栄次の心の中は3
アヤとプラズマは走った。
「ちょっとプラズマ! 走ったら栄次の所に行けるわけ?」
桜並木が永遠に続いている。
「わからねぇ……。どこまでも続きそうだな。この桜の道」
「栄次を見つけるなら……たぶん、この世界の下に行かないといけないんじゃないかしら……。わからないけれど、なんだかモヤモヤするのよ」
アヤの発言にプラズマは眉を寄せた。
「……モヤモヤする……?」
「あの子の気配がする」
「……あの子?」
プラズマがアヤに目を向けた刹那、アヤの足元に時計の形をした陣が浮かび上がった。
「十四年……前……」
アヤがつぶやき、辺りに電子数字が飛び出す。
そのまま地面が丸型にくり貫かれ、時計の陣ごとアヤとプラズマは下へ強制的に下ろされ始めた。
「なんかわかんねーけど、下に連れていってくれるらしいな、この陣。十四年前……立花こばるとの事か? アヤ」
「……十四年経ったのね……。もう、十四年も」
辺りは真っ暗に変わり、やたらとまぶしい電子数字が流れていく。
「……泣くなよ。立花こばるとは……もういない」
「……」
アヤは静かに涙をこぼしていた。
「自分が殺したなんて、思うなよ」
プラズマはアヤを優しく抱きしめる。
「私が……」
「違うよ」
やがて時計の陣が消え、辺りの風景が夜桜の風景に変わった。
桜はやたらと桃色に輝き、地面は浅い水溜まりがずっと続いていて、まるで池のようだ。
暗いが、桜がなぜか輝いているため、明るい。
一瞬だけ時間が止まり、プラズマとアヤの瞳に電子数字が流れた。
「ちょ、ちょっと! なんで私を抱きしめているのよ……」
「え? なんで泣いてるの? てか、俺がアヤを抱きしめたから泣いてるの? ん? 俺、なんでアヤを抱きしめてんの?」
アヤとプラズマはお互い戸惑い、顔を赤くしつつ離れた。
「知らないわよ……」
「……す、すまん。なんかやったか? な、何にも覚えてなくて……さっきの事なのに」
「……私もわからないの。だから、大丈夫よ、たぶん」
「……俺、マジでなんもやってねぇよな?」
困惑しているふたりは足元を濡らしながら、夜桜の世界を歩き始めた。
「まず、どこだかわからないけれど、栄次を探しましょう。誰もいなそうだから、誰かいたら音が聞こえるはずよ」
アヤは火照る頬を元に戻しながら、プラズマを仰ぐ。
「とりあえず、なんかすごい音が響いてる方向に向かうか」
気がつくと、すぐ近くで破裂音や風を切る音が響いていた。
「やだ……全然気づいてなかったわ……。すごい音がしていたのに」
「……本当に俺、何もしてないよな?」
二人は別々に動揺しつつ、音がする方へ走った。
※※
一方、リカは電子数字が舞うだけの何もない世界を浮いていた。
「弐の世界の排除システムに、更夜さんと栄次さんが狙われている……。どういうことだろう? 私はどうすれば……」
この世界は、マナが言っていた「ワールドシステム」に違いない。
「私がワールドシステムにふたりを狙わないように言えばいいの?」
つぶやいてみるが、誰からの返答もない。
「神力の出し方も実はよくわからない……」
助けを求めるようにもう一度言ってみるが、本当に誰もいない。
「どうしたらいいの? 栄次さんも更夜さんも……危ないみたいなのに」
リカは辺りを見回し、打開策を探す。ここには本当に何もない。
「ふーん、けっこう困ってるね?」
ふと、後ろから聞いたことのない男の声がした。リカは体を震わせて振り返る。
「だっ、誰……」
「あれ? 僕に話しかけていたわけではないのか? じゃ、いいや」
「ちょ、ちょ! 待ってください!」
声は後ろから聞こえたが姿がない。
「誰ですか? 姿が見えなくて……」
「んじゃあ、ちょいとこっちに来なよ」
男の声は手招いているように聞こえた。
「そ、そちらにいるんですか?」
「うん。いるよ」
どこか抜けている男の声に、リカは警戒しながら近づく。
歩くというか、泳ぐ感じでなんとか声に近づくと、突然塩辛い水に飲まれた。
「んぐぅ!」
リカは呻き、もがく。
突然、水の中に入ってしまったリカは水面に向かって必死に泳いだ。足はつかない。波のようなものがリカの上を通りすぎていく。
……やだよ! 今度は本当に死んじゃう!
