リカの世界書5
「別世界って? まあ、彼女は何も知らないみたいよ」
アヤの一言で、なんとなくその場の空気が柔らかくなった。
「別世界から来たらしいとは、どういうことだ?」
目付きの鋭いサムライ、栄次が、なるべくやわらかに尋ねる。
リカは小さくなりながら「わからない……」とつぶやいた。
「わからないって、どういうことだよ?」
赤毛のお兄ちゃん、プラズマは焦っている風でもなく、どこか楽しそうに聞いてきた。
「だから、わだつみっていう……メグって名前の女の子から、そう言われたんだってば。私は、真夜中の公園の水たまりで、『マナさん』に押されただけ! それで……」
「海神のメグは知っているけれど、そこから先は、まるで何を言っているかわからないわね……」
アヤは必死のリカに、戸惑いの表情を浮かべた。
「ところで、アンタは神なのか?」
プラズマがリカの顔を覗く。
「神? 人間だと思うんだけど……」
プラズマに覗かれて、少し赤くなったリカは小さい声で答えた。
だんだんと、自分の常識が崩れていく。少なくともいままでは、いたとしても、神様は目に映らなかったはずだ。
……なのに……。
「これは、高天原案件かもしれん」
栄次は困惑しているリカを見据え、他の時神達にそう言った。
「……とりあえず……『サキ』かしら?」
「ああ、アヤ、頼む」
アヤがそうつぶやき、栄次が頷く。リカにはわからないところで、話が勝手に進んでいた。
……サキって人の名前……?
……それとも、サキっていうなにか?
……てか、私、どうなるの?
まさか、拷問とか、処罰とか?
サキっていう、拷問器具の名前かも!
「あわわわ……」
「ちょ、ねぇ! 栄次、アヤ! この子、めっちゃ震えてんだけど!」
プラズマが苦笑いでリカの背中をさする。
「リカ、大丈夫よ。原因を調べるだけだからね」
アヤの言葉に、リカはさらに怯えた。
「拷問とか!? ムリムリ! ほんと、知らないんだって! マジだって!」
リカ、絶体絶命の危機。
「はあ? 拷問? そんな非人道的なことやるわけないじゃないの」
「女を拷問する趣味はない」
「なっははは!」
アヤ、栄次、プラズマの順で、それぞれ言葉が飛んできた。プラズマは笑っているだけだが。
「じゃあ、私をどうするの?」
「調べてもらうのよ。あなたの中にあるデータを」
「やだ! どうやるわけ? なんかこう……わきわきわきーみたいな……?」
リカは両手の指を動かし、怪獣のような動作をした。
「この子、大丈夫かしら……」
アヤはあきれるが、リカにとっては重大なことだった。
※※
四人はアヤの家には行かず、サキという名前の誰かに電話をかけはじめた。
電話はリカがいた世界と変わらず、スマートフォンだ。
だが、見たことのないアプリで画面がいっぱいだった。
スマートフォンはアヤのものらしい。テレビ電話を起動し、サキという人物に繋いでいる。
「サキ、今から大丈夫かしら?」
「はいはーい、どうしたんだい? アヤ。遊びの予定かい? 花見とピクニックするなら、今からいくよ!」
スマートフォンから愛嬌のある声が響いた。なんだか、愉快そうな人だ。
リカが恐る恐る画面を覗くと、ウェーブかかった黒髪を揺らしながら、猫のような目をした赤い着物の女が、楽しそうに手を振っていた。
「え……このひとが……サキさん?」
「リカ、サキは私達と同じ年よ。神としては手の届かないところにいるけれどね」
「やっぱり神様なんだ……」
アヤの紹介を聞いて、リカは顔を再び青くした。
……神様ってこんなにポコポコ会えるの?
リカは疑問を心に入れつつ、アヤ達の会話に耳を傾けた。
「サキ、この状況を見てわかるかしら……」
アヤがスマートフォンを回して栄次達をうつし、最後にリカを映した。
「なんかまずいことが起きたってのはわかるね。別世界の……過去やら未来やらの時神が揃っちゃってるじゃないかい」
サキのあきれた声に、アヤがため息で返す。
「そう。で、なんだかわからない子がひとり……」
アヤはスマートフォンでリカを映した。リカは疑惑を解くべく、笑顔で、サキに手を振っておく。
「ふーん……なんか、変なデータ持ってそうじゃないかい。データの解析はあたしじゃなくてさ、歴史神ナオがいいんじゃないかい? 霊史直神って名前の! 神々の歴史の管理をしているあの子さ!」
「あー、確かに。じゃあ、そうするわ。サキ、高天原にこの件、持っていってくれないかしら?」
「おっけー! ああ、えーと君は…… 名前は?」
ふと、サキに声をかけられたリカは、慌てて口を開いた。
「あ! えー……リカです!」
「リカね。覚えておくよ。ちなみにあたしは、輝照姫大神、サキだよ。アマテラス大神の力を受け継いだんだ。アマテラス大神は、あたしに力を与えた後にいなくなっちゃったんだけどねぇ。概念になっちゃったから『存在』が消えちゃったらしいよ。今は誰も知らないのさ」
「え……」
サキの楽観的な言葉に、リカは濁点がつくような声を上げた。
「と、いうことで、よろ!」
「ちょ、ちょ! アマテラス大神って、うちの近くに神社があったけど!? あの神社、からっぽってこと?」
「……!」
リカの言葉にサキの顔色が曇った。
「それ、どういうことだい?」
「ど、どうもこうも……、あちこちにアマテラス大神、ツクヨミ神、スサノオ尊の神社があるじゃん。最近は係累を祭る神社も……マナさんの……小説の影響で……」
リカの声はだんだん小さくなっていった。サキを含む全員が、リカを訝しげにみていたからだ。
「なんで皆、マナさんを知らないの? 『TOKIの世界書』の作者だよ!? マナさんの小説がヒットして、自然信仰とか、先祖信仰とか、古い時代の神様達が再び注目されてて……テレビとか雑誌とかにも載って……なんで? なんで知らないの? ついこないだまで、想像物なんてどこにも存在しなかったんだよ! それを、マナさんが……」
「……リカ、落ち着いて……。想像物がない? 神は何万年も前からいたわよ……。ついこないだも私達はいたわよ」
アヤはリカの背をさすりながら、困惑した表情を浮かべていた。
「そ、そんなの……絶対……」
リカは震えながら、スマートフォンの画面に映る、サキを見据えた。
「ま、まあ、とりあえず『ナオ』に……」
サキが言いかけた刹那、リカは唐突に意識を失った。暗い闇の中、電子数字が回る。
その暗闇は、シャットダウンしたスマートフォンの画面に似ていた。
……今度は……なん……なの……?
※※
「おい、マナ、これからどうすんだよ?」
「まあ、待って、スサノオ様。これで十回目。まだ、様子を見るよ」
声は風に流れて消えた。
白金 栄次