栄次の心の中は4
「なんだこいつは……」
更夜は突然襲ってきた少年を見据えた。栄次はなぜか反撃せず、少年の暴力を受け入れている。
「栄次! 何してるんだ!」
更夜が叫ぶが、栄次は動かない。少年は物を壊すかのように栄次を殴り、蹴り、踏みつける。
そこに感情はない。
一撃が重く、栄次が今にも壊れてしまいそうだ。
地面は栄次の血で埋め尽くされ始める。
「こいつは異常だ! 栄次、防御をしろ! 受け身を取れ! 何やってんだ! あいつは! 死ぬぞ!」
更夜は小刀を取り出すと栄次を守るため、動き出す。
「スズ、危ない。桜の木の上で隠れているんだ!」
「……えいじ……」
スズは悲しそうに血だまりに横たわる栄次を見ると、近づこうとした。
「行くな、俺がなんとかする。お前は……休みなさい。今はな、子供が皆笑える時代になったんだ。過去は変えられないが、これからは変えられる。俺は娘や子孫を見てそう思った」
更夜はスズにそう言うと、小刀を構え、少年に向かい走っていった。
「……こうや、娘さんと子孫がいるんだ……」
スズは更夜の背中を見ながら、そうつぶやき、素直に桜の木の枝に飛び上がり、避難した。
栄次はもう意識がない。
「なにしてんだ! 死にたいのか!」
更夜が栄次に声をかけるが、栄次の意識は戻らない。
力なく倒れ、体から血が流れ続けている。
……ああ、そうか。
栄次は破壊システムに忠実に従っているのか。
気持ちが壊れたんだ、栄次。
お前は気持ちが壊れたんだ。
データじゃない。
お前は優しすぎる。
……ああ、
この少年は、「破壊の時神」か。
「栄次を守らねば……殺すにはもったいない男だ」
少年は栄次を狙い、機械のように動く。更夜は間に入り、少年の気を自分に向け始めた。
「……感情を感じられんな……」
少年は攻撃をしてきた更夜を敵と判断し、襲いかかる。
少年は空に浮きながら、バランスを取り、高速で更夜に打撃を繰り出した。少年の拳は鉄よりも固く、攻撃すべてが重い。神力をまとっているためか。
とにかく速くて重いため、更夜は刀で防御はせず、勘で避けていく事にする。
手裏剣を投げ、小刀で致命傷にならない場所を狙い攻撃しつつ、少年の鋭い攻撃を避けている更夜。それは栄次と互角に戦っていた当時のままだった。
少年は表情なく更夜を壊そうと動いているが、更夜はその目から涙が落ちていることに気がついた。
「……お前……泣いているのか」
「……敵対立……八十パーセント」
「感情があるのか? じゃあ、もうやめてくれ。俺はデータを自分で直す。栄次は連れ戻すからな」
少年は更夜の言葉を理解せず、更夜に再び襲いかかる。
「ちっ……」
更夜は紙一重で少年の蹴りを避け、拳を飛んでかわした。
少年は涙は見せたものの、感情を感じられず、ロボットのように更夜を殴り、蹴る。
更夜はトケイの攻撃をすべてとりあえず避けているが、いつまでも終わらない戦いに打開策が見つからない。
「更夜だ!」
ふと、遠くでプラズマの声が響いた。
「……あちらの時神が来たようだ……。栄次、お前はまだ戻れる。過去神としての役目を果たせ」
更夜は気を失っている栄次に声をかける。
「まだ、死んでないだろ? 目を覚ませ!」
「ちょ、ちょっと栄次が……」
血にまみれた栄次を見、アヤが震えていた。
「未来神、現代神! 栄次はコイツにやられた。こいつは破壊システムを持つ時神だ。栄次を連れて逃げろ! こいつはしばらく俺が抑える」
プラズマとアヤが動揺しながら栄次を抱え、なんとか少年から離した。
「まんまだな、破壊システムに狙われてるって、栄次がこんなになってるのは予想外だったけどな……。栄次、生きているか? しっかりしろよ……」
プラズマが栄次を揺すると、栄次がうっすらと目を開けた。
「栄次、ちょっと待ってて……今、時間を巻き戻すから……」
アヤが泣きながら血にまみれた栄次の手を握る。
栄次はぼんやりとアヤとプラズマを視界に入れていた。
……俺は何をやっているんだろう。
このまま消えてもいいと思っていたが……。
アヤが泣いている……。
悲しそうに。
俺を見て泣いているのか。
プラズマ……気が乱れている。
俺を心配しているのか。
