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こんなはずじゃなかったのに。〜灰崎さんが強すぎる〜

作者: のぎり

2番どころか100番煎じくらい見飽きたことかと思いますが、乙女ゲームものです。お付き合いいただけたら嬉しいです。

 おかしい、ヒロインはあたしのはずだ。

 あたしは腕を組んで、窓の外を眺めた。


「桃、何見てるの?……ああ、またアレ見てるのね」


 サポートキャラのはずの藍野美咲があたしの視線を辿り、得心がいったとばかりに頷いた。


「いやだって……おかしくない?」

「……まあ、尋常でないわよね、灰崎さん」

「尋常でないっていうか、あたしの役が完全に喰われてるんですけど……」


 2人揃って見下ろす窓の外では、色とりどりの頭のイケメン達が灰色の髪の少女と談笑している。


「灰崎さん、本当に転生者じゃないわけ?」

「あれで転生者だったら前世はきっと役者か詐欺師ね。ただの天然チートよ、あれは」


 あたしたちがぼそぼそと話し合っていると、悪役令嬢になるはずだった黒石麗子も寄ってきた。


「また灰崎さんたち見てるの?飽きないね」

「だって釈然としなくて……」

「まあ、桃がヒロインで逆ハーしたとしたら麗子は敵だっただろうし、平和っちゃ平和よね。面白さはないけど」


 あたしたち転生者3人組は、自然と声を合わせてぼやいていた。


「「「でも、灰崎さんがモブ?それはない」」」

あたし(ヒロイン)級の顔面しててモブはないわ」

「まずイベントも何もなしに全員落としてる時点でチートよチート」

「悪役令嬢無双ものかなってちょっと期待してたらコレよ……」


 うーん、現実は無情。







 灰崎さんこと灰崎(とおる)は、完璧超人だ。


 エリートな金持ちしかいない桜峰高校の中では、家柄は真ん中くらいだけれど、上すぎないのが程よいのだろう。

 あまりに家の格が高すぎる生徒会長くらいになると畏れ多すぎて、話しかける人も限られてくるけれど、灰崎さんの周りには大体色々な人がいるから。


 そんな彼女は成績は常にトップを維持し、体育では男子にも混じれる身体能力を有し、顔面が麗しく、運動部からの熱烈な誘いを蹴って入った部活である手芸部では、可愛らしい編みぐるみを量産しているらしい。


 しかし灰崎さんの一番凄いところはスペックよりも性格だとあたしは思っている。

 とにかく性格がいいのだ。

 本来なら、カメレオンもかくやというほどに対応する性格を変えないと攻略できない攻略対象たちを、素で惚れ込ませたのだから伊達じゃない。


 しかし!しかしだ、灰崎透なんてキャラ、キミコイにはいなかったのは間違いない!

 あんなに目立つキャラ、キミコイの記憶を持って転生してきた3人が3人とも忘れるなんてそんなことはないだろうに、実際今、実在しているわけで……。




 遅くなってしまったけれど、説明しよう。あたしと藍野美咲と黒石麗子はこの世界を舞台とした乙女ゲームを前世でやり込んでいた。まあ、流行りの乙女ゲーム転生だ。


 あたしはヒロインとしてキミコイ世界を生きられることに狂喜乱舞し、美咲はサポートキャラという傍観的においしいポジションにほくそ笑み、麗子は悪役令嬢という役割上起こり得る破滅に怯え、三者三様の感情を抱きながら桜峰高校に入学した。


 そして灰崎さんというイレギュラーに遭遇した……。


 入学式に起こる生徒会長相手のイベントがなかったことに呆然としているあたしの前を、攻略対象全員コンプとばかりに連れ歩く灰崎さんを初めて見た時は、真っ先に敵だと思った。

 こいつ絶対転生者だ、と。


 だって、攻略対象たちは全員何らかの理由で顔にコンプレックスを抱いていて、序盤では顔を隠していたり、地味になるように偽装していたりするはずなのだ。

 それがどうしたことか……夢にまで見た素顔の、きらっきらのイケメンたちが揃い踏みしていた。




 あたしはそれでも、入学してから半年はイベントを起こそうと粘った。総スルーされたけど。

 入学式の生徒会長との出会いなんて、前の日から全身磨きまくって、我ながら超美少女だったのに見向きもされなかった。人生で一番緊張して、口から心臓が出るかというくらいどきどきしていたのに。名前を呼ばれた時の表情の練習までしたのに。

 同じクラスの攻略対象と一緒にプリントを運ぶイベントも、なぜか灰崎さんと一緒に運ぶことになって、ちょっと話しただけなのにうっかりときめくカリスマ性に悔しい思いをした。

