帰ったり戻ったり
レティシア王女の滞在が伸びることになった、とラルに聞かされて、右から左に流していた。どうせならアランと一緒にレヴェールに帰った方が費用が浮いていいくらいにしか考えていなかった。
それよりも最近元気がなくなっているリリアの様子が気になっていた。噂の出どころがどこかわからない。ラルに調査を任せているけれど、やはりラル一人では限界がある。俺も魔法を使って、少しずつ探っているけれど、どこかで撹乱魔法が使われているのか、出どころにはなかなか辿り着けない。
けど、撹乱魔法が使えるとなるとこの国では上位の魔術の使い手になる。浮かんできた線をそれは流石にないだろうと打ち消しながら、疑ってしまうのをやめられない。
毎日リリアとはお茶会をしていて、母上とお茶をしてからリリアが何か言いたそうにしているけれど、なかなか言い出せない、と言う雰囲気を出しているのが気になる。
何かあった?と聞いても、間を置いて何もありません、と言うだけだ。こないだ、リリアとレティシア王女のお茶会の時に防護壁を勝手にはったのが気に障ったのかもしれない。でも、二人の会話を他のやつに聞かせるのもどんな噂を立てられるかわかったものじゃないから気になるし、リリア暑そうだったし、と心の中で言い訳を繰り返す。
ラルに過保護すぎる、と言われたのを思い出して、いやこれくらい普通だよな、と自分で自分に確認を取った。
執務室で書類を捌きながら、ああでもないこうでもないと心の中で思っていると、いきなり扉が勢いよく開かれた。
「セレス王子、リリア様が!」
そのラルの声に驚いている間もなく、リリアの気配を魔法で探る。王宮の前にいるのがわかって、急いで向かうと、リリアが馬車に乗り込むところだった。馬車?と止まっている間に、幾つもの荷物が場所に積み込まれる。一日、二日、旅行に行くと言う荷物ではない、もうここに帰ってこないのでは?と言う量の荷物が馬車に運び込まれていて、思わず馬車が出発できないように巨大な防護壁をはった。
「リリア?」
心臓が早鐘を打っているのがわかる。どう言うつもりだ?と問い詰めたいのを押さえて、極力優しい声を出すように意識した。リリアは防護壁がはられたのに驚いたらしく、慌てて俺のところに馬車から降りてきてくれた。今日の服は紫色じゃないことも、俺が魔力を最大で放出する原因になった。
「あの、ご連絡が遅くなって申し訳ありません。疲れているようなので実家で休養を、と王妃様におっしゃっていただいて。それで、休養を」
「休養?」
魔力が放出されているせいで、防護壁内の空気が急激に下がっていくのがわかる。それをどうにかリリアを見て抑える。リリアが寒そうに腕を触ったのを見逃さなかった。気持ちを落ち着けようと、リリアの手を取ると、リリアの申し訳なさそうな顔がさらに申し訳なさそうになる。
「何度かお伝えしようと思ったのですが、王妃様から言わない方がいいと言われて」
母上のニヤッとした顔が思い浮かんで、めまいがするような気がした。いきなりリリアが出ていくとなるとこうなることを予想していたに違いない。完全に俺で遊ぶつもりだ。リリアが申し訳なさそうにしているのがかわいそうで、そっと頭を撫でる。
「疲れてる?」
「少し」
レティシア王女との噂が、リリアの負担になっていることはわかっていた。中庭でのお茶会の後もレティシア王女を泣かせていたと言う噂がたてられていた。後日、リリアとレティシア王女が仲良く中庭を散歩していたことで、噂がマシになったと思っていたけど、俺の見立てが甘かった。
顔を伏せて申し訳なさそうにするリリアを引き留めているのも悪い気がして、リリアのことを引き寄せて抱き締める。小さな体を、傷つけそうで心配になる。
「ゆっくり休んで」
「ありがとうございます」
離すと、リリアが微笑んでから馬車に乗り込んだ。防護壁を壊すと、ゆっくりと馬車が出発する。自分の目が届かないところにいくのだと思うと、焦燥感にかられる。
「セレス王子、お時間が」
ラルが控えめにそういってくるのに返事もしないで執務室に向かう。リリアの実家は首都にあるが、休養と言っていたからもしかしたら侯爵家持ちの別荘に向かうかもしれない。どちらにしても、時間さえ作れれば毎日会えるはずだ。移動魔法、まだあんまり上手くないんだよなあ、と思って、まあそんなことどうでもいいか、と考え直した。上手くないなら上手くできるようにすればいい。
移動魔法くらい、訓練でどうにかしてやる。
執務室の端に積み上げられている書類に目をやってからため息をついた。母上は俺がどれだけリリアに執着しているか知っているはずだ。それをいきなり休養と言ってリリアを実家に帰すのだからタチが悪い。
噂のことを自分でどうにかしてみろ、と俺に言っているのだ。収まるのを待つのではなく、リリアにとって居心地のいい王宮をつくれ、と言われている。それに気づいて、余計にため息をつきたくなった。母上にとっての俺は、まだまだらしい。
「ラル、レティシア王女に誘いのカードを出してくれ」
「わかりました。日付はいつに?」
「明日だ」
自分がしたことの罪悪感からではない。たんに自分一人でどうにかできると考えていたけれど、絶対に王女の手助けがあった方が早い。レティシア王女と話しているとよからぬ噂が立つかもしれないが、真昼間の庭園で人に聞いてもらった方がいい。
そのほうが、噂が回るのは早いはずだ。根源がわからなくてもいい。ただ今は噂を断たなければならない。ラルは頷いて早速準備に取り掛かった。俺はとりあえず、書類の束に向かった。




