壱と伍の行方3
アヤとリカは行く場所わからず、とりあえず走った。
「アヤ……栄次さんとプラズマさん……」
アヤに手をひかれたリカは控えめにつぶやく。アヤは横目でリカを見ると立ち止まった。
「……プラズマと栄次はそう簡単に倒れる神じゃないの。でも……今回はちょっと違う。生きている中で時間がおかしくなることはよくあって、その度に顔を付き合わせていたけれど」
アヤは一瞬目を伏せてから、リカを仰ぐ。
「こんなに怖い雰囲気の栄次とプラズマ……初めてなの。きっと、私が怖がらないようにいつもおだやかな神力にしていてくれていたんだわ。彼らはね、優しいのよ」
アヤは息を吐くと、リカの手を再び握り、歩きだした。
「アヤ……ごめんね。私が巻き込んだんだ」
「あなたのせいじゃないわ。私も、あの二人も、あなたが好きになったのよ。だから、守りたかった」
アヤが初めて涙を見せる。
「アヤ……泣かないで……」
「でも……怖かったのよ。ずっと。私は臆病で、ひとりでなんて戦えない。いつも栄次とプラズマがいて、私を守ってくれた。でも……今は私がリカを守らないといけない」
アヤの足は震えており、ワイズと対峙するのを怖がっているように見えた。
「アヤ、ありがとう。私、ひとりで頑張るから、無理しないで。怖いのはわかるんだ。私はこの一年間、ずっと死んだり、殺されたりした。タケミカヅチに出会った時、戦うつもりだったのに、怖くて何にもできなかった。栄次さんが逃がしてくれなきゃ、動けなかったかもしれない」
リカは呼吸を整え、前を向く。
「リカ、弱音を吐いてごめんなさい。あなたは強いわよ。私もあなたを助けたい。いざというときは、私が盾になるわ」
アヤは涙を拭くと、拳を握りしめ、震える足で踏み出した。
「アヤ、どこに……」
「ワイズは……ナオとムスビの所にいるわ。彼らが言っていたじゃない。ワイズに出会ったって」
「じゃあ、あの……歴史書店に」
リカの言葉にアヤは頷く。
「ワイズは剣王と同等の神力。覚悟を決めないと」
アヤは唇を噛み締め、リカの手を引き、あの歴史書店へ足早に歩き始めた。
しばらく黙々と歩くと、賑わっているイタリアンレストランがあった。以前、ピザをおいしそうだと思っていたリカも今は何も思わない。
コンクリートの壁にありえない階段がある。栄次と来た時と同じだ。
ただ、違うのは階段下から異様な神力がしているということ。
「ワイズがいる……行きましょう」
アヤは唾を飲み込むと、リカを連れ、階段を降りた。雰囲気と反して明るい歴書店の扉を開く。
「やあ、ついに来たか。剣王は手をひいたのかYO。もうすぐ終わるんだ。大人しくしていてもらおうかYO」
ワイズが神力を向け、アヤとリカは膝をついてしまった。
「……リカ、結界……できる?」
アヤが苦しそうに小さく尋ね、リカは頷き、手を前にかざして結界を張った。いくぶんか重圧が軽減され、なんとか立ち上がれた。
アヤはすばやく辺りを確認する。ワイズのサングラスの奥で沢山の電子数字が流れており、何かをやっているのが確認できた。
そのすぐ横でナオが眠っており、ナオを守るようにムスビが倒れていた。
「……リカ。ワイズはサングラスの奥で何かの計算をしているわ。ぶつかって意識をそらしてみましょう」
「……うん」
リカとアヤは同時に走り出し、ワイズにぶつかっていく。しかし、ワイズは神力を高め、アヤとリカを重力に沈めた。
「り、リカ……結界……」
「うん……」
リカは片手をわずかに動かし、結界を出現させる。
「平伏だ……恭順せよ」
ワイズの言葉がアヤとリカに突き刺さった。二人は無意識に膝をつき、平伏させられる。
「頭を……あげられない……」
「……リカ」
アヤは意識を失いかける中、自分達の時間を巻き戻した。
神力を浴びる前に戻り、二人は再び飛びかかる。
「リカ、結界を!」
「うん!」
アヤに従い、リカはワイズが神力を放出する前に結界を張った。
アヤはリカに早送りの鎖を巻き、先に行かせる。
「もう少しなんだYO! 邪魔すんなっ!」
ワイズは手から霊的武器「軍配」を出すとリカを殴り付けた。
リカは苦しそうに呻き、歴史書が積み重なる本棚に激突した。
「リカ! 立ちなさい!」
アヤはリカに声をかけつつ、ワイズに手を伸ばす。
「時神現代神……ワールドシステムの鍵……」
ワイズは軍配でアヤを叩きつけた。アヤは血を吐きながらもワイズの軍配に手をかける。
「あなたのっ……『サングラス』かあなたの『目』……ワールドシステムにアクセスできるんでしょう? その電子数字はなんなのよ……」
「……お前に話すつもりはないYO」
ワイズは酷く冷たい顔でアヤに軍配の柄を何度も振り下ろす。アヤは呻きながらも軍配から手を離さない。
「……アマノミナカヌシがいない今、こんな好機を逃すわけないだろうがYO!」
「離さないわよ……。あなた、わかってないわね……私に血を流させたらワールドシステムが開くんじゃないかしら……。あなたはそこ(目)からハッキングしているようだけれど」
アヤは血を流しながらもワイズの目を睨み付ける。
「……ちっ……」
ワイズが困惑した顔をした所でリカが身体中切り傷だらけのまま、立ち上がり、ワイズに体当たりした。
「負けるもんかァ!」
「……このっ……」
ワイズに勢いよくぶつかり、ワイズのサングラスが床に落ちた。
床から電子数字が舞い上がり、無機質な音声が響く。
……ワールドシステムを開きます。時の神、現代神の血の解析をします。
確認完了。
ワールドシステムを開きます。
「……くそっ! なぜ、壱でワールドシステムが開く!!」
ワイズは悪態をつき、アヤとリカを睨み付けた。いままでで一番強力な神力が二人を襲う。
ワイズの瞳は金色で全てを見透かしているような気がした。
「なにっ……このっ……神力。気を失いそう……」
「……リカ。ごめんね。私、弱いの……。怖くて、栄次とプラズマがいないと……何もできないの。リカ、せめて、あなただけでもっ……時間の巻き戻しの鎖を……」
アヤは嗚咽を漏らしながら神力を最大限まで上げ、リカに向けて巻き戻しの鎖を巻いた。
「アヤ!」
「ごめんなさい……リカ。私は大丈夫……」
リカはアヤに手を伸ばすが、アヤは血を吐いて倒れ、ワイズとリカはワールドシステムに吸い込まれていった。