リカの世界書3
「はっ!」
リカは唐突に目覚め、起き上がった。素早く辺りを見回し、立ち上がる。
……どこ!?
辺りを見回してから、自分が全く知らないところで寝ていた事に気づいた。
地面は人工のタイル。一応陸地のようだ。辺りは暗く、蛍のような黄緑色の明かりが多数点滅している。
「……不気味だけど……きれいなとこ……」
リカは反響する自分の声を聞きながら、てきとうに歩き回った。
刹那、目の前をキバの生えた大きな魚が通りすぎていった。
「……え? 陸地……だよね? なんで魚……しかも深海魚っぽかったし」
リカの顔が再び恐怖に沈む。
よく見るとあちらこちらに面妖な魚が何事もなかったかのように通りすぎていた。
……まさか……海の中とか。
「それよりも……マナさんは……」
近くには人の気配がない。
マナは一緒に来たのだろうか?
「結局……」
ふとリカの知らない女の子の声がした。
「だ、だれ!?」
「結局、あなたはなんなの?」
「……へ?」
声はリカの前からした。リカは唾を飲み込みながら青い顔で、話しかけてきた者を探す。
「まあ、いい。私はメグ。海神のメグ」
暗闇から青い長い髪をツインテールにしている謎の少女が現れた。
「わだつみの……メグ? ふ、不思議な名前デスネ……」
リカは怯えつつ、表情の乏しい少女を視界に入れる。
「普通に話して。私はあなたに危害を加えない。あなたは……人間?」
メグの言葉にリカはさらに顔を曇らせた。
……なんだ、その質問……。見たらわからないのかな……。
「た、たぶん人間だと思うけど」
尋ねられて、リカもなぜか自信がなくなり、小さな声で答えた。
「人間はここには来れない。ここは深海で、想像の世界、弐だから。霊とか神とか、人間の想像物しか入れない」
「えーと……」
リカは困惑ぎみにはにかんだ。
……変なこと言うなあ……。
……あれ? 私が変なのかな?
……ん?
なんだかリカが持つ常識がどんどん崩れていくような気がする。
神は本当に存在していたのか?
当たり前のように見えたのか?
……当たり前のように見えていた気がする。
「え!? いやいや、見えてないよ! 神ってマジでいるの!?」
「……?」
リカの言葉にメグは「何を言っているのかわからない」と言ったような表情を浮かべた。
「まさか……本当にパラレルワールド?」
リカのつぶやきにメグは眉をひそめた。
「ねぇ、あなたは陸の世界の人? ここは壱の世界の弐。パラレルワールドは陸の世界」
メグの返答にリカは頭を抱えた。
……何言ってるのか全然わかんないんだけど!! 何言ってんの? この子は。
「……ん。まさか伍から……」
「ちょ、ちょ……マジでなに言ってるのかわからないから!! 『 いち』とか『に』とか数字なの?」
「まあ、数字だけど」
焦るリカにメグは平然と答えた。
「もう! なんなのー! 元の世界に……ひっ!?」
リカがそう叫んだ刹那、リカの手がなくなっていた。なくなっていたというより透明になって透けている感じだ。
「……やはり。……向こうから来たのか。心を強く持つといい。この世界には人間の想像物が『存在』している。そして、人間の心を保つため、電子データ化されている。あなたは『あちら』から来た想像物のよう。だからあなたは自分が想像物だと思い込む必要がある」
「……そ、そしたら消えないの?」
「おそらく……」
リカはメグの説明を聞いて、慌てて「想像物だ」と心に繰り返す。
暗示のようにつぶやいていると手が元に戻った。
「……も、戻った……」
「良かったね。で、あなたはこれからどうしたい?」
「元の世界に帰りたい! 両親も心配するから……」
リカは間髪を入れずに叫んだ。
「……間違いなくあなたは伍の世界の人間。元に戻れそうな場所につれていってあげる」
「やった!」
リカはほっと胸をなでおろした。
「では、ついてきて。こういうのも私達『K』の役目だから」
「まあ、なんだかわからないけど、早く戻して」
メグはリカを一瞥すると、「ついてきて」とリカを促した。
するとすぐに、リカの体が突然ふわりと浮いた。
「な、なに……!?」
リカが叫んだ刹那、糸が切れるようなプツンという音が響く。
「……え……?」
ネガフィルムのような何かをハサミでバサバサ切っているかのような音が頭に響いていた。
リカは即座に理解した。なぜ、理解したかわからない。
だが、リカにはわかった。
……記憶を……ネガフィルムのように流れている記憶を消去されている!
