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5>>元婚約者の不満と本心





「マリーナ!! どういう事だ!?!」


 朝、学園に着いたばかりのマリーナを校舎前でリゼオンが呼び止めた。

 その剣幕にびっくりと驚いたマリーナにリゼオンは詰め寄る。


「俺の事をバカみたいに愛してる愛してると言っていた癖に、何簡単に婚約解消などしているんだお前は!!」


「え……? あの……」


 困惑したマリーナはリゼオンの気迫に押されて数歩下がる。それを許さぬとばかりにリゼオンが詰め寄るのでマリーナは持っていた鞄を体の前に出してなんとかリゼオンから一定の距離を取った。


「……シーキアス様? もうわたくしたちは婚約者ではありませんので、名前で呼ぶ事はお止め下さい……」


「っ!? お前っ、何なんだ!?! 俺の事をあんなに愛していると言っていた癖に、そんなに簡単に割り切れるのか!?!!」


 リゼオンの怒りがマリーナには理解出来ないでいた。


「……割り切れるのかと言われましても……。もうシーキアス様はわたくしの婚約者ではありませんので……」


 心底困惑しているマリーナにリゼオンは顔をしかめる。

 何を言っているんだこの女は? 婚約者じゃなくなったらなんだと言うのだ!?


「婚約者じゃなくなったら愛も冷めたとでも言うのか! あんなに俺を愛していると言っていた癖に!!」


 リゼオンの叫びにマリーナは目をぱちくりとさせた。


「……冷めたなどと言われましても困りますわ?


 婚約者様だったからこそ“愛して”いましたのに……」


「……な、……に……?」


 マリーナの言葉にリゼオンは当惑した。マリーナの言っている意味が分からない。


「“婚約者様だったから”愛しておりましたので。婚約者でなくなった方を“愛する(・・・)”なんておかしな事は出来ませんわ??」


 心の底から不思議そうに、マリーナは首を傾げてリゼオンを見返す。

 リゼオンはそんなマリーナを理解出来ないものを見るような目で見返した。


「…………婚約者、だったから俺を、愛していた……と言うのか……?」


「 ? はい。勿論ですわ」


「婚約者、だったから……?

 お前は……俺自身を愛してはいなかったと言うのか……?」


「 ?? 婚約者はシーキアス侯爵令息様だったではありませんか? リゼオン・シーキアス侯爵令息様がわたくしの婚約者様だったのですから、わたくしはリゼオン・シーキアス侯爵令息様を愛しておりましたわ?」


「………婚約者だったから……」


「えぇ」


 そう言ってにっこりと微笑んだマリーナの笑みがリゼオンには得体のしれないものの様に思えた。


「将来婚姻を結んで“家族になる婚約者様”を愛するのは当然の事ではありませんか」


「………は……?」


 何も言い返せなくなったリゼオンを気にする事なくマリーナはフフフと困った様に笑う。


「……婚約中にシーキアス様に恋心を抱けたら良かったのですが、さすがにずっと嫌われていて笑い返してもいただけない、常に冷たくされて、学園に入学してからは他に恋人を作られる方を、さすがに好き(・・)になる事は出来ませんでしたわ」


 母親が子供に呆れるような苦笑を浮かべてそう語るマリーナにリゼオンは血の気が引いた。

 目の前の、気持ち悪いほどに自分に『愛している』と言っていた女がコレだったか? と不安になる程に、違う女を前にしている様な気分になってくる。


「“恋心”を抱けなかった……?」


 マリーナから出てきた聞き慣れない言葉に困惑する。そういえば一度もマリーナは…………


「はい。申し訳ありません」


 眉尻を下げてマリーナは謝罪する。本心から申し訳なく思っているような顔だった。


「それは………、俺を“好きじゃなかった”と言っているのか……?」


「 ? はい。

 ……わたくし、一度もシーキアス様の事を“好き”だと言った事はございませんよね?」


 逆に問われてリゼオンは言葉を失った。

 言われて始めてマリーナから『好きです』と言われた事が無い事に気付かされた。

 気付き、そしてその事を理解したリゼオンは絶望した。



 婚約破棄は、マリーナがリゼオンを『手放したくない程に愛している』事が前提だったからマリーナに突きつけたのだ。その根底がそもそも間違っていたのだ。

 マリーナはリゼオンの事を『婚約者として愛していた』のであって『リゼオン自身に恋愛感情を抱いていた』訳ではなかった。マリーナは『将来“家族になる事が決まっている”婚約者を愛していた』と言った。

