栄次はどこに?4
スズは栄次から離れると、安堵の表情を浮かべる。
……良かった。離れられた。
なんであんなに、私に構ってくるんだろう……。
まあ、だけど、もういいの。
もう、刀なんていらない。
私は子供だ。
子供らしく……
「殺せばいいんだ」
スズは廊下を歩き、ある男の部屋へと向かう。その男はこの屋敷に潜入してから最初に見つけた異質な雰囲気の男だった。
銀髪で青い着流しを着ている若い男。
スズは直感で彼が忍であると気づいた。おそらく、スズに気づいているが、何もしてこない。
「蒼眼の鷹」は背後から突然に現れ、人を殺していくという。姿をしっかりと見た者はいないのだが、忍の間では噂になっている男である。
実は男かどうかもはっきりわかっていない。上の忍は関節を外し、女に化けることができる。
つまり、謎である。
「凄腕なのは間違いない。忍は忍だと知られてはいけない。有名になってはいけないんだから」
スズは思考を巡らせる。
「蒼眼の鷹」が忍ならば、城主が怯えているのもわかる。城主は城に忍がいることを恐れ、凄腕の兵達を遠くの屋敷に住まわせているのである。
望月……更夜が「蒼眼の鷹」、栄次がそう言っていた。
おそらく、あの銀髪の男が望月更夜だ。
接触しなくてもわかる。
「私に向ける時の視線だけ、あの男は異質だ」
スズは息を深く吐くと、更夜の部屋前に立った。
来ることを予想していたかのように、すぐに障子扉が開き、栄次とは真逆の雰囲気を持つ、冷酷そうな男が顔を出した。
「なんだ? ガキのくせに盛んだな。そんなに男が好きか」
初動で陽気な雰囲気を出されたスズは反応に困り、止まってしまった。
「栄次が殺せないから、俺の部屋に来たか? そんなとこかな、クソガキ」
更夜はスズに冷笑を向ける。
スズは更夜の雰囲気に怯え、体が勝手に震え始めた。
「なんだ? 何をしにきた? 俺は何もせんぞ。……俺がお前を痛め付けたら、『栄次が黙っていないからな、俺は栄次と戦わなくてはいけなくなる』だろ?」
更夜の発言にスズの顔は真っ青になった。スズは更夜に痛め付けられ、栄次に泣きつき、怒った栄次と相討ちにさせる方法を考えていたのである。
更夜に見透かされ、スズの頭は真っ白になった。
「図星だな。心配するな、まだお前を『忍』だと俺は認識していない。俺がお前を『忍』だと判断した時、俺がお前を殺す。殿は『敵国の忍』が城内にいるとおっしゃっている。お前がそうなのかな?」
スズは反撃しようと口を開きかけたが、慌てて閉じた。
スズは殿からの命令を受けた父から、忍を疑われている栄次と更夜を殺せと言われている。
ここで、自分が『敵国の忍』ではない、殿から言われて来た『忍』だと発言してしまったら、先程の更夜の発言により、殺されてしまう。更夜の邪魔をする『忍』として。
「賢いガキだな。ちなみに勘違いをしているようだが、俺は忍ではない。俺はこの屋敷に入ってきた忍を殿のために殺すのだ。くくく……」
更夜は発言をかき回し、愉快に笑った。
スズにはわかった。
やはり、更夜が城主が恐れる『敵国の忍』なのだと。
ただ、城主は更夜の本性を知らないようだ。むしろ、発言を聞く限りだと、更夜は城主の脅威を取り除き、信頼関係を結んでいるようにも思える。
更夜は賢い男だ。
おそらく、城主も彼が『蒼眼の鷹』だと断定できていない。
怪しいとは思っているはずだが。
とりあえず、腕が立つから怖い、殺せという事なのか。
この国に『敵国の忍』として潜入しているということは、任務があるのだ。
「……まさか」
スズはうっかり更夜の前で口から言葉をこぼしてしまった。
「なんだ?」
更夜は冷たく笑いながら、スズを見る。
「え……あ、いえ……な、なんでもありません」
