魔物と約束した村 前編
初めまして、影宮 花です。
予定では時系列バラバラのオムニバス形式でマイペースでやっていこうと思います。
よろしくお願いします。
「……薬の材料?」
「はい、取りに行くには森の奥に行かなければならないのですが魔物が……」
とある村人は目の前にいる腰に剣を携えている女性に話しかけている。女性の後ろには連れだろうか、女性より少し背の高い腕が丸ごと隠れる袖の長い服を着た男性がいる。女性に雇われた傭兵だろう。腰に短剣と銃を携えていた。けど村人が話しかけるのは女性。
村人は薬が必要だった。子供が魔物に襲われその時に呪いにかかった。まだ命はあるが噛まれた右腕が変色し始め、徐々に広がっている。このままでは助からないかもしれない。だから早く薬が欲しかった。
「薬の材料って具体的に何を……?」
「医者が言うには呪いをかけた魔物の血と森の奥に小さいんですが湖があってその水が必要らしいんです」
「魔物の血と水……」
「魔物の血はもちろん湖に行くにも魔物の縄張りの近くを通らないと行けなくて」
魔物は村に近づくことは今までなかった。村人も魔物に危害を加えることは今までなかった。だからか村の人間は魔物を倒す術を持っていなかった。知らなかった。
しかし運がよかった。このタイミングでこの女性が村に来たのは奇跡に近かった。これで何とかなる。
「お願いします!今はあなたに頼ることしか出来ないんです。助けてください!」
「……ユリ」
傭兵の男性が初めて口を開いた。なにか言い出すのだろうか、女性の方を見つめていた。
「ありがとうございます、大丈夫ですよ」
「そうか」
村人とって二人の関係性など興味はない。今は村の事でいっぱいだった。とにかく今はすぐに助けてほしい。この女性なら出来る筈なのだ。なぜなら……
「この村をどうか助けてください、勇者様!」
先日魔王倒した、“勇者”なのだから。
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「……で、どう思いました?さっきの」
「さっき?」
「村人さんの話ですよ。めちゃくちゃ怪しくないです?」
ユリは傭兵の少し後ろを歩きながら道のない森の中を進む。村人からは方向しか教えられなかった。普段から湖に行くことがないのだろう。
「なんか途中から子供の心配より村そのものの方が心配って感じがしたんですよね」
「村……?」
「絶っ対面倒くさい事に巻き込まれたなぁ……」
「村で絵を描いて待っていても構わないが。勇者への頼みを代わりにこなす事が自分の仕事だ」
「だから何度も言ったじゃないですか、相手は私にお願いをしているんですからせめて付いていかないと。状況とかどうでした?って聞かれたら困るのは私ですし」
「困るのか?」
「困ります」
「そうか」
傭兵は迷う様子はなく、無表情でどんどん真っすぐ道がない道を進んで行く。今のところずっと木しか見ていない。
「そもそも魔物が呪うってこともおかしいし」
「ん?」
「元仲間が魔物に詳しくて私は聞いただけなんですけど、呪えるとなるともっと位の高い……精霊とかゴーストとか」
「ゴーストは魔物にはいらないのか?」
「厳密には違うみたいですよ。物理で倒せないし」
「なるほど」
「そいえばレンさんは上の大陸にいたんでしたよね?魔物が少ない……」
「全くいない訳じゃないが確かにこの下の大陸に来た時、魔物から守る仕事が多かったな」
ユリは傭兵、レンの後ろ姿をずっと見つめながら歩く。この人とはいろいろあって一緒に旅する事になった。正直に言うと私より強い。けど興味があることがたくさんあるみたいで些細なことでも私に聞いてくる。この世界の事から私が今何を思ってどんな感情なのか。今日は私が作った朝食はどんな味がするのか淡々と聞いてきた。今までたくさん答えた。これがユリがレンに渡す報酬の一部。
もうしばらく歩くと徐々に空気が変わってきた。それをレンも感じてるはずだが相変わらず表情が変わらない。余裕なだけなのか興味がないだけなのか、まだ私は分からない。
「……魔物、いますね。ウルフ系っぽい」
「魔物の血は種類が合っていればどれでもいいのか?」
「たぶん大丈夫だと思うんですけど……」
二人は立ち止まる。同時に武器に手を掛ける。ユリは右手で剣を。レンは左手で銃を。
周りから草を踏む音。土を擦る音。うめき声。一匹じゃない、何匹も居ていろんな音が重なりどんどん緊張感が増してくる。
それでもまだ武器を抜かない。
「……あ、あのレンさん?」
「ん?」
「今魔物に囲まれてるのは、分かるんですけど」
「あぁ」
「……」
「……」
「……なんか多くないですか⁉」
それが合図になったのか、魔物が一斉に襲い掛かってきた。
「ちょ、ちょっとまった!ってえ、レンさん⁉」
「すまない」
レンは了承を得る前にユリを担ぎ上げる。そして魔物の少しの間を抜け、背中を蹴りその群れから脱出する。
「とりあえず湖に向かう。そこまで行けば開けた土地に出るだろ」
「わ、分かりました!分かりましたから下ろしてください、自分で走ります!」
「……っ、今下ろしたら追いつかれる」
ユリは担がれながら後ろを見る、見てしまった。思わず「ヒィッ⁉」と声が出た。何十体の魔物が凄いスピードで追ってくる。一番後ろが見えないくらいみっちりしながら。
「きっも!絶対夢に出る!やだー!」
「……っ、なぜ夢に出るんだ?なにか原理があるのか?」
「今聞かないでください!状況考えろ!」
この人、追いつかれると言いながら実は余裕だな⁉と思いながらユリは振り落とされなようにしっかりと背中を掴む。レンさん任せた!
