栄次と更夜2
更夜は突然、静夜に対し、よそよそしくなった。
常に気配を読み、動く更夜。
静夜は更夜の変わりように怯えていた。親子であるとわかってはいけない。
追手が静夜も殺しに来る。
更夜は静夜を望月から離し、別の家系の家へ嫁がせることに決めた。
更夜は凄腕の忍者集団、凍夜望月家なため、望月家と仲の良い忍の一族なら縁談もうまくいくと考えた。
今は、縁談話が出ていた忍集団、木暮家へ静夜を連れていく途中だ。木暮の雰囲気は凍夜望月家とは違い、かなり穏やか。
静夜も幸せになれるはずである。
田舎道を静夜の手を引き、急ぐ。スズメが飛び、広い田んぼが広がり、きれいな青空。
目立たないように歩いていても、子供を連れた男は目立つ。
「おとうさま……」
静夜はまだ六歳過ぎ。
更夜の事など何もわからない。
「……俺を父と呼ぶな」
「おとうさま?」
「……呼ぶな」
更夜はいらだちながら、静夜を黙らせようとする。
「どうして? おとうさま。おかあさまに会いに行くの?」
死を理解していない静夜は、母親が死んでいる事を受け入れていない。
「おとうさま、おかあさまはどこに……」
「俺を呼ぶなと言ったはずだっ!」
更夜はついに手をあげてしまった。静夜の頬を叩いてしまった。
「……っ!?」
静夜は優しかった父が突然に、冷たくなり、暴力的になったので、戸惑いながら更夜を見上げる。
「わたし……何かやりましたか? おとうさま。わたし、悪いこと、してません」
「俺を……父と、もう呼ばないでくれ……頼む……何度も言ったぞ」
更夜は苦しそうに顔を歪めると、静夜を引っ張り歩き出した。
もう、更夜は静夜を抱えることはしない。
人買いと、売られた子供に見えるように振る舞う。
親子とはわかってはいけない。
更夜はそうしたいが、静夜は何も理解していない。
田舎道を抜け、二人は再び山に入った。
「おとうさま……どこにいくんですか? おかあさまのところ?」
しっかり答えない更夜に静夜は不安げに尋ね続ける。
「……お前の母様は死んだ。何度も言わせるな。次は打擲するぞ」
更夜の脅しに静夜は首を傾げた。
「ちょうちゃくってなんですか?」
「殴ることだ。木の棒で叩く。痛いのが嫌なら黙ってろ」
「……なんで……? おとうさま……どうして……」
「俺はお前の父様じゃない! いい加減にしろっ!」
更夜はまた静夜をひっぱたいた。
「……いたい……」
静夜は嗚咽をもらしながら泣き出した。
「おとうさま、なんで突然、静夜を嫌いになったの? 静夜を捨てないでください。
静夜にはもう……おとうさましかいないの……。捨てないで……おねがいします。
ごはん沢山食べてごめんなさい。ごはん作れなくてごめんなさい。歩くの遅くてごめんなさい。夜寝てしまってごめんなさい」
静夜は自分がやってしまった「わるいこと」を一生懸命に思いだし、更夜に謝罪する。
更夜は呼吸を荒げ、拳を握りしめた。
「違う……。俺を父と呼ぶなと言っているんだ」
苦しかった。
何をやっているんだと思った。
なぜ、俺は静夜を叩いている?
「父と呼ぶな」
こんな簡単な事もできない娘にいらだっているだけなのではないか。
更夜の目に涙が光る。
この子には俺しかいないんだ。
守らねばならない。
ああ……育てたかった。
ハルとの大切な子を。
きっと……きれいな娘になったんだろうな。
優しくて、思いやりがある娘は平和な時代を生きて……。
更夜は静夜の手を引くと、木暮家の山に入っていった。
俺はどうせ死ぬんだ。
ヒトをたくさん殺した「ヒトデナシ」なくせに、今さらヒトになろうとするな。
復讐を受け入れろ。
罪を償うんだ。