「そうか、何かに気づいたようだが、想像に任せる」
「……な、なんの事でしょうか……」
スズは更夜と目を合わさずに、はぐらかそうとした。
「ほう、知らないふりをするのか」
更夜は愉快そうに笑うと、タカのような鋭い眼でスズを射貫いた。
「ひっ……」
「で? 結局、お前は何をしにきた? 俺に抱かれに来たのか? 栄次に嘘までついて。くくっ」
更夜は冷笑を浮かべつつ、スズを追い詰めていく。
「ち、ちがっ……」
更夜は、『栄次との会話を聞いていた』とスズに遠回しに教える。
気がついたスズはさらに顔から血の気がなくなった。
「違うとはどういう事かな? お前はずいぶんと嘘つきなようだ。嘘つきは悪い子だ。悪い子は……どうなると思う?」
更夜は楽しそうにスズを見た。
はたから見ると、更夜がスズをからかっている平和な雰囲気に見えてしまうのが、更夜の恐ろしさだと、スズは思い知る。
「え、栄次様が……呼んでいるので……この辺で」
スズは更夜に恐怖心を抱き、なんとか逃げようとし始めた。
「心配するな、捕まえて拷問しようって話じゃあない。栄次はお前を呼んでいない。部屋で待っているぞ、バカみたいにな。で? 嘘に嘘を重ねるのか。次はどんな嘘をつく?」
「……嘘じゃ……ないです」
追い詰められたスズは一番稚拙な嘘をついてしまう。
「では、栄次に確認しにいこうか。お前が嘘つきか、そうじゃないかを。お前が嘘に嘘を重ねる悪い子ならば、栄次の目の前で尻百叩きのお仕置きをしてやろう。真っ赤になったサルみたいなケツを、栄次にみてもらうといい。……くくっ」
「……やめてください……やめて! お願いします……」
スズは更夜に手を引かれ、無理やり歩かされる。
「そんなに叫ぶと、悪い事をしようとしていたことが皆にバレるぞ。栄次の部屋に行くだけだろう。何を騒いでいるのだ? 嘘ばかりつくから、こういうことになる」
「……」
スズは顔を赤くし、唇を噛みしめ、黙り込んだ。
スズが何かイタズラをし、更夜に叱られている……そんな風にも見え、周りの目線を集めていることにスズは気がつく。
この屋敷に住まわされている兵達は興味深そうにすれ違うが、更夜の柔らかい雰囲気を見て、苦笑を浮かべながら通りすぎていた。
少し廊下を歩き、更夜はちょうど部屋から出てきた栄次を見つけ、声をかけた。
「栄次、悪ガキが俺の部屋に来たぞ。何をしに来たのかわからんが、邪魔だったんで、連れてきた。それで……どうやらかなりの嘘つきのようなのだ。栄次、このガキを呼んでいたか?」
更夜の言葉を聞きながら、スズは目を伏せ、頬を赤く染めながら唇を噛みしめ続ける。
スズはそもそも、栄次に嘘をついているのだ。栄次の黙っている間が地獄のようであり、生きている心地がしなかった。
本神の栄次はただ、スズの過去を見ていただけなのだが。
スズや更夜は知るはずもないが、栄次はスズを見た段階で、更夜とのやり取りまで見えてしまった。
「……ああ、先程から名前を呼んでいたぞ。スズ、良く聞こえたな、俺の声が」
栄次の返答にスズが目を見開き、顔を上げる。
「くくっ……機転がきくな、栄次。俺はこのガキを、仲良くしているらしいお前に返しに来ただけだ。ガキは邪魔だったんでな」
更夜は心底おかしそうに笑いつつ、手を振り、去っていった。
スズは蒼白のまま、目に涙を浮かべ、震えながら栄次を見上げる。
「……わかったか?」
栄次にそれだけ言われたスズは小さく頷いた。
「スズ、俺の忠告を聞かなかったな。あの男には関わるなと言ったはずだ」
「ごめんなさい」
スズはとても素直にあやまった。更夜に強い恐怖心を持ったらしい。
「とりあえず、部屋に入りなさい。握り飯がある」
「……」
スズはうつむきながら、栄次に背中を押され、部屋へと帰っていった。