魔物と約束した村 後編
ユリとレンは森の中を必死に走る。走らないと手遅れになるかもしれない。
時間が経ったのか空が赤くなり始めた。湖に行ったときに森にいた大量の魔物が何故か見かけない。これはとユリは先ほど妖精から聞いた話を思い出す。
『だって魔物が噛んで人間に呪いがかかたんだろ?なら人間が悪いんだよ!』
『どういうこと?』
『結構昔なんだけどね、この森の魔物とあの村で約束があったんだよ。お互いに攻撃をしないでねってここで』
『ここでって、まさか妖精の前で?』
この世界は重要な誓いや条約など主に国同士の決め事に妖精や精霊が間に入ることが多い。そうすることで誓約の効力を強めたり、破った者に必ず罰を下すことが出来る。だた普通の村で行われることがあまり聞いたことがないためユリは驚いた。
『そう、だから今、村に行くのはやめたほうがいいよ』
『そもそもなんでそんな約束を……』
『前は他の所と同じで、魔物は人間を襲って人間は魔物を倒す。普通の関係だったんだけどその中でとある人間と魔物が仲良くなったんだよ。別に僕は気にしないんだけど互いの種族は許さなかった。一匹と一人を互いに引き離そうとしたんだけどなかなかうまくいかなくて、最終的に殺そうってなったんだ。物騒だよねー。で、いざ殺そうって時に魔王の手下達が村を襲ったんだよ。もうだめだぁって時に人間と仲良くしていた魔物が敵を追い払ってくれた。別の所では魔物を倒そうとした討伐隊から魔物と仲良くしていた人間が守ってくれた。おかげで魔物と村の人間は助かったけど助けてくれた人間と魔物は死んじゃったんだ。そんな一匹と一人になにか思うことがあったんだろうね。魔物達と人間達はわざわざここまで来てもう互いに干渉しないって約束したの』
『じゃあ呪いは……』
『約束を破った者に傷をつける事でマーキングするんだけどそれのことじゃない?ここに約束破った人いますよーって。一度約束が破られれば今までの約束の効果はその日の太陽が沈むまで。もう何も縛られない魔物は厄介だよ、理性があった魔物はもういないしマーキングした人間を殺すだけじゃ気が済まないかもね』
『……っ!マーキングが消えればなんとかなる?』
『確かに魔物の血とここの水を使えばマーキングは消えるけど、約束は復活しない。結局村は終わりじゃないかな?』
『そんな……』
『そういうわけだからさ、僕らとしては勇者様に怪我して欲しくないし、ここにいれば僕らの結界があるからとても安全!そもそもあの村と魔物の問題だから勇者様は気にしなくてもいいんだよ!』
『……そういう訳にはいかないんだよ』
『ん?』
『あなたが言ったんだよ?君はいつまでも勇者なんだって』
『……そう』
『行こうレンさん、時間がない!』
『あぁ』
『……なるほど、確かに勇者は厄介なものが身体に刻まれてるね』
森の奥へ走り去った二人の背中を妖精は見つめ続け、同情するような顔で呟いた。
***************
「……私、知ってるんです。魔物皆が悪いものじゃないって。いい魔物もいるって」
「……あぁ」
「今回ホントに悪いのは人間側で、魔物達は悪くないのかもしれない。それでも……」
「……」
「魔物を倒せって、うるさいんです」
「……何度も言うがその為の自分だ、利用しろ」
「そうできたらいいんですけどね」
***************
もう少しで太陽が沈む頃、村の出入口付近には魔物が誰も逃がさないようにと徐々に増えながら塞いでいる。もともとこの村は周りが崖に囲まれており、村を出るための出入口は一つしかなかった。
逃げようにも逃げられない、助けを呼んでも間に合わない。
この状況になり、村人達は決めた。
村には避難する場所として村の奥に崖を削りシェルターを作った。村の人達すべて入れるような大きなシェルター。そこへ皆避難することに。
皆じゃなかった、二人以外の村人達が避難した。
村の中央に呪い……もといマーキングを付けられた子供と勇者たちに頼みごとをした村人が子供を抱えて座っていた。
この2人は別に親子でも師弟でもない、ただ同じ村に住むだけの顔見知り。けど他の村人がシェルターから追い出した子供をひとりにすることがどうしても出来なかった。
もうすぐ日が落ちる。
魔王を倒したと聞いた勇者に頼んだがやはり間に合わなかったか。無理なお願いしたと分かっていた、けどなぜか勇者の顔を見た時に身体が動き、口が動いていた。あれは何だったのだろう。いや、今はどうでもいい。
ただ終わるだけを考えよう
たくさんの唸り声と走ってくる足音が響いてきた。どうやら日が落ちて妖精の効力が切れたのだろう、今まで村に入ってこなかった魔物が入ってきた。
群れから抜けて、一匹が真っ先にこちらに向かってくる。
せめて被害がこれで終わるように、と目を閉じた。
「間に合ったーーーーー!!」
突然耳の近くを横切った音と、後ろから明らかな人の足音。
村人が目を開けると、目の前にはこちらに向かってきた魔物が眉間に穴が開いておりゆっくり倒れた。
「レンさんナイスです!」
後ろを見れば、こちらに駆け寄ってくる勇者と銃を構えた傭兵。
「大丈夫ですか!?てかなんでこんなところに二人だけでいるんですか!?」
「ほ、他の者はシェルターに……」
「賢明な判断だ」
