壱と伍の行方2
「……アヤ、リカ……」
栄次が刀を構えながらアヤとリカを呼んだ。
「なに?」
「な、なんです?」
プラズマが倒れ、泣きそうなアヤと、剣王に怯えているリカを栄次は確認すると、息を吐いてから口を開いた。
「……剣王は俺が相手する。アヤとリカはワイズを探せ」
「え……? プラズマを置いていけないわ」
「私は戦います」
アヤとリカの返答に栄次は鋭く言い放つ。
「プラズマは置いていけ。神力を失い、倒れただけだ。リカ、そんなに震えていたら戦えぬ。アヤもだ。そんな感情ではプラズマを守れん」
栄次はさらに神力を高め、アヤとリカを見た。栄次の刺々しい神力に二人はわかりやすく怯えた。
「なんだ? こんな力、さっきまでなかったよねぇ?」
剣王は栄次の神力の変わりように首を傾げたまま、様子を見ている。
「り、リカ……へ、平伏しないと……」
アヤがリカを突っつき、二人で膝をつこうとした時、栄次がさらに神力を上げ、鋭く言った。
「平伏は命じておらぬ! 早く行け!」
「……ひっ!」
栄次の言葉にアヤとリカは転びながらも走り出す。栄次の雰囲気の変わりようにアヤとリカは戸惑ったが、ほぼ無意識で道路の先へと消えていった。
「……ここは守らねば。俺はこの男に勝てないのだ。だが……負けてはいけない。ならば……相討ちだ」
栄次はさらに神力を高めていた。
「おいおい、君、そんなに神力上げたら倒れちゃうんじゃないの? ……ん?」
剣王は眉を寄せつつ、栄次を見る。
……この男……追い詰められておかしくなったか?
……いや、違うな。
これは剣気か。
追い詰められたことにより、格上の相手に無意識に反応か。
「……ふっ。なるほど。おもしろい。この男、剣神、軍神、武神の力も持ってやがったのか。本神は気づいていないようだがねぇ」
「負けられぬなら……守るものがない今なら……相討ちに持ち込める」
栄次は刀を構え、大きく息を吐く。先ほどまでの荒々しい気配は消え、静かで異様な威圧が栄次から発せられる。
剣王ははにかむと剣を出現させた。
「武神なら遠慮はいらないよねぇ。牙を向けてみろ、白金栄次」
気迫を纏わせた栄次は剣王に斬りかかる。剣王は軽く避けたが、頬を切られていた。
「……ほう。なるほど」
剣王は栄次の刀を避けつつ、剣を振るう。栄次は剣王の剣を避けるが、同じく頬を切られた。
お互い刀はぶつかり合わない。鋭い神力で体を切られ続け、血を流す。栄次の方がやはり傷は重いが、神力は変わらない。
刀を凪ぐ音だけが、静かな住宅地に響いた。袈裟に、逆袈裟に、横凪ぎに、絶え間なく続く攻撃がお互いから発せられる。
「やるねぇ。君、強いよ。それがしの軍に来てほしいくらいだ」
剣王はまだ余裕だ。栄次は気迫を纏わせ剣王の腹めがけ、高速で突きをおこなうが、剣王はわずかに体をひねらせ、かわした。
しかし、着物を切られ、腹にかすり傷を負う。
「良い目だなあ。剣撃も鋭い」
「……はあ……はあ……」
栄次は肩で息をしながら、剣王を見据え、隙をうかがうが、剣王には隙がない。
剣王の攻撃は重く、栄次にはかすり傷ではない傷が増えていった。
血が雪積もる地面を赤く染める。
……相討ちどころか……勝てぬではないか……。
情けない。
相討ちにすら、できぬとはっ!
栄次は刀を構え、再び剣王に斬りかかる。剣王は胸辺りを薄く切られたが、上手く避け、栄次の腹めがけて剣を振るう。栄次は刀を返して受け止めたが、腹を切られていた。
剣王は剣に力を込め、不安定に受け止めた栄次の腕を折りにきていた。
……俺は弱い。
……俺は弱いんだ。プラズマ。
お前みたいに、強くない。
栄次は必死に剣王の剣を受け止める。
「……相討ちに……持ち込まねば」
栄次は力をわずかに抜き、剣王に一瞬の隙を作らせた。
剣王が驚いた顔で栄次を見る。
……お前……そのまま斬られるつもりか?
剣王の顔はそう言っていた。
栄次は剣王の剣が肩に食い込むのを無視し、柄で思い切り剣王の首を突いた。
剣王は怯み、よろけ、苦しそうに咳き込む。栄次はそのまま大きく踏み込み、剣王を袈裟に斬りつける。 しかし、剣王はすぐに体勢を整え、栄次を剣で突いた。
栄次の刀は剣王の肩先を深く斬り、剣王の剣は栄次の脇腹を裂く。
風が止まり、静寂に包まれ、何も聞こえなくなった。
すぐに一瞬の静寂は終わり、刹那、栄次が苦しそうに血を吐いた。
「がはっ……」
そのまま栄次は倒れ、意識を失う。剣王はいつもの軽薄な表情を消し、倒れた栄次を見やった。
「強かったな。実はそれがしに傷を負わせたのは君が初めてだったんだ。よく頑張ったね」
剣王はそう言うと着物を翻し、去ろうとしたが何かに足首を掴まれ、立ち止まる。
「行くな……。あの子達には何もするな……。絶対に行かせんぞ。俺はまだ死んでおらぬ」
血まみれの栄次が気迫のこもった目で剣王を睨み付けていた。
「……まだ意識があったか」
「義を見てせざるは勇なきなり……だ。……俺は……義に従う」
栄次は意識がもうろうとしたまま、立ち上がり、刀を構える。
「固いねぇ。……では、こちらも義に従う」
剣王は栄次に近づくと、拳を栄次の腹に一発入れた。栄次は苦しそうに呻き、そのまま剣王の方に倒れ込んだ。剣王は意識を失った栄次を腕で抱くと、ため息混じりに口を開く。
「君が……とても立派だったから、それがしは事の成り行きを見ている事にするよ。あの娘はもう、狙わない。あの娘らがワイズに勝てるのか、見ていてやるとしよう。君は殺すのには惜しい神だ」
剣王はそれだけ言うと、栄次を放り捨て、どこかへと姿を消した。