 図書館の隠しキャラに会うためにせっせと本を読んでいたら、灰崎さんに先を越されていた上に、最終的に灰崎さんと好きな本談義をしていた。


 結果、灰崎さんとは結構仲良くなれたのに、攻略対象からは変な子だと思われているようで、いたたまれない結果に終わった。


 そして、半年で頭が冷えたのだ。

 あと灰崎さんのあまりに上手な逆ハー運営を見て、これは真似できないと気づいた。


 攻略ルートによっては、というか逆ハールートでは、本来なら一度逆ハーメンバーがヒロインに夢中になるあまり、醜く争ったり仕事をしなくなったりする。

 けれど、全くそんな兆しは見られなかった。


 あたしは粘った半年で、隠しキャラを含む全ての攻略対象と顔見知りになったが、全員有能な真人間のままだった。

 あたしじゃこうはいかなかったと思う。




「あ、灰崎さんと赤井君が帰ってくるね」


 麗子の声であたしは現実に引き戻された。

 赤井君はいわゆるクラスの人気者ポジションの攻略対象だ。

 ヒロインに惚れると、何よりもヒロインだけを優先してくれるので、優越感が堪らなかったものだ。


「赤井〜!今日お前がいなかったから負けたんだけどぉ!?」


 クラスのお調子者が早速赤井君に絡みに行った。


「悪い悪い!今日は野球してたのか?」

「そうそう」

「明日は灰崎さんからお前を取り戻す!」


 お調子者が行儀悪く灰崎さんを指差すと、灰崎さんは苦笑した。


「ごめんね。会長が今日はみんなでお昼食べたいって言っててね。あの人、やっとできた友達と話すのが楽しくて仕方ないみたいなんだ」

「会長が〜?じゃあ仕方ねえな……でも明日は参加しろよ赤井ィ!」

「分かったって!灰崎ファンクラブの活動も明日ないしな!」

「なにその灰崎ファンクラブって……妙なクラブ作らないでくれる?」


 引き気味の灰崎さんを3人で眺めながら、誰からともなく呟く。


「灰崎さんって、攻略対象からの好意に気づいてるんだか気づいてないんだか分からない……」

「まあ逆ハーってほど攻略対象もびっちり灰崎さんに張り付いてないしね」







 放課後になると、いかにも運動部でエースとして活躍していそうな先輩が灰崎さんを迎えにきた。

 彼は手芸部所属で、その縁で灰崎さんと知り合ったらしい。もちろん攻略対象。



「青山先輩、そんなに毎回迎えにこなくても私は逃げませんよ」

「そういうことじゃなくてだな……その、灰崎!」

「はい?」


 突如、廊下で青山先輩が立ち止まって灰崎さんに向き直り、真剣な顔で名前を呼ぶ。


「お?これは告白……?」


 そしてそれを野次馬化して見るあたしたち。


「お前の……」

「お前の?」


 青山先輩はごくりと唾を飲んだ。


「お前の……編みぐるみを分けてくれないか……!」

「いいですよ」


 ずっこける野次馬を尻目に、青山先輩はぱっと顔を明るくした。


「ありがとな!妹にプレゼントしたいんだが構わないか?」

「ああ、あの可愛い妹さん。じゃあ力作を差し上げますね」

「よっしゃ!」


 ……兄貴肌な青山先輩は面倒見がいい設定だった。その面倒見のよさは、溺愛する妹のおかげで培われたのだ。

 ちなみにその妹は青山先輩ルートだとライバルキャラとして出てくるのだけれど、灰崎さんには先輩以上に懐いているらしい。青山先輩が落ち込んでいたとか。


 灰崎さんと青山先輩は、青山先輩の妹の可愛らしさについて語り合いながら、手芸部の部室の方へ去って行った。







 放課後、あたしたちはファミレスの窓際席にドリンクバーだけで粘るという、迷惑な客と化していた。


「あたしさー……」

「なになに?どうしたの桃」

「便秘?」


 あたしは失礼なことを言う麗子の頭を引っ叩き、ストローで氷を掻き回しながら宣言した。


「次に灰崎さんと会ったら転生してるか訊くことにする」

「「おおー」」


 ぱちぱち、と2人が申し合わせたかのように拍手してくる。


「思い切ったわね桃」

「その猪突猛進さ、安定の桃だね!」

「喧嘩売ってんの?高く買うけど」


 ちなみに、桃桃と呼ばれているけれど、あたしの名前に桃は入っていない。苗字が桃瀬だから桃なのだ。


「灰崎さんは――」

「呼んだ?」

「ひぃえっ!?」


 あたしの背後から灰崎さんが現れ、あたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「あ、ごめん。驚かせちゃったかな。桃瀬さんに呼ばれて、つい……」