必死でもがいていると、水干袴を着た、紫色の長髪の男がリカを引き上げていた。
そのまま、海から出て、リカを抱いたまま空に浮く。
「へ?」
「大丈夫だった? 死んだ?」
「い、いや……死んでませんが……」
リカはようやく声の主を見ることができた。
男は端正な顔立ちで、以前会ったスサノオに良く似ていた。
「って、ここは!」
リカは辺りを見回してようやく、場所がわかった。夕焼けの空、全てを飲み込んでしまうかのような海、そして……海に浮かぶ小さな社。
以前、リカがこちらに来た事件で、スサノオに襲われた世界だ。
リカは一人、海を泳ぎ、小さな社からワールドシステムに入った。ずいぶん前の事のように感じる。
「ん? ここは僕の社だよ? そっちじゃなくて、上」
リカは下に見える小さな社を見たが、男は上を指差す。
あの時は気づかなかったが、小さな社の上に大きな社が遥か上に浮いていた。
「神社が浮いてる……。ていうか、あの……あなたは……?」
リカは混乱した頭で、とりあえず男に名前を尋ねる。
「ん? ああ、名乗るの忘れてた。僕はツクヨミだよ。弐の世界と黄泉と海を守ってる。ワダツミのメグの上司って感じかなあ? メグは知ってるの?」
「わ、ワダツミのメグさんは知っていますが……つ、ツクヨミ様なんですか……! 本当に?」
呑気な声を上げるツクヨミにリカは目を回して驚いた。
「なに? 大丈夫? 死んだの?」
「死んでないですってば……。えっと……弐の世界を守る役目があるんですか?」
「うん」
「で、では、栄次さんと更夜さんを助ける方法を教えてください!」
リカは動揺しつつも、ツクヨミに助けを求めた。この神はスサノオのように荒々しくはなさそうだったからだ。敵なのか、味方なのかはよくわからないが、害はなさそうである。
「ああ、あの黄泉に入りそうな危ない子達かぁ。君なら止められるんじゃない? あの子を」
「……?」
「あの子はね、時神現代神に役割を変えられたんだ。そうだなあ、だから、元に戻しとけば?」
ツクヨミは軽く微笑んできた。
リカはツクヨミの言っている意味がわからず、顔を青くする。
「全然、なに言ってるのか、わからない」
「だから、君があの子に感情を戻してあげなよ。十四年前から破壊システムなっちゃってる。いままで何もなかったから放置してたけど、時神二柱が突然消えるのは面倒だ。だってほら、新しい時神を作らなくちゃいけないじゃない?」
ツクヨミは淡白にそうリカに伝えた。ツクヨミはあまり人間らしい思考を持っていないようだ。
その辺はスサノオにやや似ている。あまり気にしないようにして、リカは重要な部分を拾う。
「破壊システムに感情を戻せばいいんですか?」
「うん。そしたら、元に戻るんじゃない? もしくはあの時神達はエラーじゃないと世界に伝えるか。じゃあ、ちょっとやってきて」
ツクヨミはリカを再び小さな社に押し込み、微笑んだまま、手を振った。
「ちょっ……ちょっと待って! どうしたら……ワールドシステムに……」
リカの声は途中で途切れて消えた。