謝罪は真摯に
レティシア王女とのお茶会はすぐに開かれる運びとなった。私の誘いに対してレティシア王女は私にも話したいことがある、と言う旨のカードをくれたのだ。ケーキの件をしっかり謝罪して、敵意がないことを示したい。私の希望を分かってくれているアリの用意のもと、お茶会は中庭で開かれることになった。中庭の隅にあるポーチで開かれるお茶会は、何があっても失敗は許されない。一度の失敗ならレティシア王女も許してくれるだろうが、二度目の失敗は許されない。見るひとが見ていれば私は処刑されてもおかしくないことをしたのだ、という気持ちを胸に、私はお茶会に並々ならぬ思いを抱いていた。
「気に入ってくださるかしら」
用意したのは先日と同じ焼き菓子と、レティシア王女がいい香りね、と言っていたケーキだ。柑橘のいい香りが漂ってくる。私がそう呟くと、アリがそっと私の肩に触れた。
「大丈夫ですよ。分かってくださいます」
その言葉に頷いて、レティシア王女を待つ。中庭にレティシア王女が入ってきたのはそれからすぐのことだった。今日のドレスは白と黄色で、私が用意したケーキと同じ色だった。立ち上がって出迎えると、レティシア王女は困った顔をした。
「そんなに緊張しなくていいわ。ごめんなさいね」
「私の方こそ、来て下さって嬉しいです。先日のことは本当に申し訳ありませんでした」
立ったまま謝罪をして腰を折ると、レティシア王女は苦笑した。
「いいの。本当にいいのよ。私、ケーキを顔にかけられたりしたわけじゃないもの」
座って、とレティシア王女が言ってくれるのに従って、椅子に腰掛ける。自分の体温がすごい勢いで上昇しているのを感じた。緊張しているのは分かっていたけれど、こんなにか、と自分で自分に驚いていると、レティシア王女が扇で私を仰いでくれる。
「すみません、大丈夫です」
「いいの。それより大丈夫?暑いんじゃない?」
レティシア王女に扇がせるなんてあってはいけないとあたふたしていると、アリも扇で扇いでくれていることに気づいた。こんなに周りに扇いでもらうなんて私相当顔が赤いんだな、と自覚して恥ずかしくなる。どうにかしないと、と思っていると急に辺りが涼しくなった。
「防護壁?」
「そのようです。冷気も生まれるように調整されてますね」
一体誰が、とキョロキョロ辺りを見回すと、ラルが中庭に入ってくるのが見えた。もしかして、と思っているとラルが防護壁の前で跪く。ラルが話しても声が聞こえない、と言うことはこちらの話も向こうには聞こえないと言うことだ。首を傾げて見せると、ラルが防護壁の中に入ってきた。
「主が、中庭でお茶会をされると聞いて防護壁をはったようです。中の会話は外に聞こえません。余計なお世話で申し訳ないのですが、レティシア王女とリリア様に何かあれば国の一大事だと聞きませんで。涼しいとは思いますので、ゆっくりお茶会を楽しんでいただければ」
そう言われて防護壁にそっと触れる。便利だなあと言う気持ちが強いけれど、こんなものを遠隔ではれるセレス王子の魔力に驚いた。
「ありがとう、助かると伝えていただける?」
レティシア王女はそう言って、ラルに下がるように伝えた。私は涼しくなったので気持ちが落ち着いたのか、自分の緊張が解けていくのが分かった。
「レティシア王女とリリア様に、じゃなくてリリア様に、なくせにね」
レティシア王女がそう言って笑う。私はなんと言えばいいかわからずに曖昧に微笑むことしかできなかった。元婚約者としてレティシア王女がセレス王子のことをどう思っているのかわからない。
「こんなことしてもらったことがないの」
そう言ってレティシア王女が悲しげに眉を寄せた。私は聞いていい話なのかわからずに、まだ曖昧な微笑みを続けるだけ。アリが紅茶を淹れてくれる音が、防護壁の中に響いた。
「防護壁も保護呪文も初めて聞いたわ。随分長く婚約者でいたはずなのに」
「アラン王子よりもできると思われると謀反を疑われると、隠していたようです」
私が特別なわけじゃない、と言うことが言いたくてそういうと、レティシア王女は扇をリンさんに手渡して、紅茶のカップを手に取った。レティシア王女をイメージして選んだカップは予想通り、レティシア王女によく似合った。
「ずっと、婚約者のことがよくわからなかったの。会っても話をするのは私だけ。彼はそれに頷いてくれるだけだった。完璧な婚約者だったけれど、愛は生まれようがなかったわ。それでも私が望んだ婚約だからと努力はしたの。彼の気を引こうと必死にね」
レティシア王女が紅茶を一口飲んで、いい香り、と微笑んだ。私はレティシア王女に、気に入っていただけてよかったです、としか返せない。セレス王子とレティシア王女の婚約中の話を、あまり聞いたことがない。二人に興味がなかったと言えばそれまでだ。隣国の王女とわが国の第二王子の婚約を、うまくいっているはずだ、と言うふうにしか捉えてなかった。アラン王子との未来しか、私は考えてなかった。