 決まり悪そうに笑う灰崎さんを、橙君が小突く。橙君は灰崎さんの幼馴染みらしい。攻略対象なのは言うまでもない。

 彼女の隣には生徒会長もいたのだけれど、彼はファミレスの中を物珍しそうに見回すのに夢中だった。


「話にいきなり入ってこられたら不快だろ?」

「だって、桃瀬さんが私の話をしてくれてるようだったから嬉しくて……」


 ちょっと顔を赤らめる灰崎さんは最高に可愛かった。


「……いや桃、あんたなんでそんなに灰崎さんからの好感度高いのよ」

「あたしが知りたいわそんなん」


 美咲と、灰崎さんたちには聞こえないように小声でやり取りする。


「桃瀬さんって一時期やたら木から落ちてきてたよな」


 橙君との出会いイベントである、木から落ちて受け止めてもらうイベントを何とか発生させたくて、狙い澄まして橙君の上に落ちまくった黒歴史がほじくり返され、あたしは固まった。


「よくハンカチを落とされていましたが、最近は平気なようですね。つい君とすれ違うときには足元を確認してしまう癖がついてしまいました」


 続いて生徒会長からも追撃が。

 違うんです、ハンカチ拾ってもらってそこから好感度上げるイベント(の予定)だったんです……。


 今の彼らは真人間なので、とても感じのいい、気を遣った対応をしてくれるのがまた心に刺さる。


「ふふ、桃瀬さんはうっかりさんなんだね」


 灰崎さんに無邪気に笑われ、一周回って開き直ったあたしは、よりにもよって、この瞬間に尋ねてしまった。


「灰崎さん、灰崎さんって転生者?」


 美咲、麗子のぎょっとした顔と、灰崎さんたちのきょとんとした顔は忘れられそうにない。

 あたしは晴れて、灰崎さんご一行に電波女という認識を植え付けることに成功したのであった。泣きたい。

 灰崎さんの「分からないけど多分、違うんじゃないかな」という優しさが胸に痛かった。







「はあ……鬱だ」

「どんまい」


『灰崎さんって転生者?』事件を思い起こして溜息をついていると、本を抱えた銀髪の少年が廊下を横切った。


「お、銀河君だ」

「珍しいね」


 銀河君は隠しキャラの後輩で、まだ中学生だ。桜峰中学の方と共通の図書館に通いまくれば会える、レアキャラである。

 高校の校舎なんて入り慣れないだろうに、一切怯えた様子がない。むしろ堂々としていた。


 銀河君は適当な生徒を捕まえて、灰崎さんを呼ぶように頼んでいた。

 澄まし顔が時折笑み崩れるのが微笑ましい。灰崎さんと会えるのが嬉しいのだろう。わざわざ高校の方にまで来ているのだし。


「うーん、可愛い」

「分かる」


 銀河君を遠目で見守りつつ、あたしたちは若干変態くさく可愛いを連発したのだった。







 銀河君が興奮気味に灰崎さんに本を差し出した後の話。


「透は年下が好きなんですか?」

「え?ええと、どうかな。嫌いじゃないと思うけど」


 最近編入してきた緑橋君がぐいぐい灰崎さんに迫っていた。

 緑橋君は帰国子女で、最近日本に帰ってきたのだそうだ。

 灰崎さんとは幼い頃にドラマチックな出会いを果たしていて、再会を約束して別れたらしい。

 灰崎さんが幼い緑橋君のことを女の子だと思っていたのは余談である。


 緑橋君は灰崎さんに意識してほしいのか、下の名前を呼び捨てで呼ぶ。いまいちその努力が実っている感じはしないけれど。


「……灰崎さんは誰が好きなのかねー」

「むしろいるのかしら、好きな人」

「灰崎さんが一番気にしてるの、桃だったりしてね」

「あはは、まっさかー」


 あたしたちは3人が3人とも、灰崎さんに挑んで敗れた敗北者だ。

 きっと灰崎さんは挑まれたことにすら気づいていないだろうけれど。


 ……灰崎さんがあまりに最強で、あたしは自分がヒロインだってことを忘れつつある。

 これはこれでいいのかもしれない……とも思う、最近は。

作中で書き損ねましたが、攻略対象や3人娘たちは苗字の色の髪をしています。

そういう意味では異世界……?

いえ、ジャンルで迷ってしまったので……。

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