栄次はどこに?8
栄次は拳を握りしめ、更夜を見る。
……この男は『この国の城主を暗殺する、敵国の忍』。
この過去が本当なのか、嘘なのかわからなくなるくらい更夜は感情を表に出さない。
ふと視線を感じ、見回すと、更夜をじっと監視している男がいた。
そこで栄次は更夜が見張られている事にようやく気がついた。
ここにはいない父親の『目』となっている男なのか。
……更夜は逃げられないのだ。
自身の娘を守るため、ここでスズを殺さねばならない。
他の忍にしたように、邪魔者を排除し、殿の首に近づかねばならない。
「スズだったか? なぜ、殿の首を狙う?」
更夜は周りに合わせ、スズを『敵国の忍』にする。
「バカだね! あたしはあんたと栄次を殺しにきたんだ! ここの城主は関係ないのよ」
スズは更夜に噛みつくように言った。よく会話を聞くと、更夜はスズを殺さないよう逃げ道を用意して会話をしているようだった。
「スズ!」
栄次はスズをまっすぐ見据え、皆の注目を集めるよう、大きな声で名を呼んだ。
スズが眉を寄せ、栄次を見上げる。
「お前はっ! 『俺』を殺しにきた忍。故に俺から離れなかったのだろう? 俺が殿の首を狙っている事に気がついたのか」
スズが『自分のみを狙いにきた忍である』と、栄次は周りに必死で教えた。
しかし、周りの男達は愉快そうに笑い始める。
「何を言っておる。お前は強いが、『首を取ったことがない』ではないか。冗談としてはかなり、笑えるな」
周りの男達の笑い声を聞きながら、栄次はさらにスズをかばう。
「俺は仕事以外の殺生はしないのだ」
「お前が忍なら、殿の首を狙うなど堂々と言えるものか。忍は素性が知れない故、不気味なのだ。余興として盛り上げるなら、マシな嘘をつけ」
栄次は散々バカにされ、笑われた。
更夜は栄次の言葉を聞き流し、男達の視線が栄次に向いている間に、スズにだけ聞こえる声でささやいた。
「小娘、殿の首を狙っていると言え。俺を狙っていると言えば、俺はお前を殺さねばならなくなる。殿を狙う忍だと言えば、俺がなんとかしてやる」
更夜の言葉にスズは唇を噛みしめた。
「……あたしは逃げられない。あんたらを殺さないと、生きてここを出られない。あんたもわかるでしょ。組織集団の怖さが。きっと逃げたら酷いめにあって、むごい殺され方をする。私は男が怖いんだよ。だって、皆、笑いながら私を苦しめようとしてくる」
「……そうだな」
更夜はわずかに目を伏せると、腰に差していた刀に手をかける。
「でも、あたしは……初めて優しい男に出会った……。あのひとは、すべてを見透かしているようだけど、平和な時代の……いや、妄想の中のお父様みたいだった」
スズは唇を震わせ、目に少しの涙を浮かばせた。
「……」
更夜は無言のまま、刀をゆっくり抜く。呼吸を整え、騒がしい野次馬達に声をかける。
「静かにしろ。始める」
更夜は男達を黙らせ、スズと距離を取り、もう一度、同じ質問を投げた。
「なぜ、殿の首を狙う?」
「何度も言ってるじゃないの、あたしはね、あんたと栄次を殺しにきたんだよっ!」
スズの返答に更夜は目を閉じ、刀を握りしめた。
「そうか、ならばここで死んでもらおう。俺は優しいからな、一瞬だぞ」
更夜が歩きだし、スズは最期を悟る。
「ここまでか。見逃してはくださいませんか?」
スズはなぜか、命乞いを始めた。更夜は表情を変えず、スズの前に立つ。
「更夜、女の童だぞ。拷問も殺すのも見てられん……」
栄次の震える声を無視し、更夜はスズに告げる。
「忍は情報を持ち出す。この娘は俺達を殺そうとしたんだ。拷問はできんが、生かしてはおけん」
更夜がそう発言した刹那、スズは持っていたクナイで縄を切り、左手で更夜の額めがけてクナイを投げつけた。
「……っ!」
周りが突然の事にざわついた。
スズが投げたクナイは深々と更夜の右目に刺さり、真っ赤な血が飛び散る。
「ほらな、油断は手を噛まれる」
更夜は表情を変えずにクナイを目から引き抜いた。
スズは更夜を油断させ、最期に殺そうとしたらしい。更夜はそれがわかり、わざとクナイを避けずに当たった。
スズの無念を少しでも晴らしてやろうとしたのかもしれない。
特に怯むこともなく、更夜はスズに向かい、さらに告げる。
「なにか、言い残す事はあるか」
更夜はスズにも監視がついている事に気づいていた。
故に、その者に対し、伝言はあるかと尋ねたのである。
スズは目を閉じ、自嘲気味に笑うと、口を開いた。
「はい、では……できることなら、ケモノではなく、『ひと』なりたかった。私は……」
スズは目を伏せ、子供らしく鼻水を垂らし、泣きじゃくりながら、続ける。
「私は落ちこぼれの女忍でした。お父様、ごめんなさい。ちゃんと死にます。だから……」
嗚咽を漏らしながらスズは最期に息を吐いた。
「許してください」
更夜は表情なく刀をスズの首に当てる。
栄次は言葉を失い、動きを止めた。
何もできなかった。
どちらも栄次が介入できないところで何かに縛られている。
栄次は動けなかった。
スズを助ける方面に心を向けることができなかった。
更夜の過去を見てしまったから。
判断が遅れ、更夜を止められなかった。
止められなかった……。
「よく頑張ったな……俺が痛くなく殺してやる」
更夜はそうスズに声をかけると、刀を振り下ろした。
「やめてくれ……もう……やめてくれ」
栄次は頭を抱え、静かに泣く。
「もう……やめてくれぇ……」
膝をつき、泣く栄次を遠くの方で少女が見ていた。
「私が死んだね。これで何回目かな。もう少ししたら、相討ちをしてもらうんだ。復讐してやるよ、更夜。栄次だって殺してやるからね、相討ちでふたりとも死ね」
少女スズは黒い忍び装束を着込み、悲しそうに笑っていた。
……栄次が私をそう『想像』するから、私はそれに従うんだよ。
私は……霊だもの。
私はね、相討ちなんてもう、本当は望んでいないんだよ、栄次。
ねぇ、気づいてよ、栄次。
私を勝手に変えないでよ、
栄次……。