納得がいかなくても事態は進む
「泣かせてたって噂になってるの?」
「はい、噂は噂なので、リリア様が気になさることではないのですが」
アリが私に紅茶を淹れてくれながら、静かな声でそういった。
レティシア王女とのお茶会の後、私がレティシア王女をいじめているという噂はさらに加速し始めた。中庭でのお茶会を見た貴族が、私がレティシア王女を泣かせていたと噂をしているらしい。
アリからそのことを聞いて、なるほど、そう来たか、と思ってしまった。レティシア王女との関係は良好になったと思うけれど、噂は本人が否定をしても意味がない。レティシア王女がいくら否定をしてくれても、私にいじめられているから否定しているのだと考える貴族がいてもおかしくない。
「でも、おかしいわよね。貴族たちは私に同情的だったはずなのに」
「レティシア王女は積極的にリモンの貴族たちとお茶会を開いているようです。その中でレティシア王女に対して友好的になったのかと」
「そう」
レティシア王女が噂を流しているとは考えにくい。私たちお友達になれるかしら、と言ってくれたし、そんな噂を流しているなんて考えたくない。でも誰かしら噂の元となる人がいるはずだ。
セレス王子は調査すると言ってくれたけれど、噂の元まで辿り着くのは容易ではないだろう。
「王妃に相応しくないって言われたら、どうなるのかしら」
私ができることは噂がただの噂だったと思わせるために、レティシア王女と仲良くすることだけだ。噂が怖いからと言って、部屋に閉じこもっていたのでは意味がない。
数日後にまたレティシア王女とのお茶会がある。その場で仲がいいことをみんなの目に示すことができればいい。たかが噂だと侮っていたら、足元を掬われる可能性もある。
「そんなことにはなりません。リリア様は12年間、アラン王子の婚約者であらせられました。婚約者が変わっても
文句一つ言わず王家に尽くしております。そんなことにはなりません」
アリがそう言って私の手に手をそっと添えてくれた。私はアリの言葉にホッとして、肩の力を抜く。
「ありがとう、不安になってしまってごめんなさい」
そう言って笑顔を見せると、アリはこくりと頷いてくれた。レティシア王女に相談した方がいいのかもしれない。噂になっていることを知ってもらえたら、具体的に動くことができる。
それとももう耳に入っているかもしれない。
その時コンコンとノックの音が聞こえた。私が頷くとアリが扉を開けるように言う。
誰かしら?と思っていると侍女が入ってきた。
「失礼します。リリア様、ムルナ王妃からカードが届いております」
届けられたカードに部屋の中が緊張するのがわかる。
「何かしら」
ムルナ王妃からカードが送られてくるなんて滅多にあることではない。侍女から受け取ると、恐る恐る中身を確認する。
「アリ、明日の午後、ムルナ王妃とのお茶会よ」
中には二人でお茶がしたいと言う旨が書かれていた。シンプルで用件しか書かれていないそれは、ムルナ王妃らしいといえばらしい。
「この時期にお茶会なんて」
思わずポツリとこぼしてしまう。この時期のお茶会なんて、きっといじめのことを訊かれるに決まっている。何もしていないと言っても信用してもらえるかはわからない。
ムルナ王妃は私に対してとても優しい方だけれど、その優しさは万人に向けられる。私が本当にレティシア王女をいじめているとなれば、ムルナ王妃は黙ってはいないだろう。
していないことをしていることにされるのは意外としんどいな、とソファにもたれかかる。明日の用意もしなければいけないし、だらけれている場合ではないけれど、最近は外に出てもヒソヒソと噂話をされている気がして落ち着かない。
「大丈夫ですよ。王妃様とのお茶会に向けてのご準備はこちらで」
私が疲れているのを察してくれたのか、アリはそう言って微笑んでくれる。それに頷いて少し目を閉じた。
セレス王子とのお茶会も毎日続いている。いつも優しい言葉をかけて、私のことを大切にしてくれているのがわかる。だから、私はこの婚約になんの不満もない。レティシア王女がいきなり婚約破棄を申し出た理由もわかって、私はそれに納得をした。
なのに、なぜこんなにも事態はうまくいかないんだろう、目を閉じたまま深く息を吐く。
そして気づいた。私は良かれ悪しかれ、噂の的になったことがなかったのだ。貴族の令嬢の噂を聞いても、あまり興味がなかった。
その人が悪く言われていたとしても、噂されるようなことをしたのだろう、と思っていた。
自分の無関心さに呆れてくる。本当に自分はアラン王子との婚約しか見えてなくて、それ以外のことには興味がなかったんだな、と思うと余計にため息をつきたくなる。
「アリ、明日も貴方だけでお願いできるかしら」
侍女の数もできる限り減らしている。どこからどんな噂を流されるかわからないと思ったからだ。全員を疑わなくてはいけないこの状況もとても疲れる。
アリにそう声をかけると、アリは頷いて明日の準備のために、侍女たちに指示を出してくれている。アリ以外にも信用できる侍女を作らないとな、と思ってまたため息が漏れた。
「リリア様、今日もバラの花が」
「ありがとう」
そう言って侍女から差し出されたバラの花を受け取って顔を寄せる。毎日送られてくるこれも私を安心させる要素の一つになっている。どんな状況でも私を思ってくれている人がいるということは私の支えになる。
セレス王子が私との婚約破棄を申し出ない限り、私の婚約が破棄されることはないと思っていい。けれど、もしもセレス王子が私のことを嫌になったら、私はどうされるんだろう、と思ってしまうことをやめられない。
もしも、ムルナ王妃が私のことを問題があると判断したら?
婚約を破棄されたらどうなるのかしら。実家の侯爵家に戻るだけなのか、それとも修道院に送られるのか。
道としては修道院の方がありえそうだ。他国の王女をいじめた令嬢なんて、実家に帰っても迷惑がかかるだけ。お父様もそれを望まれないだろう。そこまで考えて、自分が悲観的になっていることに笑ってしまう。考えても仕方ない、明日ムルナ王妃と会って、そこでどうするか考えよう、とバラの花を持ったままそう思った。
 




