薔薇はいつでも美しい
薔薇の庭園は今が盛りとばかりに咲き誇っていて美しい。それに輪をかけるように俺の婚約者は美しいな、とぼんやり見惚れてしまった。
今までは遠くで見ているばかりだったけど、これからは隣に立つことができるのだと思うと余計に嬉しい。庭園で待ち合わせをしたのは良いけれど、何も言わない俺に不安になったのか、リリアが小さな声でアリに変かしら、と聞いているのが聞こえてきた。
「薔薇の花もあなたの前では恥ずかしがって花を閉じそうだ」
慌てて声をかけると、リリアはなぜか驚いたような顔をした。
「ありがとうございます」
連れ立って、庭園を歩く。そんなに大きな庭園ではないから、ゆっくり歩こう、とことさら進みを遅くする。リリアは何も言わずに、隣を歩いている。自分より頭一つ分は小さなそれに、どれだけ振り回されているんだ、と自分に言いたくなる。
大抵のことは何でも器用にこなせるのに、リリアの前になるとうまくできなくなる。
「薔薇の花を、毎日ありがとうございます。部屋の中が華やいで嬉しく思っています」
リリアがそう言って俺の方を見る。澄んだ湖の色がまっすぐ俺を見てくるのに、戸惑って目を逸らす。
「いえ、気に入ってくれてるなら」
「なぜ、毎日贈ってくださるのですか」
そう聞かれて、思わずリリアの方を見た。まっすぐな瞳は純粋に疑問をきいているだけだと思うのに、俺はうまく答えられない。ずっと、あなたを思っています、なんてセリフ、いつ言えば良いのかわからない。
何も答えない俺を、リリアはまっすぐに見てくる。いつか言わなければいけないのに、いつまでも怖気付いていてもしょうがない。
「あなたを思っているから」
俺が12年腹の中に溜めてきたセリフは案外すんなりと口にまで出てきた。絶対にバレてはいけない。悟られてはいけないと思い続けてきた。兄の婚約者に横恋慕なんて、翻意を疑われかねない。
だからこそ、遠くで見ているだけだった。
楽しそうに笑っていれば、俺も楽しくなったし、悲しそうにしていれば、
その悲しみの原因を取り除きたかった。そうやって12年。兄を恨んだこともある。父を恨んだこともある。
なぜあの時、俺をあの場所に連れて行ったんだ、と思ったことは何度あるかわからない。
「なるほど」
リリアは驚いた顔をしてから、それから真顔になった。なるほどってどんな反応なんだ。気持ちは受け入れられたのか、と焦る。社交辞令と受け取られても困るので、慌ててリリアの手を取った。
「あなたのことを、心から思っているんです」
そう言って手の甲に口付けると、今度はリリアが目を見開いた後、だんだん頬が赤くなる。あ、これ1回目はやっぱり伝わってなかったやつか、と納得する。手が引かれて、リリアが顔を背ける。俺は手の中からなくなってしまった感触を残念に思った。
リリアが何も言わないのに心配になって、背けられた顔を覗き込むと頬が赤く染まっていて、これは今まで見たことがない顔だな、と満足した。
俺のことを今好きでなくても全く問題ない。俺たちは夫婦になることが決まっているのだから、焦る必要はない。元はといえば諦めようと思っていた恋だ。けど、赤く染まった頬が俺のことを調子付かせた。
「知っていて。あなたのことを思って、は毎回本気だ」
俺がそう言うとリリアがこくりと頷いた。それに満足して、リリアの手をとる。すると振り向いてくれたので、そのまま手を握った。
「散歩しよう。薔薇は美しい」
手を引いて歩く日が来るなんて、思ってもみなかった。騎士団の訓練に参加し始めた時の俺に見せてやりたくなる。遠くから見て焦がれて、恨んで、どうしようもない気持ちを持て余していた頃の俺に見せてやりたい。
何度も諦めようと思って、諦めきれなかった俺に見せてやりたい。
「そういえば、セレス王子のお好きなものを伺ってもよろしいですか。贈り物がしたいのです」
リリアにそう聞かれて、手を軽く握り返された。わざとやってんのかな、と思って横をみるとリリアは前を向いて言葉をつなげた。
「まだ、好きなものも知りません。もっとよく知りたいのです」
そう言われた胸のあたりが締め付けられた。リリアはリリアなりに近づこうとしてくれているのだと感じて嬉しくなる。さて、好きなもの。きかれて答えるのに時間がかかる。好きなものをきかれると、あまり出てこない。
「あなたが贈ってくれるものなら、何でも」
本気でくれるものなら何でも嬉しい。カードは全部残してある。リリアが俺を思って選んでくれたものなら何を贈られても文句はない。
「では、ご趣味は」
そうきかれてまた返答につまった。趣味。騎士団の訓練に参加するくらいしか、休日はしていない。それも、リリアのことを遠くからでも守れるようになりたいという思いから始めている。趣味という趣味がなくて困る。本を読んだりもするけど、それも趣味と呼べるほどのものではない。
「リリアは」
自分が答えることがないけど、リリアの趣味は知りたかった。読書が好きなのは知っている。あと、裁縫が得意なこと。意外と体を動かすことも好きで、小さい時は木登りをするとリリアが一番木にのぼるのが早かった。
「私は、最近刺繍に凝っております。可愛らしい形になっていくのが嬉しいのです」
そうなのか、良いことをきいた。今度美しい糸を贈ろう。贈り物の幅が広がるのは嬉しい。
「セレス様は何がお好きなのですか」
好きなものは君だよ、と言えたら楽になる。けど、12年思われていたと知ったら気持ち悪いだろうし、その上俺は婚約者がいた身だから何も言えない。
「強いていうなら訓練が」
そう言うとリリアはそれでは訓練で役に立ちそうなものを贈ります、と笑った。




