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2>> 貴族の婚約と悪巧み





 リゼオンの、どうやら隠しているらしい恋人は、マリーナたちと同じ学園に通う男爵令嬢のカレナ・ドンドである事は実は有名な話だった。


 当然マリーナも知っている。


 カレナ・ドンド男爵令嬢は赤茶色のソバージュのかかった髪を掻きあげる仕草が色っぽい、とても豊満な胸を持つ女性だった。空の様な水色の瞳で見つめられると男性は一瞬言葉を忘れるらしい。

 そんな女性とリゼオンは学園に入った半年後には親しくしていた。


 今、マリーナたちは王立貴族学園の3年生だ。既にリゼオンは18歳を迎え、後2ヶ月後にはマリーナも18歳となる。

 平民であればもう成人だ。

 しかし貴族の子供たちが成人として扱われるのは学園を卒業してからとなる。だからといって彼らが子供として扱われるかと言われればそうでは無い。“準成人”の様な立ち位置の彼らはその自分達が置かれた微妙な立ち位置を自分たちで自覚していなければいけない。だが……一部の令嬢令息たちは卒業までは自分は子供だと、気を抜いてしまう者は多かった。


 リゼオンもその一人だった。


 婚約者以外の令嬢との秘密の関係を楽しんでいる。


 学園生3年の殆どの者は、卒業後の事を考えて、家を継ぐ者は婚約者を迎える為の準備を、家を出る者は自分が入る新しい家との繋がりをより深める為の活動を始めている。独り立ちする者はより忙しくそして悩んでいる。どの立場の者でも遊んでいるほど暇ではない。

 子供気分で居る者以外は……。


 リゼオンはカレナとの関係を隠せていると思っているせいで余計に質が悪かった。

 マリーナの事はちゃんと婚約者として扱い、何かあればエスコートもちゃんとする。ただ態度や言葉に常に棘があった。プレゼントなど自分の家の侍女に流行りの物を選んでもらってそれを贈るだけだった。自分でマリーナの為に選んだ事など一度も無い。だがリゼオンは、“俺に会える事がマリーナへの褒美になる”のにプレゼントまで忘れずに贈っているんだから俺ほど出来た婚約者はいないだろう、と考えていた。

 婿入りしてやるのだから、準備はマリーナ側がして当然なので、自分は婚姻後にホブス伯爵家に行きそれから領地の事などホブス伯爵家のやり方を覚えればいいと本気で思っていた。

 だからリゼオンは自由に出来る時間を使って自分のお気に入りの令嬢と楽しんでいる。


 伯爵家へ婿入りすればマリーナに自分の自由を奪われるのだから、それまでの時間を自由に使うのは当然の権利(・・・・・)だとリゼオンは考えていた。



 リゼオンのそんな態度を、マリーナが自分の父親であるホブス伯爵家当主に相談した事が無い訳ではない。

 しかしマリーナの父からは

「婚姻後までその関係を続けるというのなら考える」

という返事が返ってきただけだった。その言葉を『学生時代の遊び(・・)ならば問題ない』と言われたと判断したマリーナは、それからはその事を話題に上げる事は無かった。

 当主が気にしていない事を、その娘であるだけで何の権限もないマリーナが騒いでもどうしようもないからだ。

 『気にするな』ではなく『時期が来れば考える』と父である当主は言ったのだ。婚姻前には父が結果を出すだろう。

 マリーナは父の結果が出るまではリゼオンの婚約者であればいいだけなので、そのように納得した。

 

 マリーナは柔らかい顔立ちのせいで誤解されがちだが中身はしっかりとした、

貴族の令嬢らしい令嬢(・・・・・・・・・・)だった。






   〜*〜*〜*〜*〜






「リゼ様ぁ〜! 聞いて!」


 マリーナの居なくなった喫茶店の個室で、カレナは椅子に座ったリゼオンの背中から覆いかぶさるように抱きついていた。カレナの髪から花の匂いがしてリゼオンは頬を緩める。


「どうした? 嫌な事でもあったのか?」


 マリーナへ向ける声音と全く違う柔らかい声でリゼオンはカレナに囁きかける。カレナはその声に頬を染めてリゼオンの肩口に頬を寄せた。


「お父様が酷いのよ! わたくしを商人に嫁がせるなんて言うの! 平民の商人よ! いくらお金を持っていても平民になんて嫌だわ!!」


 ギュッとリゼオンに抱きついて訴えるカレナの柔らかい胸の感触を背中に感じながらリゼオンはカレナの言葉に眉を寄せる。


「……それは酷いな。カレナの父上はカレナが可愛くないのか?」


「そうなの! わたくしきっとお父様に愛されてないのだわ!」


 そう言うとカレナはリゼオンの背から離れて前に回ると、座っているリゼオンの膝に覆いかぶさるように腕を突いて床に膝を突いた。


「“娘を愛人にする訳にはいかない”、なんておかしな事を言うんですよ! わたくし、愛人になんてなる気はないわ! リゼ様もそう思うでしょ?」


 うるうると潤んだ瞳で下から見上げてくるカレナの顔とその直ぐ下に見える大きく深い谷間にリゼオンは釘付けになる。

 手をカレナの頬に触れさせその柔らかな頬を撫でる。手が顎まで降りた時に小指が意図せずリゼオンの膝の上に乗せられた2つの大きな山に触れてしまったが小指なので仕方がないだろう。

