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第3話 目をつぶる

 そんな時に思ってもみない事故が起こりました。


 エミリオ様はいつもベロニカ様のいる別宅に帰宅されていました。

 ですがその日は蒸し暑かったせいかいつもよりお酒を召し上がったそうで、送ってくださった方がこちらに馬車を走らせたのです。



 この状態でベロニカ様のところに送る訳にも行かないので、夫は一番良い部屋である夫婦の寝室に寝かされることになりました。

 わたくしはとうにベッドに入っていたので、ご挨拶だけして邪魔にならないよう客室に行こうとしたのです。


 するとエミリオ様はわたくしの手首を掴んで引き寄せました。

「愛しい人よ。もう我慢できない」


 そのままエミリオ様に深く口づけされて、わたくしはあの方と契ってしまったのです。



 お義母さまがいらっしゃらない時に、1度だけ下世話な話をするお茶会に出たことがございました。


 それで聞くには、殿方にはベッドの作法が上手な方と下手な方がいるらしいのです。

 下手な方は乱暴、痛い、早すぎる、独りよがりだそうです。

 でもエミリオ様は、とてもお上手なのだと思います。


 初めては痛いと聞いていたのに全然そんなことはなく、まるで夢のようでした。

 これで愛されていないなんて信じられないほど優しい愛撫なのに、驚くほど気持ちがいいのです。

 あられもなく声をあげてしまったのに、

「大丈夫、我慢しないでもっと上げてもいいよ」と言ってくださったんです。



 気が付くとわたくしは眠ってしまったようでした。

 エミリオ様が身支度をされて出ていく音で目が覚めると、わたくしの体はきれいに拭かれ、夜着が簡単に着せられていました。


 メイドがしたものではありません。

 エミリオ様です。

 下手な作法は、やったらやりっぱなしだそうですが、あの方はそこまで気を遣ってくださったのです。


 ああ、愛されているのがわたくしだったらよかったのに……。



 翌朝、ハンナが来て言いました。

「奥様、おめでとうございます。

 これで名実ともに坊ちゃまの奥様ですよ」


 わたくしは本当にエミリオ様と契ってしまったのだ。

 白い結婚を成立させるのは無理だったのです。



 ひとりになりたいと伝えるとハンナたちは下がってくれました。

 鏡の中には昨日のわたくしとは違う、1人の女がいました。

 夫の愛撫を知ってしまった女です。



 でもあの方が愛するのはベロニカ様。

 あの妖艶で蠱惑的な女性と、まだ16歳の小娘にすぎないわたくしとでは違い過ぎます。


 昨日のエミリオ様はお酒のために、わたくしのことをベロニカ様と間違われたのでしょう。

 でなければあれほどの優しさを「愛することはない」わたくしに与えてくださるはずがありません。


 夜着を直してくださったのは、事後のマナーなのでしょう。

 勘違いしてはいけません。


 わたくしは1人、涙しました。

 愛してはいけない方を愛してしまったのですから。




 わたくしは母が風邪をひいたらしいと嘘をついて、実家に帰ることにしました。

 お父様ならベロニカ様のことをご存じのはずです。


 実家に帰ると、お父様もお母様も弟もとても元気そうでした。

 ハモンド公爵家が送ってくれた支援はお金だけでなく、人材も貸してくださったのです。

 おかげで元の領地の半分を取り返すことができ、前よりも活気づいているようでした。



「お姉さま、おかえりなさい。

 今日はエミリオ義兄さまはいないの?」


「まぁ、エミリオ様はお忙しいのよ。ガスパル」


「でも時々来てくれるよ。

 僕、木剣をもらったんだ。

 次は教えてくれるって約束したよ」


 エミリオ様がレイノルズ領に?



「どうしたんだい? フィリシア。急に戻ってきたりして」

「お父様、その……ベロニカ様のことでお話が……」


 お父様は真顔になってわたくしの肩を抱き寄せました。

「おいで、執務室に行こう。あそこならばゆっくり話ができるからね」



 わたくしはありのままを話しました。

 恥ずかしかったのですが、エミリオ様と夫婦になったことも伝えました。


「お父様、どうすればよいのでしょうか?