 それは『家族愛』であって、相手を恋い焦がれ独占したいと思う様な『恋愛』感情ではないという事だ。


「……俺を、騙していたのか……」


 思い浮かんだマリーナの考え方に、リゼオンは沸々と怒りが湧くのが分かった。

 マリーナはリゼオンを本当の意味では(・・・・・・・)愛してはいなかったのだ……。リゼオンをその気にさせて担いでいただけなのだと、リゼオンは思った。

 そのせいで……






   〜*〜*〜*〜*〜






「マリーナ!! お前が俺に嘘を吐いていたせいで、俺はとんだ恥をかかされたじゃないか!!!」


「う、嘘っ?!?」


 リゼオンの言葉にマリーナは青ざめる。


「俺を愛しているなどと言って散々騙して、俺が婚約破棄を言い出すのを待っていたのか!!!」


「ええっ?!? あ、あのシーキアス様っ???」


「お前が俺を勘違いさせなければ俺はっ……俺はっ!!!」


 あんまりなリゼオンの言い分にマリーナもさすがに腹が立ってしまった。ぐっと拳を握り、顔に熱がたまって赤くなる。


「嘘なんて吐いていませんわ!!


 婚約者を愛するのは当然ではありませんか!?」


 マリーナが声を荒げた事に一瞬リゼオンも怯むがその事がまたリゼオンの怒りに加算される。


「そんなものが当然であるものか!?

 婚約者など親が勝手に決めただけの他人だ!!

 好きになれなければ愛してやる価値もない!!!」


「まぁ!?!」


 リゼオンの言葉にマリーナは絶句した。

 マリーナの中では婚約者を愛する事は当然の事だった。

 何故なら婚約者は『家族』になる人だからだ。

 『家族を愛する事は当然』な事であるマリーナにとって『将来家族になる婚約者を愛する事は当然』な事なのだ。

 マリーナにとって婚約者は『愛さなければいけない家族』なのだ。

 だからリゼオンの言い分は逆にマリーナには理解ができないものだった。


「……シーキアス様がそんな考えの方だったなんて気付きませんでしたわ」


 胸の前で手を握って下を向いたマリーナにリゼオンは怪訝な目を向ける。


「今回の婚約解消はお互いの為に良かったのですわね……こんなにも考え方が違うのですもの……婚姻前に分かって良かったですわ……」


「っ、何を言って……」


「わたくしは、“婚約者であったリゼオン様”を愛しておりましたわ。それを否定された事を許す事は出来ません。


 そもそも、なぜ婚約者以外の女性と恋人関係になっていた方にわたくしが責められなければいけませんの?


 わたくしが貴方に恋い焦がれていたならば傷付けて良いと?

 今回わたくしが貴方に恋をしておりませんでしたから大して傷付きませんでしたけれど、もし貴方が『わたくしの恋心を利用して婿入り先の家に愛人を連れ込むつもり』だったのなら。

 わたくしは貴方を心底軽蔑いたします」


「っっ!!」


 マリーナに強い目で睨まれたリゼオンは、マリーナに初めてそんな目を向けられた事もありたじろいだ。


 こんな予定ではなかった。

 マリーナを問い詰めてその本心を聞き出し、あわよくば婚約解消の取り消しをさせようと思っていた。

 だがもうそれが出来る雰囲気ではない。

 マリーナが使った強い拒絶の言葉を取り消させる程の言葉をリゼオンは持ち合わせてはいなかった。

 リゼオンの行動は全て『マリーナが自分に心酔している』という前提で行われていたからだ。マリーナが自分に一切の恋愛感情を持っていないと分かった今、ずっと昔から彼女に冷たく接していたリゼオンに今更挽回できる手持ちのカードなど何一つ無かった。


「……授業に遅れてしまいますので、わたくしは失礼いたしますわ」


 形だけのお辞儀をしてマリーナはリゼオンに背を向けた。


「……っ、………」


 行かせてはダメだと思ったところで、もうリゼオンにはマリーナを止めるだけの言葉など無かった。

 マリーナの背に向かって伸ばした手を無意味に握り締め、リゼオンは歯を食いしばった。

 

 腹立たしく、悔しい。

 騙したのはマリーナだが、カレナとの事を言われると立場が無い。

 

 リゼオンはその場で二度力任せに足を踏み鳴らすとマリーナとは逆に歩き出した。今日はもう授業など受けられる気分ではない。






 ……そんな2人のやりとりを朝から見させられていた、運悪くこの時間に登校してしまっていた学生達の家からは、またシーキアス侯爵家に苦情の手紙が届くのだった……



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