月夜は過去を映す1
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
芽吹く春が終わり、蒸し暑い夏も終わりかけ。夜はセミではなく、秋の虫が鳴いている。自然と共存している静かな住宅街の中に時神達の住む、日本家屋があった。
「……きれいだな。やはり」
総髪の袴姿の青年、栄次はぼんやり枕草子の情景を思いだし、鋭い目を輝く月に向ける。
「蛍でも見に行くか。儚き蛍を。もう遅いかな」
「おーい、栄次~、なんで庭に出てんの?」
障子扉を開けて、赤髪の軽い雰囲気の青年、プラズマが顔を出す。
栄次は庭に出て、秋に近づく月をただ眺めていた。
「ああ、プラズマ、月がきれいなんでな。眺めていた」
「……夏目漱石のあれでは……ないよな? 俺、告白されたのかと思った」
プラズマははにかみつつ、部屋に促す。
「家、入れよ。アヤとリカがそうめん食ってる」
「ああ……ゆうげ(夕飯)か。ぼんやりしていた。手伝わなくてすまぬ」
栄次はプラズマにあやまり、縁側の踏み台に草履を置くと、障子を開けて中に入った。
「アヤ、色つきの赤いそうめん、食べないでよ~! トマト練り込んであるんだって! 食べたいー!」
畳の部屋に机を置いて二人の少女がそうめんをすすっていた。
「リカ、あれだけミニトマト食べていたのに、まだトマト系食べるの? あなたのそうめんつゆにもトマト、そんなに入れちゃって……」
橙色の髪に三つ編みの少女、リカの器は細かく切ったトマトが大量に盛られている。
目の前にいる茶色のショートヘアーの少女、アヤはそんなトマト好きなリカをあきれた目で見据えていた。
「栄次は庭で月、見てたぞ」
プラズマの言葉にアヤがにこやかに笑った。
「そう、月見、いいわね」
「手伝わなくてすまぬ」
「いいのよ。とりあえず、食べましょう」
「ああ」
栄次は空いている座布団に座り、手を合わせ、食べ始める。
「栄次さん、おいしそうに食べますね!」
リカが無邪気に笑い、栄次はちらりとリカを見る。
「リカ、ナスも食べなさい」
リカのお皿にまるまる残っていた焼きナスを指差し、栄次は厳しく言った。
「うっ……ごめんなさい……。ちゃんと食べます……」
リカは叱られ、やや落ち込むが、ナスをすばやく食べ始めた。
顔が渋くなっている。
ナスは苦手なようだ。
「トマトだって赤茄子って言うのよ、リカ。ナスは苦手なの?」
アヤがあきれながら尋ねた。
「ん……んん……うん。色からおいしくなさそう……。やっぱり真っ赤なトマトの方が!」
「リカ、口に入れながら話すな。行儀が悪い」
「ご、ごめんなさい……」
栄次に再び叱られ、リカは大人しく口を動かし始める。
「栄次、そんなに怒るなよ~、楽しく食事しようぜ」
プラズマは箸でそうめんをとりながら、苦笑いを浮かべた。
「怒ってはおらぬのだが……顔が怖かったか? リカ」
「こ、怖いです……」
「……いかんな……すまぬ。怒ってはおらぬのだ」
栄次はリカが怯えながら食事をしているので、顔を柔らかく保つように努力を始める。眉間をこすると、シワが寄っていた。
「栄次、あなた、少し……疲れているんじゃないかしら? ちゃんと寝ているの?」
アヤに尋ねられ、栄次は「ああ」と軽く頷く。
「寝てはいるが……」
栄次はそうめんをすすり、焼きナスを頬張る。
「……。まあ、栄次は真面目だからなあ」
プラズマは一瞬何かを考える表情を浮かべたが、すぐに皿に盛られた茹でたとうもろこしと、ミニトマトに手をつけた。
「ぷ、プラズマさん……あの……」
「んー?」
リカが控えめにプラズマに声をかける。プラズマはミニトマトをおいしそうに噛みながらリカに返事をした。
「ミニトマト……」
「え……欲しいの? もう食いすぎだぞ……。ほら、まだナスが残ってる。ミニトマト、残しておいてやるから、先にナスを食え」
「はーい……」
リカはプラズマにも叱られ、子供のように頬を膨らませると、ナスを素直に食べ始めた。