「アラン王子のことは前から知ってたわ。リモンに来るたびに、あなた達が楽しそうに二人で話しているのを見てたの。私から見て、二人は理想的だった。私たちも二人のようになれるはずだと思っていたわ。けど、いくら話しかけてもセレス王子が私に興味を持っているようには思えなかったの」
レティシア王女から語られる二人の話は私が当たり前だけど初めて聞く話だった。防護壁の中の冷気が少し寒く感じられて、腕をそっと触ると、冷気が弱くなった気がした。それと同時にどこかで見られているんだろうな、と感じる。
「婚約を発表すると言われて、このまま私になんの興味もない人と一生一緒にいるのだと思ったら、急に怖くなったの。それで、私」
レティシア王女はその続きは言えない、とばかりに口をつぐんだ。私はそれを聞いて、どうすればいいのかわからなかった。アラン王子との婚約もセレス王子との婚約も、私は二人に自分に興味を持ってくれていないとは感じなかった。
だけど、もしアラン王子が12年間私に興味を持たないままだったら?そう考えると背中に悪寒が走った。貴族の結婚は、政治的なものが多い。政略結婚は貴族に生まれた者ならば、覚悟をしなくちゃいけないことの一つだ。それでも、相手が自分に興味を持ってくれないのは辛いことだろう。
「貴方に謝らなくちゃいけないのは私の方だわ。ごめんなさい、私ひどいことをしたの」
そう言ったレティシア王女の瞳からポロポロと涙がこぼれる。アリがそっとハンカチを差し出してくれて、私はそのハンカチをレティシア王女に手渡した。
泣き続けるレティシア王女になんと言えばいいのかわからずに、ただ見守る。確かに私の12年はひっくり返ってしまったけれど、私は不幸になったわけではない。
「謝られるようなことではありません。私はこの婚約を不幸なものだとは思っていないのです」
セレス王子は初めから私に対して敬意を持って接してくれた。レティシア王女にそう言うと、俯いていた顔が上がった。目と鼻が赤くなっているのがかわいそうになってしまって、私はどうにか安心させようと微笑んだ。
「12年間の婚約をなかったことにされたのよ?」
レティシア王女はそう言ったけど、言った自分の言葉に傷ついているようだった。非常識なわけでも私に悪意があったわけでもない。レティシア王女の抱えた恐怖は、確かに私にもわかるものだ。相手が何一つ興味を持ってくれていないと感じたら、私も同じように感じるだろう。
多くのご令嬢はその恐怖を感じても結婚をするだろうけど、できないところがレティシア王女の魅力の一つだろう。
「何一つ問題はございません」
そう言って私が強く頷いて見せると、レティシア王女はまた俯いてしまった。何か責めるように聞こえてしまっただろうかと焦っていると、レティシア王女の後ろに控えているリンさんが、ゆっくりと首を左右に振った。
「ずっと謝りたかったんですよね」
リンさんはとても優しい声でレティシア王女にそう言った。レティシア王女は俯いたままその言葉に頷く。レティシア王女はワガママでもなんでもなかった。ただ、怖くなってしまっただけだ。確かに、セレス王子とアラン王子を並べるとセレス王子の方が冷たい感じがする。アラン王子の方が談笑にも積極的だ。
「私もケーキを落としてしまいました。失礼な言い方ですけれど、おあいこ、ということにしていただけませんか」
そう私が言うと、レティシア王女はさらに俯いて泣いてしまった。私が変なことを言ったせいだ、と焦っているとリンさんがこちらを向いて微笑んでくれた。
「優しいお言葉に感謝します」
リンさんの言葉に、きっとリンさんもセレス王子とレティシア王女の関係を憂いていたんだろうなと思った。レティシア王女がいつも近くにつれている従者ということは私とアリのような関係だと思っていいんだろう。アラン王子とのことを一番相談したのはアリだ。
アラン王子がこうした、アラン王子がこういったと何かあれば報告して意見を求めた。
自分の主が相手に興味を持たれないと、嘆いているのを見るのは辛かっただろうな。
「セレス王子が貴方に対しては優しいみたいで嬉しいの」
レティシア王女はそう言って微かに笑った。目元を拭ったハンカチを受け取ると、リンさんが温かい紅茶を、と言って新しくカップに紅茶を注ぐ。
「そうでしょうか。まだ知らないことばかりなのです」
「そうよ。私の時に防護壁をはってくれることなんてなかったもの」
「アラン王子に気をつかっていたのだと思います。アラン王子とは庭園をお散歩になりましたか?」
「ええ、すぐに連れて行ってくれたわ。アラン王子は優しいわよね」
アラン王子の話題になると、レティシア王女の顔が少し緩んだ。温かい紅茶を一口飲むと、心が落ち着いたようで安心する。
「私たち、お友達になれるかしら」
レティシア王女から出た言葉に驚いていると、アリが焼き菓子を、と言って両方のお皿に同じ焼き菓子を盛ってくれた。
それにリンさんがクリームを、と言ってクリームを添えてくれる。その焼き菓子を見たら、私たちが友達になるのは決まっているような気がした。
「ええ、だって好きなものが同じですもの」
そう言ってレティシア王女を見ると、レティシア王女は嬉しそうに笑ってくれた。




