月夜は過去を映す4
プラズマに食器を洗わせ、落ち着かない午前中をアヤとリカは過ごした。
お昼近くになり、何を食べるかリカと話していたところで、インターフォンが鳴る。
「誰かしら? 栄次?」
「栄次さんなら、インターフォン鳴らすかな?」
二人は唸りつつ、玄関へと向かった。玄関先には、すでにプラズマがいた。
「はーい」
プラズマはてきとうに返事をしながら、扉を開ける。扉を開けた先で銀髪をカールにしている少女、サヨがそわそわしながら立っていた。
「サヨか」
「あら? サヨ、どうしたの?」
プラズマがつぶやき、アヤが尋ねる。
「いやあ~どーもー、先祖があたしの世界にいなくてぇ、探してほしいなあ、なーんて」
「あー、やっぱり、更夜か」
プラズマの言葉にサヨが目を細めた。
「なに? なんか知ってるわけ? 知ってるなァ? 洗いざらい吐くのじゃ!」
サヨは楽観的な雰囲気でプラズマに親指をたてる。
「ああー、待て待て、俺もよくわからないんだ。だから、様子を見ている」
「あのねぇ、『更夜さまさま』は、一応弐の世界の時神なわけよ、いなくなったらまずいっしょ!」
サヨは腕を組むと、プラズマを睨み付けた。彼女の顔はあまり、深刻に見えない。
「よく考えたら、弐の世界の時間を守る時神と、こちらの過去を守る過去神、栄次さんが相討ちしてしまったら、どうなるんでしょうか……」
リカが恐る恐る小さくつぶやいた。それを聞いたアヤは顔を青くし、プラズマは頭をかいた。
「わかったよ……。調べよう」
見守る予定だったプラズマがそうつぶやき、アヤとリカは顔をゆるめる。
「じゃあ、よろー! あたし、これから学校だから! バイバ~イ」
心配なのか、心配してないのか、どちらだかわからないサヨは、にこやかに手を振り、去っていった。
「あの子は軽いなぁ……」
プラズマがあきれつつ、サヨの背中を眺めながら、ゆっくり扉を閉める。
「ちょっと待って。調べに行くのよね?」
プラズマが扉を閉めたので、アヤは鋭く言った。
「どこに? 栄次、どこにいったかわからないし」
「プラズマさん、何かわかるんじゃないんですか?」
プラズマの抜けた返事を聞き、リカも驚いて声を上げる。
「いやあ、わからねーよ」
「プラズマ、栄次は更夜って男の過去を見続けていたって言っていたわよね」
アヤは考えながらプラズマを仰いだ。
「あ、ああ。言ったな。俺は憶測で話したんだが」
プラズマが慌てて答え、アヤが頷く。
「それで、更夜も消えている。つまり、栄次は更夜を巻き込んだ大きな過去戻りをし、過去の世界(参)に行ったんじゃないかしら」
「あー? そりゃ無理だろ。あいつは過去を見る能力しかない。過去に戻る能力はないぞ。まあ、決闘だったら、栄次がサヨに頼んで弐の世界に連れてってもらえばいいだろ? 霊なら弐にいるんだし」
プラズマが苦笑いを浮かべた時、アヤがさらに言葉を発した。
「栄次は更夜に会っていないわ。サヨの中にいるって知らなかったんじゃないかしら? つまり……栄次は弐に行ったってこと?」
「俺は過去を見れないからわからないが、弐自体からいなくなったんじゃないのか? その、更夜ってやつ」
プラズマがつぶやき、アヤが眉を寄せる。
「……プラズマ、今、何か見えたんじゃないの?」
アヤに問われ、プラズマは苦笑いを浮かべた。
「アヤ、あんた鋭いな、ほんと……。ああ、未来が見えた。更夜と栄次は……過去に戻ったらしい。もう俺はやつらの未来を見ることは不可能だ」
「過去に……。プラズマ、過去に戻れる力はないんじゃなかったの?」
アヤが困惑した顔を向け、プラズマも頭をかく。
「そのはずなんだが……」
「栄次さん……って、今、まずいことになってます?」
よくわかってないリカは首を傾げながらアヤとプラズマを交互に見ていた。プラズマとアヤは黙り込んだまま、深刻そうに一点を見据えている。
リカは怯えながら口をつぐんだ。
「アヤ、あんたは賢い。俺と同じこと、考えてるよな?」
「……ええ。たぶんね」
ふたりは同時に頭を抱える。
「あ、あの……?」
リカはなんだかわからず、ふたりに尋ねた。アヤはリカに目を合わせ、説明をする。
「あのね、リカ。栄次は過去戻りをしたの。栄次に過去戻りの力はない、ならば、どうするか。高天原南に龍神が住む竜宮城があるの。そこはね……」
アヤは一呼吸してプラズマを見た。
「ああ、表はレジャー施設。裏は過去を映し出す建物。そして……参(過去の世界)を出現させることができる。過去に戻るのは幻想だ。高天原は幻想世界。過去を映し出す建物と幻想世界により、過去戻りができる。ただ……禁忌なんだよ」
プラズマから『禁忌』の言葉が出て、リカも重大さに気がついた。
「禁忌……栄次さん、どうなるんですか?」
「……あそこのオーナーがどういう判断をするかで決まる」
プラズマが曖昧に濁したので、リカは逆に心配になった。
その時、アヤが小さくつぶやく。
「プラズマが止めていれば良かったのよ……」
アヤの言葉にプラズマの眉が跳ね、いらついたように口を開いた。
「アヤ、あんたも昨日なんか気づいていただろ。あんたが止めりゃあ良かったじゃねぇか。人のせいにすんじゃねぇよ」
プラズマはアヤを睨み付けると、言い返す。アヤもプラズマを睨み付けると、拳を握りしめて答えた。
「私はなんとなくの雰囲気の違いしかわからなかったのよ。あなたみたいに未来が見えるわけではないし」
アヤはプラズマの雰囲気に怯え、涙目になるも、プラズマを睨んだままだ。プラズマはアヤが怯えていることに気がつき、雰囲気を元に戻した。
「ごめん。男に上から睨まれたら怖いよな。あんたは優しいやつだ。だから、アヤもそんなに睨まないでくれ。確かに、俺はあいつを止められなかった。思い詰めた顔、してたから」
「……そう。ごめんなさい。私もあなたのせいにして」
アヤは目を伏せ、涙をハンカチで拭う。
「プラズマさん……」
雰囲気にリカまで怯え、アヤに寄り添っていた。
「ごめんな……。泣かないでくれ。俺が悪かったよ」
プラズマはアヤの頭を撫で、目を伏せる。
……俺がぶれたら、ダメだな。
アヤは鋭いが、怖がり。
リカは産まれて一年目。
まだなんにもわかっていない。
なんだかんだいって頼りになる栄次は失踪。
「俺があんた達を守るから」
「プラズマ……」
アヤとリカは不安そうにプラズマを見上げていた。