栄次はどこに?6
スズの気持ちが落ち着いてから、栄次はスズを離す。
スズは床に座り込むと、クナイを握りしめ、静かに泣いていた。
「何にもできない……私は……何にもできない。負けてたまるか……。望月更夜ァ!」
「スズ!」
スズは懐に忍ばせていた『手裏剣』を取り出してから、栄次をクナイで切りつけると、更夜を追いかけ、更夜の後頭部目がけて『手裏剣』を放った。
更夜は頭をわずかにずらし、手裏剣を避けたが、飛んでいった手裏剣は運悪く、廊下を歩いていた別の男の腕をかすった。
男はスズを見て、目を見開き、口を開く。
「……っ! 忍だ。屋敷に忍がいるぞ。こないだここに来た、挙動不審な小娘か。これは手裏剣だな」
「ああ、この娘、殿が言う『敵国の忍』のようだ。俺はこいつをずっと監視していたのだよ。ついに本性をあらわしたな」
更夜は男に話を合わせ、冷たく言う。
男は顔つきを厳しくすると、更夜に言い放った。
「おい、コイツは忍だぞ! 捕まえろっ! 俺は他の者を集める。忍が見つかった! 更夜、捕まえておけ」
「ああ、承知した。こちらで捕縛しよう」
男は更夜に命令し、更夜は淡々と答え、動き出す。
男が周りの者に伝え始めたことにより、突然に屋敷が騒がしくなった。
「え……」
スズはあまりの騒ぎに戸惑い、動きが鈍くなり、簡単に更夜に捕まってしまった。
更夜はスズの腕を捻り上げ、悲鳴を上げさせ、スズの存在を強調、周りの人間を振り向かせる。
「あぐっ! 痛い! 痛い!」
スズは腕を折られる勢いで捻り上げられ、悲鳴を上げた。
「ぎゃああっ! 痛いぃっ!」
「ここまでバカだとは思わなかったな」
更夜はいつもの冷笑を消し、淡々と言葉を発した。
「手裏剣は忍の道具だ。お前は、忍だとバレずに俺達を暗殺するのではなかったのか。わざわざガキ扱いして気づかぬ振りをしてやったというのに」
「……っ! そうやってバカにしてるんだ! 関係ない……もう、関係ないっ! アンタをコロシテヤルっ! 殺してやるんだ……」
スズは泣き叫びながら、更夜の腕を噛む。しかし、更夜は顔色すら変えず、スズを離さない。
「大人しくしていろ、もうお前の負けだ」
そこへ、先程クナイで切りつけられ、一瞬だけ怯んでいた栄次がスズに追い付き、状況の悪化に顔を青くした。
「栄次、残念だったな。この小娘を救うことは不可能になった」
更夜は抑揚なく、凍えるような冷たい声で、栄次に向かってそう言った。
「こ、更夜……スズは……スズはな、俺の手裏剣を持ち出したのだ」
栄次がスズを庇おうと更夜に必死に声をかけるが、更夜は栄次の話を聞かず、バカにしたように笑った。
「それは痛い発言だな、栄次。残念ながら、お前を忍だと考える奴はおらん。殿が俺達を殺したくて『忍』を寄越してくる理由は、俺達が強すぎて殿が不気味に思ったからだ。もうすぐ戦が終わる。戦が終わった時、俺達が裏切れば脅威になる。殿と信頼関係を結んだように見えた俺達ですら、始末しようとするのだ。この城の殿は小物だ。屋敷に入り込んだ『敵国の忍』とは、外部からこの屋敷に入った唯一の兵士、俺と栄次のことを疑った言い方だ。殿は忍がいるかどうかもわかっておらん。故、お前が忍だと今言った所で意味はない」
更夜は栄次を一瞬だけ悲しげに見ると、スズの右腕を容赦なく、突然に折った。
「いぎゃァ! 痛いぃ! 痛いぃっ!」
悲鳴が響き、スズは子供相応に激しく泣き出す。
「利き腕は潰しておかんと、何をしてくるかわからんからな。後は足だな。逃げられると困る」
「イヤッ……助け……っ! やめてぇっ!」
スズの叫び声が屋敷に響き渡る。
「や、やめろ! 更夜! お願いだ……もうやめてくれ! なぜ、そんな残酷なことをする! スズを逃がしてやればよかろう……。その娘は殿からの刺客の忍だ。敵国の忍ではないではないか!」
栄次はさらに言葉をかけるが、更夜は激しく泣くスズを引っ張り歩きだした。
「まあ、足は良いか。どうせ、逃げられん」
「更夜! 聞いているのか! 更夜っ!」
人が集まり、スズは見せ物のように庭に連れ出され、更夜に赤い着物を無理やり脱がされて、下に着ていた白い着物一枚にされる。
兵達の前で彼女が持っていた忍道具が晒され、心ない男達はスズを見て心底おかしそうに笑っていた。
「こんな小娘が『敵国の忍』? 驚いたな、殿に逆に失礼だ」
そんな言葉を投げかけられ、スズは怒りで顔を赤くした。
「で、どうする? 殺すのなら、俺にやらせろ。アマっこを殺してみたかったのだ」
「俺なら拷問して泣かせてから、殺すぞ」
戦により考え方がおかしくなった残虐な男達が、スズに性的な目線を送る。
「いや、俺がやる。凄腕の忍ならば、手柄になるだろうが、そちらがこの娘を殺しても手柄にはならんぞ。こいつは弱すぎる。いらん役目は俺が引き受けよう。お前達は処刑を見ていれば良い」
更夜は嫌な役目を引き受けたと思われるよう、言葉を選び、周りに言った。
「やめろ! この娘は俺と更夜を殺しに来た、お前達の『味方の忍』だぞ!」
栄次は周りにそう訴えかけ、叫ぶ。しかし、栄次の言葉は誰にも刺さらなかった。
人を殺す事になんの躊躇いもない戦国の人間達は、見せしめの処刑も楽しみの一つとなる。
そして、忍である更夜は忍特有の話術を持っており、周りの人間をある程度話術によって操れるのだ。
栄次はわからなかった。
スズを殺さないように動いていたはずの更夜がなぜ、『忍』だとわかったとたんに、攻撃的になったのか。
なぜ、スズを殺そうとしているのか。