栄次を探せ!2
サヨは世界を歩き回り、立ち止まる。
「待てよ、刀を持ち出した時……あの時……おじいちゃんが……」
当時サヨは五歳だった。
サヨは心の世界と呼ばれている、弐の世界に入れる力をもつ。
サヨの心の世界内の和風屋敷に住むのはサヨの先祖、更夜。
この弐の世界での年齢は四百歳を超えている。
彼は弐(夢幻霊魂)の世界の時を守る、時神だ。
サヨは彼をおじいちゃんと呼び、懐いていた。
この日、いつものようにサヨは更夜の屋敷に遊びにいった。
冷たい雰囲気で古風な更夜はサヨをいつもてきとうに迎え入れ、
「また来たのか……」
と、うんざりした顔をしつつも、サヨを優しく撫でる。
しかし、その日はいつもみたいに楽しい一日にはならなかった。
サヨは更夜が隠しておいた刀で野菜を切って遊んでしまったのである。
前々から触ってはいけないと言われていた刀を見つけ出してしまったサヨ。
どうしても触ってみたかった。本当に物が切れるのか試してみたかったのだ。
当然、サヨはすぐに見つかった。
「何をしている。刀は触ってはいかぬと何度も言ったはずだが?」
更夜の恐ろしい雰囲気を感じ取ったサヨは体を固まらせる。
「げっ……見つかったっ!」
サヨは慌てて逃げ始めるが、すぐに更夜に捕まってしまった。
更夜は元忍である。五歳の娘が逃げきれる相手ではない。
「逃げるとは悪い子だ。そこにまず、正座をしなさい」
更夜は鷹のような鋭い目でサヨを見る。サヨは震えながら、とりあえず正座をした。
「刀はな、人を斬ることができる。人を殺せるのだ。お前が軽々しく扱っていいものじゃない。怪我をしたらどうする」
「うー……だって使いたかったんだもん!」
サヨは頬を膨らませ、更夜に子供らしい顔で言い放った。
更夜はサヨの目をしっかり見て、低い声で重要な部分のみ言葉にする。
「人を殺せるのだぞ」
「……」
更夜に肩を掴まれて、サヨは目に涙を浮かべ、うつむく。
「人を殺せる」
もう一度言われ、サヨは刀の怖さに気がついた。
「もう一度、言うぞ、人を殺せるのだ。お前が振るった刃は、俺も殺せる」
「ひとをころせる……おじいちゃんもころせる……」
サヨは震えながら更夜の言葉を復唱する。
「そうだ。人は簡単に死ぬ。刀を持ち、殺してみようと思う感情があれば、思いとどまらずに人を殺せる。今のお前と同じだ。お前は野菜を切ろうと思ったんだろう?」
「……でも……野菜だもん。人じゃないもん」
サヨは更夜と目を合わせずに、小さくつぶやく。
「人にも置き換えができる。全てにおいて、元には戻せない。切った野菜を元に戻せるか?」
サヨは首を横に振った。
「お前自身の指や腕を誤って斬ってしまったら、元に戻せるか?」
更夜は怖い雰囲気のまま、サヨに尋ねる。サヨは震えながら首を横に振った。
「元に戻せるのか? 自分の口で言いなさい」
更夜はサヨの肩を掴んだまま、鋭く命令した。
サヨは目に涙を浮かべ、震えながら言う。
「元に戻せない」
「サヨ、手を出しなさい」
更夜はサヨの手をとると、思い切り叩いた。サヨは肩を跳ねあげ、後からくる痛みに手をさする。
「ひっ……いたっ……」
「『戻せません』だ。もう一度」
「うう……戻せません」
叱っている時の更夜のしつけはとても厳しい。
言葉の言い直しをさせられ、サヨは恐怖心で大粒の涙をこぼし始めた。
「反省をしたら頭を下げ、もう二度と刀は触りません、ごめんなさいだ、サヨ」
更夜は正座をし、サヨからの謝罪を待つ。
サヨは子供らしく嗚咽をもらしながら泣き、手をついて頭を下げた。
「もう二度と刀はさわりません、ごめんなさい……」
「よし、では、逃げたことも含め、もう二度と忘れぬよう、今からお仕置きをする、わかったな?」
「え……え? ごめんなさいしたのに……」
更夜はサヨに容赦はなかった。
「刀を使用した罪があやまるだけですむわけがないだろう。この世界には……『K』というシステムデータがある。お前は……世界のシステムのひとつ、平和を保つシステム『K』だ。『K』は武器を使ってはいけない」
