リカの世界書4
アヤに恐る恐るついていきながら、別世界だというここの様子を窺う。原っぱが広がる公園を抜けて、今は普通の河川敷を歩いていた。
「……変わらないよね……。おんなじ雰囲気だよね……。私だけが変になっちゃったのかな……。例えば、ここは別世界じゃなくて、私が変になっててここを別世界とか言ってて、それで……」
「何ひとりでぶつくさ言ってるの? あなた、うまれたての小鹿みたいにプルプルしてるわよ……。大丈夫?」
アヤに声をかけられて、リカは慌てて口を塞いだ。
「とりあえず、私の家に来てもらってもいいかしら?」
「え……あ、うん! はい」
リカの返答に再び眉を寄せたアヤは、リカを落ち着かせようと空を指差す。
「ほら、見て。この道は桜の名所なの」
「……」
リカはアヤにつられて上を見上げる。気づく精神状態ではなかったため、気がつかなかったが、この河川敷は桜で埋め尽くされていた。川にかかるように垂れる桜が青空に映えて美しい。
「どう? きれいでしょう? 私はいつもここを散歩コースにしているの」
「……すごくきれいだね。全然気づいてなかった……」
リカは半分泣きそうな目で桜を見上げた。
間違いなく、こんな状態でなければ楽しんでいたはずだ。
「ほんと、大丈夫? もう少しでうちだから、少し休んで……」
アヤが言葉を切り、一瞬だけ宙を睨んだ。
「……ど、どうしたの?」
リカはさらに震えながら尋ねる。
「……時間が……いじられてる……」
「へ?」
アヤの言葉の意味がほぼわからないリカは、困惑しすぎて変な声を漏らした。
「まずいわ……」
アヤは懐中時計を出すと、時計の針を睨み付け、唸る。
「まずいってなにが……わっ!!」
アヤはリカの手をひくと、突然走り出した。周りの雰囲気で変わっているところはない。しかし、アヤだけは緊迫した顔でリカを引っ張り走る。
「ね、ねぇ! ちょっと……」
リカが叫ぶがアヤは構わず走る。河川敷を抜けて、商店街に入った刹那、リカの頭に先程、アヤが発した言葉が反響し始めた。
アヤが話していない言葉も響き始める。
「な、なんなの!?」
……あなた、誰?
……大丈夫? 私はアヤ。
……私はアヤよ。時神だってよく気がついたわね。
……リカ、一緒に行こう!
……あなたはどこから来たの?
……どなたかしら? 私のことを知っているみたいだけれど。
……そうよ。私は時神アヤ。なんで、知っているのかしら?
「な、何これ! 頭が割れる……」
「リカ?」
リカの様子に気がついたアヤは慌てて立ち止まる。
「大丈夫? どうしたの?」
アヤは不安げな表情のまま、リカの背中をさすった。
「わからない……頭にいっぱいアヤちゃんの声が……」
「……どういうこと? ってわからないのよね」
しばらく、リカはその場で踞っていた。商店街の通行人達が心配そうに立ち止まって声をかけ、去っていく。
「はあはあ……。おさまった……」
リカは頭を抑えてゆっくりと立ち上がった。
「……時間の歪みにあなたが関与しているの?」
「……わかんないよ……」
「困ったわね。急いで確認したいことがあったのよ」
「……確認したいこと?」
リカが震える声で尋ねると、アヤは深く頷いた。
「時神は三人いる。私も含めて。私は現代の時間を管理している神、現代神。その他に過去を守る過去神、未来を守る未来神がいる。過去、未来は一直線じゃなくて三直線なの」
アヤはそこで一度、深呼吸をする。リカにそのことを話すか迷っていたようだが、話すことにしたらしい。
「つまり、令和の時代が三つあるの。令和が過去になってしまった世界、令和がこれから来る未来の世界……そしてここ、今が令和の時代の三つ」
「……何て言えばいいのかな……。すごいね……。もう、それしか言えない。ま、まあいいや……で、確認したいことって?」
リカは頭痛を抑えながら、かろうじて答えた。内容はほぼ頭に入っていない。
「確認したいことは、時間の歪みで、その別世界にいる時神過去神と未来神が、この今いる世界に来てしまっているかということ」
「……内容だけ聞くと、『過去の世界』と『未来の世界』にいる『時神』が、『現代の世界』に来てしまう……みたいな感じ?」
「その通りよ。ありがちでしょ?」
アヤの返答に、リカはため息と共に頭を抱えた。
「確かにお話にはありがちだけど……」
「……やっぱりいたわ!」
リカの言葉を遮るように、アヤが声を上げた。アヤの目線の先に、変な格好をしている男が二人、困惑した表情で辺りを見回していた。
「サムライみたいな人と、赤髪のにぃちゃんみたいな感じな人が……」
リカが戸惑っていると、サムライ雰囲気の男と赤い髪の男がこちらに気がつき、近づいてきた。
サムライは茶色の総髪をなびかせ、鋭い眼光で、赤い髪の男は肩先まである髪を揺らしつつ、上下黒のスエットで、それぞれこちらに向かってきていた。
「アヤだ! やっぱり現代かあ……ここ。アヤ! 俺だ! 俺!」
赤い髪の男が苦笑いをしながら、アヤに挨拶をする。
「プラズマと栄次が来たのなら、時間がおかしくなっているのね……。現代の時間軸と別の時間軸だもの、来ることはできないはず」
「アヤ、この人達、誰?」
リカは危害を加えられないか怯えながら、アヤに尋ねた。わけがわからない世界にさらにわけのわからないことが上乗せされ、リカの頭は現在大混乱中である。
「ああ、えー、さっきの時神の話を思い出して。時神は私を含めて三人いるの。サムライの方は時神過去神、名前は白金栄次。赤い髪の、ちょっとヤンチャに見える彼は時神未来神で湯瀬プラズマって名前よ」
「は、はあ……とりあえず、時の神様……と」
リカは恐る恐る二人を仰ぐと、小さく「私はリカです」と、とりあえずの自己紹介をしておいた。
「リカと呼んでよいか? 俺は今も紹介されたが、栄次という」
サムライの方、栄次がリカに挨拶を返した。目つきが鋭いので、リカは萎縮しながら頷く。
「栄次、顔が怖いんじゃないか? もっとこう……」
赤い髪の男はリカににんまり笑うと、格好つけながら挨拶をしてきた。
「湯瀬プラズマだ。よろしく!」
赤い髪の男、プラズマは商店の壁に寄りかかると腕を組んで、ふふんと笑った。
「……それは挨拶として失礼な雰囲気だな。一体なにかぶれだ?」
栄次はあきれた声を上げてから、再びアヤに目線を戻した。
「アヤ、時が……」
「ええ。わかってる。私は先程までとても焦っていたのよ……」
「これからどうする? そこの娘……えー、リカはこの件に関係するのか?」
栄次に問われ、リカは首を全力で横に振った。なんだかいけない空気だったため、関係ないと訴えておいた。
しかし、アヤがリカの努力をなかったことにする発言をする。
「……彼女はかなり怪しいわ。先程からなんか、おかしいのよ」
「ま、待って!! 私、なんも知らないよ! 私は別世界から来たみたいだけど、時間をいじるなんてできないから! 絶対できないから!」
苦し紛れに言ったリカの言葉に、時神三柱は同時に眉を寄せた。
「別世界?」
「え? えー、あの……」
時神達の視線がかなり厳しいものになり、リカは苦笑いをするしかなかった。