見つめているのがわかって、そちらを見ないようにした。甘えてしまいそうな自分が怖かった。12年ってすごい年月だな、と思ってしまう。私はこの人に甘やかされてきたんだな、と今更ながら実感した。


「少し。だから休養に来たんです」


「そのまま王宮に戻らないという選択肢もあるよ」


アラン王子の言葉に、息が詰まる。どういうこと、と思って思わずアラン王子を見ると、相変わらず優しい目をしていた。


「王宮に戻らずに、ついてくるという選択肢もある。第二夫人を作ってもいいとレティシアとは話している」


アラン王子について行くという選択肢?レティシア王女にはもう許可をとっている?頭の中が混乱してしまって、何も言えない私の頬にアラン王子がそっと触れた。そのまま上をむかされて、アラン王子と見つめ合う形になる。赤い瞳が私のことを見つめてくるのを、なぜだか怖いと思いながら見つめ返した。


「醜聞になります」


混乱しながら、口から出た言葉はそれだけだった。元婚約者が第二夫人になるなんて、醜聞は避けられない。私がレティシア王女をいじめているという噂も確実なものとして扱われることだろう。

何を考えているの、とアラン王子の瞳から真意を探ろうとするけれど、優しく見つめ返されるだけだ。


「レヴェールではみんな君のことを知らない。醜聞もリモンの中だけだ」


そう言ってアラン王子が私のことをそっと抱き寄せる。醜聞はリモンの中だけと言っても、そのリモンでお母様もお父様も暮らして行くことになる。お兄様はお父様の後を継ぐだろう。私だけが逃げたら、それだけ多くのことが私の家族に降り注ぐ。


「お心遣い、痛み入ります」


ぐっと、アラン王子の胸を押す。距離を取ろうとするのに、離れないアラン王子に、今まで感じたことのない種類の恐怖が湧き上がってきた。何を考えてるの、この人。アラン王子は私のことを抱きしめたまま、言葉を続けた。


「婚約破棄を受け入れられた?12年も一緒にいたのに?」


さらに力を込めてアラン王子の胸を押しても、アラン王子は離れない。こんなふうに自分の意思を無視して、アラン王子に抱きしめられるのは初めてだった。いつも、壊れ物を扱うように優しく抱きしめてくれた。そして、私が嫌がるそぶりを少しでも見せれば、すぐに離れてくれたのに。


「王家の決定です」


嫌な汗をかいている。自分の背中がじっとりと汗ばんでいくのがわかる。王家の決定だから、私の意志は関係ない。政略結婚のだいたいがそうであるように、そこに個人の意志は存在しない。私がいくらアラン王子を思っていても、王家の決定は絶対だ。私は受け入れなければならなかった。


「王家の決定だから、セレスのことを受け入れた?」


アラン王子の口調に嘲笑が混じる。こんな人だったっけ、と思いながら胸を押しても離してくれないとわかってやめた。だらりと手を垂らすと、アラン王子との距離が一気に近くなる。心臓の音がとくとくと聞こえた。


セレス王子のことを受け入れたのかしら、と考えて、ああ、私はいつの間にかセレス王子の婚約者として振る舞うようになったな、と思った。セレス王子は初めから私に敬意を持って接してくれた。だから、私もセレス王子に好感を抱くようになった。


セレス王子のことを受け入れたと言われればそうだろう。けど今それをアラン王子に言ったところで状況が良くなる気がしない。


「アラン王子のこともセレス王子のことも尊敬しております」


私に言えることはこんなことだけだ。アラン王子のこんな姿はみたことがないし、アラン王子が私を第二夫人に、と思っていることなんてつゆほども知らなかった。アラン王子は婚約破棄とレティシア王女との婚約を納得していると思っていた。気を張っていたから疲れたのか、力を抜くと気持ちまで萎えてきた。


私だってアラン王子と結婚したかったけれど、第二夫人になれるかと言われたら話は別だ。アラン王子のことを好きだったけれど、醜聞を家族に着せてまで結婚したいかと言われたらそれはないと言い切れる。


「リリア?」


「疲れました」


抱きしめられていたけれど、今は私がアラン王子もたれかかっている。そんなに嘲笑されるようなことはしていない。噂だって、私はレティシア王女をいじめてなんかいない。アラン王子の言いたいことはわかったけれど、それができるほど家族を虐げられるわけじゃない。


王家から言われたことに従っているだけなのに、王家の人間がそのことを糾弾するなんておかしな話だな、と思った。


「ごめん、疲れたね。今日はもう寝ようか」


アラン王子の優しい声に、何も言わずに頷いた。アラン王子がそっと抱き抱えてくれるのを、抵抗せずにそのままにしたのは、アラン王子を怒らせたくなかったのと、もう疲れていてしまったからだ。アラン王子がそっとベッドに下ろして、毛布をかけてくれるのをそのままにした。


「おやすみ、また来るよ」


額にそっとキスをされて、私は目を閉じた。レティシア王女の顔とセレス王子の顔が頭の中には浮かんでいた。


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