前夜祭が一番一番楽しい
アラン王子がレヴェールに行く前に、レティシア王女がリモンに来られることになった。相手の国をもう一度見ておきたいという姫たっての願いということで、王宮はその受け入れに大騒ぎとなっている。
一切を仕切っているのは王妃様であるムルナ様。その言葉に従って動くだけでも大忙しだ。何たって相手は大国の姫。万が一にでも粗相がないように、しっかり準備をしておかなければならない。
「セレス王子が婚約者の時にも来られたことがありましたよね?」
「・・・あったね」
セレス王子とのお茶会はあの庭園での散歩のあとも続けられている。毎日顔を会わして短時間だけお茶を一緒に飲むというだけだけど、あの散歩の後から、セレス王子の口調も表情も柔らかく、そして砕けてきて、私としては気が楽になってきた。
あなたを心から思っています、という言葉は今でも夢にみるくらい衝撃的だったけれど、私のどこかを気に入ってくれているならありがたい話だな、と思う。
「歓迎のパーティーが開かれるそうで。楽しみです」
いつもはパーティーなんて面倒だなと思うけど、今回は歓迎のパーティーだから、リモンの伝統料理が振る舞われ、伝統舞踊が見られると聞いた。伝統を重んじてはいるけれど、滅多に伝統舞踊なんて見られる機会がないから本当に楽しみだ。つまり踊り子がパーティーに入るということなんだけど、貴族以外がいることも嬉しい。
「どんなドレスを着る予定?」
「先日贈っていただいた、紫と白のドレスを着る予定です。袖元の刺繍が素晴らしかったので」
そういうとセレス王子の顔が緩んだ気がした。この間も大量にプレゼントをいただいた。こんなにもらって良いのだろうか、と狼狽える私にラルが、良いんですよ、リリア様以外にお金使わない人なんで、とさらっと言ってくれて大いに照れてしまった。
以前の私なら、欲が少ない方なんだ、と思うだけで終わってしまっただろうけど、この間、あなたを思ってると言われてからは調子がおかしい。
「じゃあ、俺の正装と似合うだろうね」
そう笑いかけられて私も微笑み返した。第一王子の正装は真っ白な服だ。それの隣に並ぶ姿を想像して良い感じになるといいな、と思った。
「伝統料理なども楽しみですし、レヴェールのお料理も出されるとか。それも楽しみですね」
「エスコートは俺がするけど、俺がそばにいない時も、シリルのそばから離れないでね」
「危険はないと思いますけど」
「俺が心配なだけ」
こちらを見ずに言われて、私も思わず俯いてしまった。こんなことで照れていたらいけないと思うけど、大切にされているんだなと思うと照れてしまう。アラン王子にも大切にされていたけど、こんなに直接的に言われたことはない。
「ついでに、保護呪文もかけるから」
保護呪文は、その人に危害が加えられないように保護する呪文だ。魔力の消費が激しいこともあって、あんまり使われないと思うけど、セレス王子にかけておくと言われたら断るのも勿体無い。保護呪文をかけられる人自体が少ないのもあるし、何より何か危害が加えられそうな時に、物理的にも魔法的にも弾いてくれるのは嬉しい。
「保護呪文を見るの初めてなので楽しみにしておきます」
魔法の発動の時には、その人の色の光が光る。それぞれに特徴があって、一人として同じではないらしい。私の魔力はあまり強い方ではなくて、色も透明に近い。色が濃ければ濃いほど、魔力が強いということを授業でやったけれど、そんなに濃い色の人をまだ見たことがない。私が見た中で一番濃いのがアラン王子だ。アラン王子の魔法の色は黄色で美しかった。
「見るの初めて?じゃあこんなのは?」
アラン王子が手を振ると、小さなうさぎが現れた。薄く青く輝くウサギはぴょんぴょんと部屋を駆け回りひくひくと鼻を動かしている。私が驚いていると、そのうさぎは私の膝に乗ってきた。なんとも愛らしい姿に、思わずわあ、と声が出た。
「気に入った?」
「とても可愛らしいです」
それなら一匹置いておこうか、とセレス王子が言ってくれるのに思わず頷きそうになるくらいにはウサギは可愛らしかった。でも、魔力の消費も心配だし、何よりウサギに目を奪われて、王太子妃としての仕事がおろそかになりそうだ。私は可愛いものに目がない。
「お会いできるときに、また見せていただければ十分です」
そう言うとウサギはぴょんぴょんと跳ねてサラリと消えてしまった。魔法が消える瞬間まで美しいことにため息が漏れる。セレス王子がこんなに魔法が上手だなんて知らなかった。
「魔法がお上手なことも知りませんでした」
「アランより、秀でてると思われるとちょっとね」
色々厄介だから、とセレス王子が困った顔をして笑う。その笑顔に、第二王子の苦労が見えた気がいた。小国のリモンだからこそ、周りとの関係には気を配らなくてはならない。反乱を企てていなくても企てていると思われるだけで厄介だ。第二王子の方が第一王子よりも秀でていると知ったら、第一王子に対する侮りも出てくる。
「けど、もう我慢しなくていいしね」
セレス王子がそう言って笑う。セレス王子にとっての婚約破棄と、第一王子への就任はそう悪いものでもなかったのならいいなとその笑顔を見て思う。
私と同じくレティシア王女の思惑一つで運命を変えられてしまった。私はただ、結婚相手が変わっただけだけれど、セレス王子は王になるように運命まで変えられてしまった。
「・・・」
そう思ったら、セレス王子はレティシア王女のことをどう思っているんだろう。私たちと同じくらいとはいかないけれど、長期間婚約者だったわけだし、相手の王女のことを意識していてもおかしくはない。
以前、アラン王子のことを愛していたかと訊かれたことがあったけど、あんなふうにセレス王子にきくのはなあ、と思ってしまう。チラリと盗み見ると、その視線にも気づいてくれてふんわりと微笑まれてしまった。
「パーティー楽しみです」
私が呟いた言葉に、セレス王子は俺も、と答えてくれた。