傭兵は前に立ち、倒れた魔物と水筒を勇者に投げた。
「魔物の血はこれでいいんだろう?マーキングを消してせめて建物の中に隠れろ」
マーキングの事を知ってるってことは妖精に会ったのだろう。ということはなぜこういう事になったかも知ってるのかもしれない。それでも戻ってきてくれた。
「マーキングは自分たちで消せますか?」
「あ、あぁ……」
「ならここで消してから子供を連れて隠れてください」
そう言って勇者は傭兵の横に立ち、剣を取り出す。
「まぁ、一匹も通さないつもりなので安心してください」
「……ん」
隣にいた傭兵は右腕を軽く振ると袖から刃が出て、右手の甲に付いていた。左手には銃。
そして二人は近づいてきた魔物達を倒し始めた。
「……っ、ありがとうございます!すみません」
村人は倒れた魔物から雑に血を取り、子供のマーキングされた右腕に塗りその上から湖の水をかける。すると効果があったのか変色していた腕が元に戻った。方法が合っていたと安心し、子供を抱えてその場を離れた。
逃げる時に横目で戦っている勇者達を見る。
勇者は主に剣を使い、時折魔法を使って魔物を一斉に倒す。傭兵は近くの魔物を右腕の剣で、離れた魔物は銃を使い一匹ずつ倒す。
それを見た村人はただただ圧倒された。
「付き添わないのか?」
「この数ひとりでどうにかできるんですか?魔法使えないのに」
「……まぁ、なんとか」
「それに右腕、メンテナンスしてないんですよね?急に動かなくなったら片腕ですよ」
「その時は足を使う。腕も体を使って振り回す」
「レンさん格闘も強いし戦いに関して対応力凄いですもんね」
「お前も、怪我して腕が使えない状況はやめてくれ」
「私の絵目的かぁ。死ぬなとか言わないんですね」
「……?お前は死なないだろ」
「すっごい自信。……とりあえずまぁ残り半分、行きましょう」
「あぁ」
「……ごめんね」
***************
「やぁ、昨日振り!君ひとりかい?」
「あぁ」
「勇者様は一緒じゃないんだね」
「寝てる」
「あー、朝までバタバタしてたもんねぇ」
「もう知ってるのか」
「そりゃあんな大事件、知らない妖精いないよ!崖から飛び降りた話も聞いたよ!」
「あの村、入り口が一つで高い崖に囲まれてる。魔物は集団行動していたから入り口に集まると予想して裏の崖からユリを抱えて飛んだ」
「凄い高かったでしょ?恐怖なんてないのかな?」
「……そうだな」
「そういえばなにか用事かい?」
「……こういうのは関係者に報告するものじゃないのか?」
「報告?」
「今回の出来事」
「……原因の事かい?」
「昔、魔物と村人が約束したした時にいた妖精はあなたじゃないのか?」
「よくわかったね。……そうだね、せっかくだから聞こうかな!」
「原因はユリに依頼した村人が魔物の子供を殺した」
「あれ?依頼した村人は大人だろ?マーキングつけられたの子供じゃなかった?」
「子供がかばった」
「へぇー、親しい仲だったの?」
「子供と魔物が」
「……あ、そっち?」
「子供が内緒で何度か村を出てそこで魔物の子供と仲良くなった。それを偶然見かけた村人は遊んでいるところを襲われていると勘違いし」
「殺した……ね。今の今まで魔物と干渉すらできなかったのになんで手が出せたんだろうね?
「増えた魔物をどうにかしたかったんだろ?」
「え?」
「妖精に詳しくないが、当事者のあなたなら誓約の効果を弱めてわざと村人と魔物を関わらせてどちらかが悪い状況を作りたかった。魔物が悪いことになれば、村人は国でもハンターや騎士を読んで退治してもらう。村人が悪いことになれば、村が魔物に壊滅させられ、それが国に伝わり結局魔物は退治される。それを狙っていたんだろう?」
「うまくいけばそうなったんだけどね。けど勇者様が来ることは予想してなかった。僕たち勇者様に感謝してるのはホントだよ!だから巻き込んで怪我して欲しくなかったんだ」
「けど、強かっただろう?」
「まさか村人側にほとんど被害がなかったのは驚いたよ!さすが勇者様!」
「……その勇者は、妖精でもどうにかできないのか?」
「んー生まれながらの呪いみたいなものだからね。たぶん死ぬまで勇者であり続けることから逃げられないんじゃない?魔王を倒したとしても変わらないみたいに」
「そうか」
「君もなんだか複雑だね。そんなに身体がぐちゃぐちゃなのは初めて見たよ。よく生きてるね」
***************
昼頃、レンは湖から戻ると村の中央でユリが子供たちに囲まれながら絵を描いていた。そこへレンは近く。
「起きたのか」
「ん?……あ!レンさんどこに行ってたんですか?探したんですよ!」
「探してる……?」
「い、いや、これは子供たちに頼まれて絵を……」
囲んでいる子供たちは順番を待っているのだろう。ユリが描いている様子を大人しく見ている。
少し離れたところでひとりの子供が立っていた。もう絵を描いてもらったのだろう、なにかの絵が描かれた紙をずっと見つめている。
レンはその子供を見ていると、子供が顔を上げ目が合った。そしてレンに近づいてくる。
「お姉ちゃんに描いてもらったんだ!ぼくのともだち!」
子供は見てほしかったのか、レンに向けて笑顔で絵を見せた。
そこには魔物の子供が一匹描かれていた。