 カレナが頬を染めて目を細めた事にリゼオンは気を良くした。


「カレナが愛人? なんでそんな事になるんだ? カレナがなるのは貴族夫人(・・)だろう?」


「ですよね!

 ………でも今のままじゃ、わたくし…………」


 嬉しそうに花開いたと思ったら瞬時に萎れてしまったカレナという可憐な花にリゼオンは痛ましそうに顔をしかめた。


「……俺が……貰ってやろうか?」


「……え?」


「………そうだ、カレナは俺が貰ってやろう」


「ほ、本当ですか!?」


 リゼオンは無意識に自分の口から出てきた言葉に最初は自分でも驚いていたが、これ以上の名案は有り得ないと理解して目を光らせた。

 カレナはリゼオンから出た言葉に目を見開いて食いついた。


 2人は学園で1年生の時から親しくなり、2年生で超えてはいけない一線を超えてはいたが(カレナは純潔自体は(・・・・・)散らしてはいない)『リゼオンには婚約者が居り』『カレナは秘密の恋人』だと考えていたので、卒業後の事までは一度も深く考えたことがなかった。

 カレナは父に言われて初めて『愛人は嫌だ』と思ったし、リゼオンはカレナに言われて初めて『愛人なんて可哀相だ』と思った。


 なので素晴らしい代替案が浮かんだとリゼオンは自分の頭脳の聡明さに感激した。


「でもリゼオン様には婚約者のマリーナ様が居られるじゃないですか……。それにたしか婿入り予定じゃ…………」


 カレナが思い出した事を心配気に口にするとリゼオンは鼻で笑い飛ばした。


「何も問題ない。マリーナは俺にべた惚れだ。俺の顔を見ているだけで幸せそうに笑っている女だ。マリーナを正妻に、カレナを第2夫人に迎え入れる。俺が伯爵家当主となるんだからなんら問題ないさ」


「素敵! わたくし伯爵夫人になれるのね!!」


 リゼオンの提案にカレナは心底喜んだ。男爵家と伯爵家では比べものにならない。リゼオンと親しくなれたのだから本音を言うなら侯爵夫人になりたいが三男坊では夢にもならない。それに比べて伯爵夫人はリゼオンが伯爵家に婿入りする事が決まっているんだから夢ですらない現実だ。

 カレナは、平民に落とされる最悪の未来から掬い上げてくれたリゼオンに感激してその体に抱きついた。

 カレナの豊満な胸がリゼオンの体に押し付けられる。温かくて柔らかいそれにリゼオンはだらしなく頬を歪めた。


「マリーナは俺に鬱陶しいくらいに愛してるなんて言い続けるおかしな女だからな。俺を手放したくなくてなんでも言う事を聞くさ」


「どうするの?」


「言う事を聞かなければ俺はお前と結婚しないと思わせればいいのさ」


「え? 結婚しないなんて思わせて大丈夫なの?!」


「思わせるだけだ。マリーナに俺が手に入らないと思わせて不安にさせるんだよ。そこにこちらからの交換条件を言えばマリーナは飛びついてくるさ。そうしないと俺が手に入らないんだからな」


「どうするの?」


 間近で可愛らしく首を傾げるカレナに顔を近づけたリゼオンは、鼻先と鼻先をくっつけながら人の悪い笑みを浮かべて笑う。

 その笑みがカレナには心底格好良く見えて、ウットリした瞳で見つめ返した。


「マリーナに“婚約破棄”だと言ってやる。

 そうしてあいつが泣きながら縋ってきた時に、カレナを第2夫人にすると誓わせるんだ。

 あいつが愛してやまない俺が手に入るんだ。必ずマリーナは喜んで承諾するさ」


「あぁ! なんて素敵なのかしら! リゼオン様を愛せるなんてマリーナ様は本当に幸せ者ね!」


「ふふ、そんなマリーナより俺を独占しているカレナは何なんだろうな…………」


「……そんなの……リゼオン様の()な、だけですわ……」


「くくくっ」


 ピッタリと隙間なくリゼオンとカレナの唇が重なる。


 熱い吐息が漏れる個室に訪れる者は居ない…………









(外では店員が扉を叩き壊してやろうかと思っていた)

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