「……『K』?」
「俺の血がお前をそうさせた。お前は俺の子孫。俺の霊的な力がお前を人間から『K』にしてしまったのだ」
更夜の言葉にサヨは頷いた。
「じゃあ、私は人間じゃないんだね」
「そうだ。賢い子だな。おそらく、俺が神になったことで、世界のシステムが辻褄を合わせるために、望月家を人間から外したのだ。平和を守るシステム『K』のお前が人を殺せる武器を使ってはいけない」
「ごめんなさい。もうしません」
「わかったなら、尻百叩きだ。下に履いているものを全て脱ぎなさい。お仕置きの時間だぞ、サヨ」
「……はい」
サヨは目を伏せ、顔を少し赤くすると、スカートと下着を脱ぎ、更夜の膝に乗った。
更夜の平手は手加減せずにサヨの小さなお尻を打ち、サヨは痛みに涙を流しながら耐える。
「ひとつ、ふたつ……みっつ……よっつ」
更夜が数える声と、お尻を叩く鋭い音、サヨの泣き声と謝罪が静かな部屋に響く。
更夜はしっかりお尻を百回叩くとサヨを許した。
「この刀はな……」
更夜は泣きじゃくるサヨを優しく抱きしめ、サヨが遊んだ刀に目を向ける。
「時神過去神、栄次が俺を殺した刀なんだ」
サヨは震えながら更夜を仰いだ。
更夜は真っ赤に腫れたサヨのお尻を撫でながら、さらに口を開く。
「人間の血を沢山吸った刀をお前に触らせたくなかったのだ。この刀は俺から離れてくれなくてな。いまだにここにある。この刀で思い出したが、この弐の世界には時神を『破壊する時神』が存在している」
「……」
サヨは更夜に怯えながら黙って聞いていた。
「俺は、『反対の神』もいると思っている。時神を『再生する神』だ。お前は平和を守る『K』。もしかすると……と」
更夜はそこで言葉を切り、サヨを一度離して冷水に浸した手拭いを持ってきた。
「冷やすぞ」
「あうぅ……つめた……おじいちゃん……もう怒ってない?」
「怒ってないぞ、サヨ。お前が怪我しなくて良かった。下を履きなさい。風邪を引く」
更夜はサヨの頭を撫でると、サヨの好きなお菓子を取りに立ち上がった。
「……今、何て言った……?」
サヨは更夜の言葉を反芻した。
……『この刀は、栄次が俺を斬り殺した刀だ』
って言わなかったか?
私のおじいちゃんはあの時、そんなこと言ってない。
「そうか」
サヨは、あの時お尻を叩かれた例の和室に入ると、飾られている刀の前に立った。
現代の世界、壱にはアヤがいた、過去の世界、参には栄次がいた、未来の世界、肆にはプラズマがいた。過去、現代、未来はいままで三直線に進んでいた。
それが……
「こないだ伍(異世界)の時神、リカが来たことでシステムが改変され、時神が別々の世界に分かれる意味がなくなり、壱の世界に存在するようになった」
少し前、異世界の時神であり、ワールドシステムに関与できるデータを持つリカがこちらの世界に来て、一事件が起こった。
リカがシステムを改変し、時神が元の世界に帰ることなく、壱に存在を始めたという事件だ。
しばらく考えていたサヨは刀を掴み、鞘から出す。
「違う……。やっぱり私が触った刀はこれじゃない……」
ここは壱の世界の弐だ。
この、『栄次に斬り殺された刀だ』と言った更夜は過去、参の世界に存在する更夜。
……どの世界でも同じことが起こるから、壱の世界の弐にいる私は、刀で遊んだけれど、壱を生きていた私のおじいちゃんは『過去神に接触していない』ので、こんなことは言わなかった。
過去神栄次は過去の世界である参の世界にいままでいて、参の世界に存在するおじいちゃんを斬った。
だから、この記憶は参の世界を生きていた私の記憶であって『壱に住んでいる私の記憶ではない』。
「リカが『栄次を壱の世界に存在させた』から、更夜様がおかしくなっているんだ。いままで、壱(現代)と肆(未来)の世界に栄次は存在してなかったんだから……」
サヨは刀を元に戻すと、何かを感じ、障子扉を開けた。
「……っ!」
青空に、オレンジ色の髪をした少年が浮いていた。少年は無表情のまま、腿についたウィングを広げると、どこかへと飛んでいった。