「栄次、すぐにアヤが治すからな。死ぬなよ……。まさかお前、死に場所を探してたんじゃないよな? 俺とアヤ達を置いて死んだら許さねーからな!」
プラズマは必死に栄次に呼び掛け、アヤは泣きながら時間を巻き戻す。
「あんたはもう、一人じゃねーんだぞ! 勝手に死のうとすんな! 俺は最初にあんたに帰ってこいと言ったはずだ! アヤもリカもあんたを心配していたんだぜ! こんなところまで……お前を追いかけてきたんだぞ……。皆傷ついた。アヤもリカもボロボロになりながらお前を探して……」
プラズマは栄次を乱暴に揺すりながら涙を浮かべた。
「プラズマ……傷が酷いの。揺らしてはダメよ……」
アヤがプラズマの手を優しく握り栄次から離す。
「ああ……わりぃ」
「アヤ、プラズマ……すまない。もう俺は死んでしまおうかと思っていたのだ。お前達を忘れて……」
栄次がか細い声で目を閉じ、そう言った。
「そんな悲しい事を言わないで……。更夜だってあなたを守ろうとしている。私達もあなたを守りにきたわ。あなたは反対に私達を守らないといけないの。リカは置いてきたけれど、リカが一番守らないといけない存在でしょう? あの子は産まれたばかりの神。私達が守らなくてどうするの」
「……ああ」
アヤは涙をこぼしながら栄次の手を強く握る。栄次は時神達の優しい顔を思いだし、涙を浮かべた。
「俺は……弱いのだ。強いふりをしているだけだ。強くなりたい。お前達のように……。あの少女のように、更夜のように……」
「栄次、あんたは弱くてもいいんだ。俺らは皆弱い。だから助け合うんだよ。誰かが欠けたら皆崩れちまう。それが、俺達だろ。だから、勝手に死ぬなよ。あんたが死んだら俺は立ち上がれないかもしれない。あんたは俺の友達で、家族だから」
嗚咽を漏らす栄次にプラズマは優しく言葉をかけた。
「ああ……俺もだ。お前達から離れたくない……。居心地が良かったのだ。俺はひとりではなかったのだな。皆、同じ気持ちだったのか」
「そうよ、栄次。私も時神皆で同じところに住めて幸せなの。毎日、楽しいわ。だから、戻ってきて、栄次。……良かった……。怪我が治ってる……」
栄次が安堵の表情を浮かべた時、アヤは神力の出しすぎにより、肩で息をし始めた。
「アヤ……ありがとう。すまない。もう大丈夫だ。俺が泣かせてしまった。もう……死のうとは思わない。帰ろう」
栄次はゆっくり立ち上がると、異様な動きを見せる少年を見据えた。
「更夜を助けねば」
「栄次、俺達もお前を助ける」
栄次はプラズマの言葉を聞き、軽く微笑んでいた。
※※
一方リカは電子数字の海の中にいた。
「どうすれば……。早くしないと栄次さんと更夜さんが死んじゃうかもしれない」
リカは必死に考えた。
しかし、何も思い付かない。
「ワールドシステム! 何とかしてよ! 破壊システムってやつに感情を入れて、早く止めて!」
とりあえず叫ぶ。
リカの言葉は電子数字になり消えていった。
「ワールドシステム! どうしたらいいの……」
リカはこちらに来た時の事を思い出した。リカが分かれていた時神をひとつにした事件である。
あの時はどうやって世界を変えたのか……。
「お願い……ふたりが死んじゃう……破壊システムってのに感情を入れないといけないんだって! 聞いてるの?」
わからない。
どうしていたか思い出せない。
あの時、リカは着物のようなものになった。
「着物になったんだ、そういえば……。プラズマさんがやっていたやつ……神力の解放……」
神力の解放。
リカは一度こちらに来たとき、それをやった。あの時は必死だった。
どうやったのか……。
手に力を込めた。
手を横に広げた。
流れをイメージした。
動揺しつつも、冷静に思い出したリカは静かに目を閉じ、血の流れをイメージする。
そして手を横に広げた。
オレンジ色の光が辺りに舞い、何かがずっと吸い取られていくような感覚が続く。気がつくと、桃色の創作な着物姿に変わっていた。
「できたのかな……。着物に変わってるよね? できた!」
喜ぶのもつかの間、すぐに疲れてきた。集中していないと力がなくなりそうだ。
「プラズマさんや栄次さんのすごさがわかった気がする……」
そんなことをつぶやきつつ、リカは命じる。
「破壊システムに感情を! 栄次さんと更夜さんに救いを!」
今ならできる気がした。