しばらく走るとレンが「見えた」と言った。ユリは体を捻って正面を見ると確かに湖が見える。
「森を抜けたらすぐ放す」
「腕を緩めるだけで大丈夫です。自分で態勢を整えます」
レンは了承し、ラストパートをかけた。少しでも魔物との距離を空けてこちらに余裕が生まれるように。数が数だからか本来なら二人にはきつい。
そして森を抜けた。
開けた空気を感じると同時にレンは腕を緩め、振り返りながら銃を構えた。ユリは腕が緩んだ瞬間レンの肩を両手で押し空中で体制を整え同時に剣を抜く。これで準備が出来た。少し時間が掛かるが何とかなる。
猛スピードで向かってきた魔物はスピードを落とさず突っ込んできて……
突っ込んできて……
………………
…………
「……あれ?」
「……?」
ユリとレンは二人して首を傾げた。
あんなに猛スピードで追ってきた魔物たちは森から一歩も出ようとしなかった。まだ油断しないようにと警戒しながら魔物たちを見つめていたが、一匹ずつ森の中に帰って行きやがてすべての魔物が目の前からいなくなった。
「……結界でもあったのか?」
「そんな感じはなかったかと……」
魔物の気配がなくなり、武器を下ろす。なにか納得がいかない、ユリはモヤモヤしていた。
「これは助かったと喜ぶんでしょうが、なんか……んー?」
「借りた水筒に湖の水、だったな」
「切り替え早いなぁ」
けどまずは頼まれたことをしよう。レンは何事もないように水を汲み始め、ユリは湖の全体を眺めた。
そこまで大きくはないが、水が澄んでるで空を鏡のように映している。傾き始めた日の光もあってとても美しかった。
「きれいだなぁ」
「……きれい?こないだの花嫁見た時もきれいと言っていたが」
「どちらもキラキラしてるじゃないですか」
「キラキラ……」
水を汲み終わったレンは水筒の蓋を閉めながらユリの隣に立ち、湖を見つめる。
「……なるほど、美しいは初めてユリの絵見た時と同じ感覚か」
「はあ⁉恥ずかしいのでやめてください!」
「なぜ?」
「わ、悪気が全く無いのが厄介……。まぁ、感動したって感覚が自覚できただけでも良しか」
「……?」
「村人さんの頼み事終わったらまたここに来ますか? 絵、描きますよ!」
「! そうか。すまない」
「いや、もともとこれが仕事ですし、……てなわけで」
ユリは振り返り森を見つめる。レンも釣られて森を見る。
「……はぁ、またこの森を抜けなきゃいけないか」
「担ぐか?」
「いや、帰りは頑張ります。けどやっぱり数が異常です。あんなに魔物がいてあの村が今までなんともないってのが不思議で」
「魔王が消えたことと関係は?」
「少し大人しくなっただけであまり関係はないかと。人間だって王様が死んでも同時に市民が死んだりしない、個々のものです」
「……。つまり魔物は減っていないのか?」
「実はそうなんですよ。大人しくなって目立たなくなったから世間的に減ったと思われていただけです。それを考えてもここの魔物は狂暴……」
「昨日まではそんなことなかったんだよなぁ」
突然第三者の声が聞こえた。気配がなく、驚いて反射で武器を取り出す二人。
「ちょ、ちょっとまって!まだなにもいたずらしてないよ!」
声の聞こえる方に足元を見ると、蝶のような翅がついた小さな妖精がいた。
「わぁ!かわいい妖精だぁ!」
「こんにちは、勇者さま」
妖精は飛び上がり、ユリの目線と同じところで止まった。手のひらサイズくらいだっだ。
「まさかこんなところに勇者様が来るんなんてこちらも驚いたよ!」
「ここの湖の妖精?」
「そうだよ!」
「……一目で勇者だと分かるんだな」
「当たり前だよ!勇者は生まれながらに決まってる。妖精ならすぐに分かるんじゃないかな?例え魔王を倒したとしてもきみはいつまでも勇者なんだ!」
「……うん」
「そうだ!他の妖精も呼んでここで宴会をしようよ!みんな感謝してる、果物をたくさん持ってきてくれるよ!」
「気持ちは嬉しいんだけど今、村の人にお遣いを頼まれてね。それが終わってからでもいいかな?」
「お遣い?なんの?」
「村の子供が魔物に噛まれて呪いにかかったみたいで、それを解くために魔物の血と湖の水が必要みたいで」
「……魔物が噛む?」
「ここに妖精がいるってことは確かに呪いに効きそうだね」
「あとは魔物の血だな」
「そうですね、なら一刻も早く……」
「ねぇ、勇者さま」
「ん?」
「なら尚更ここに居なよ!せめて一晩でいいからさ!」
「え?」
妖精はずっと笑顔で世間話をするように話す。
「その村、今夜でなくなっちゃうからさ!」