栄次はどこに?7
更夜は娘と同じくらいの少女を殺したくはないと思っていたはずなのだ。
「更夜……なぜ……こんな……」
栄次が戸惑っていると、再び更夜の過去が通りすぎていく。
映ったのは更夜にそっくりな銀髪の、年のいった男。
どこかの屋敷内で、その男の前で更夜が平伏していた。
「更夜、まず隣国に入り、城主を暗殺してこい。我が殿が国盗りを始めたのだ。天下統一に向けて、戦は終わりを迎え始める。我が望月家は影の者、殿に従え」
「……はい」
更夜はなぜか男に怯えながら、小さく返事をしていた。
更夜に似合わない光景だ。
更夜は男に従順だった。
見える過去、すべてこの男に従っている。意見をしない。
この銀髪の男はおそらく、更夜の父である。
目まぐるしく栄次の瞳に過去が流れていく。
幼い更夜が父だと思われる男から暴行される所が映り、泣いている幼い更夜が恐怖心に震えながら、父親に逆らえなくなっていく所が流れていく。
これは忍術、『恐車の術』。
人を恐怖で縛る忍の技のひとつである。幼いうちから何重にもこの術がかけられた更夜は、父親と会話することすらもできなくなっていた。体が勝手に震えだし、動けなくなるのだ。
金縛りに似ている。
……更夜……。
お前も時代の犠牲者なのか。
栄次はせつなげに過去を見ていく。栄次の頭の情報処理能力が勝手に動き、データを入れていくため、長い記憶でも長く見ているわけではなく、頭に直接焼き付けられていくので、おそらく一瞬の内に栄次はすべてを理解している。
更夜が父に逆らえなくなってから数年、酷い記憶ばかり流れた。
父の操り人形として、言われた事を淡々とやる更夜。
ある時、更夜は望月家にいた奴隷、『下女』を任務に連れ出した。最初は家庭を持っていた方が怪しまれないと思ったためだったようだが、更夜は彼女を本当に愛してしまった。
それは長期の任務……城主を殺す任務中だった。屋敷に潜入しながら近くの村で生活をしていたようだ。
そして女の子が産まれる。
屋敷で城主を殺す機会をうかがいつつ、別の場所で妻と三人で暮らす幸せそうな更夜。
「このまま、任務を放棄し、ここで暮らしたい」
更夜は女の子を抱っこしながら、そんなことをつぶやいていた。
栄次は眉を寄せた。
この記憶に出てくる屋敷は……。
ここか。
襲いかかる忍を瞬時に始末し、逆らえない父に城主暗殺の進行状況を報告する更夜。
男も女も邪魔なものは排除し、城主暗殺の踏み台にしていく更夜。
合戦が始まった時に、父に呼び出され、兵士として合戦に出るふりをして妻と娘を連れ、一度父の元へ帰らされた更夜。
自分と結ばれた『下女』とその『娘』を望月家にしてほしいと更夜は父に懇願する。
しかし、父は認めず、更夜を再び『恐車の術』にかけるのだった。
下女との間で子をなすという、勝手なことをした更夜に制裁を加えるため、更夜の父はその下女をむごく殺した。更夜は精神的な術により、目に見えない鎖に体を縛られ、体が動かないまま妻を殺されてしまった。
そして娘を人質に取られたのである。
もう二度と逆らえないように。
更夜の怒りに満ちた顔、震える拳が冷酷な男に向けられる。
しかし、憎んでいても逆らえない。
殺したくても殺せない。
更夜は初めて唇を噛みしめ、泣いた。
人の心を持ち合わせていないらしい更夜の父は、笑いながら更夜を見据え、最後にこう言ったのである。
「この娘は下女の娘、なら俺の『下女』だな」
と。