 白い結婚は無理だったのです」


 お父様は考え込んでおられましたが、

「フィリシア、お前はハモンド公爵家に気に入られているし、社交界の評判もとてもよい。

 もうそのまま妻でいればよいのではないか?」


「でもベロニカ様との契約が……」


「白い結婚も条件だったはずだ。

 手練手管のないお前にエミリオ殿を誘惑できるわけがない。

 つまりエミリオ殿の失態だ。

 あちらから離縁を言い渡された訳でもないし、今のまま過ごしているといい」


 お父様は気楽すぎます。



「ベロニカ様はどうなさっているのでしょうか?」


「私もあまり連絡を取っていないのだよ。

 最初の支援はあったのだが、公爵家からの人が入ったことで目立った動きはできないと来なくなったんだ。

 お金に不足はなかったし、特に後追いはしなかった」


「ではお子ができたかどうか、ご存じないのですね」


「できてないと思うね。

 連絡は取っていないが、彼女主導で大きな取引をまとめていたと噂があった。

 未婚の子どもがいれば、その時話題になっただろう」



 公爵家に帰る時間になり、お父様が馬車まで送ってくれた。


「なぁに、まだ期限まで月日があるのだ。

 そのうち話があるなら向こうからされるだろう。

 エミリオ殿を信じて差し上げなさい」


 わたくしはお父様ほど楽観的には考えられませんでしたが、とりあえずは今のまま過ごすことにしました。



 すると不思議なことに、ずっと別宅にいたエミリオ様が時々こちらにお帰りになるようになったのです。

 ドレスや宝石、お菓子などのたくさんの贈り物もくれるようになりました。


 しかもお酒を召し上がっていないのに、わたくしと優しい夜を過ごすようになりました。

 初めは日を空けてだったのに最近では毎日お戻りになり、わたくしとふれあうのです。


「愛することはない」とおっしゃっていたのに、美しいお顔に優しい微笑みを浮かべて「愛している」とまでおっしゃるのです。



 そしてベロニカ様ではなく、わたくしが懐妊してしまいました。


 さすがに子を成してから、離婚することはできません。

 それでとうとうエミリオ様にベロニカ様のことを聞くことにいたしました。



「ベロニカ? ああ、彼女は商談をまとめるために外国の男と結婚したよ」


「でも愛していらしたんですよね?」


「すまない、愛しているというほどではなかったのだ。

 その……君と結婚した時、あまりに華奢なので触れるのが怖かったんだ。

 その後の1年でよく学んでくれたから、妻にできると思ったんだよ」


 でもそれではつじつまが合いません。

 ベロニカ様にご執心だったから、貧乏なわたくしと結婚したはずでは?



「さぁさぁ、そんな難しい顔をしているとお腹の子に障るよ。

 私は本当に君のことを愛しているんだよ。

 これからは君以外見ることはない。

 だから許しておくれ」



 そう言われると許さない訳にはまいりません。

 エミリオ様は不実でしたが、わたくしを危険な結婚から救い、実家の没落を防いでくれました。

 ガスパルの様子からも、知らぬ間に実家にかなりよくしてくださったようです。


 

 彼の態度がよくなかったからこそ、わたくしがハモンド公爵家に好意的に迎え入れられ、多くを学ぶことができました。


 望んではいけないと思っていた全てを、愛までも手にすることができました。

 しかも無理だと思っていたエミリオ様の赤ちゃんまで授かりました。



 だから少しのつじつまが合わないぐらい、この子のためにもそっと目をつぶることにしたのです。



お読みいただきありがとうございます。


下世話な話とは、「ねえねえ、エミリオ様って夜どうなの? ウチはね~」って感じで聞かされたと思ってください。


上流階級でも親しくなったらこういう話をするヒトはいると思います。

これもある意味必要な情報共有なんです。

安全な浮気相手の選択につながります。


つまり相手は侮って、エミリオの情報を得ようとしているんです。

フィリシアは賢いので、こういう話は適当にあしらっています。


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