……これは何!?
「ね、ねぇ!」
リカは耐えられずにメグに話しかけた。
「ん?」
メグは首を傾げてこちらを見る。
「ねぇ! 私の記憶が!!」
「何を言ってるのかわからないけど、ついたよ」
メグはどこかの真っ白な空間にリカを降ろした。
「え? 嘘! いつの間に??」
先程の場所とは違いすぎる。リカには動いた記憶がない。メグに浮かされて運ばれようとしていた所までしか思い出せない。
……だけど……。
……私は知っている気がする……。
……この白い空間を……。
「大丈夫?」
「え……? あ、うん。で? これからどうやって戻るの?」
リカは不気味な世界から早く脱出したかった。
「この白い空間から先に行けば……」
メグは説明を途中で切った。
「え? 先にいけば?」
「あ、プログラムが変わってる……。あなたが出られないようになっている」
メグの発言にリカは発狂しそうだった。唯一の戻れるルートがなぜか封鎖されている。つまり、元に戻れない。
「ほ、他に帰れるとこは?」
「……わからない。時神アヤに協力を仰ぐといいかもしれない」
「時神……アヤ……」
「うん。あなたを壱へ送ってあげる。私も独自で調べてみるから」
メグはそう言うとリカに手を伸ばした。
※※
「はっ!」
リカは唐突に目覚めた。目に映ったのは青空に桜。
「青空……桜……」
そこで自分が仰向けで寝転んでいたことに気がつく。
「……なんでこんなところで寝てるの?」
リカは起き上がった。まわりを見回すと桜が咲く芝生の公園だった。あたたかさはちょうどよい。
輝く太陽に目を向け、近くで遊んでいる子供達に目を向け、首を傾げる。
「何してたんだっけ……えーと……メグっていう女の子に、時神アヤって人を探せと言われて……。それから……えーと……他に言われていたっけ? 忘れた。ていうか、時神アヤってTOKIの世界書じゃあるまいし」
リカは頭を悩ませながらてきとうに歩く。もう、本当にわけがわからなかった。ここが元の世界かどうかもわからない。
困り果てたリカは近くにあった水たまりを見る。
……ここから戻れたりしないのかな……。
期待を込めて覗くが、先程のような現象が起きることはなかった。
「マジか……」
半泣きで水たまりを凝視していると、後ろから声がかかった。
「あの……えー……大丈夫ですか?」
困惑ぎみな声で話しかけてきたのは、リカと同じくらいの少女だった。ピンクのシャツに青いスカート、ミルクチョコ色のショートヘアーの少女。
……あれ? この子、どこかで……。
ていうか、超がつくほど似てるけど。
リカが眉を寄せていると、ショートヘアーの少女も顔を曇らせた。
「……あのー、話しかけない方が良かったですか?」
「え!? あ、いえ。心配ありがとうございます」
リカは慌てて頭を下げた。
「水たまりに何か落としたんですか?」
少女が安堵した顔で微笑み、水たまりを覗く。
「あ、いや……ちょっと人を探していまして……」
「この辺の人なんですか?」
「いやあ、もう……なんて説明をしたらいいのか……私、ここがどこかもわからなくて……ですね……。ごめんなさい。変なこと言って」
リカはため息をつくと立ち上がった。この少女に話しても何も解決しない。
「あ、あの! あなた、私と同じくらいの年齢じゃないかしら?」
少女が去ろうとするリカを呼び止め、恐る恐る尋ねてきた。
「そうかもしれないですね。私は高校生です。一応……」
「あ、じゃあ同じだわ」
少女は相手が同い年だとわかると崩した言葉で話しかけてきた。
「ああ、そうなんだ。私はリカって名前なんだけど、そちらは……」
「私? 私はアヤよ」
「!?」
少女アヤの言葉を聞き、リカは目を見開いた。
……いや、まさかね……。
だけど、むちゃくちゃ似てるんだよ。この子……。
「あ、あのね、今から頭おかしい質問する!」
「……?」
リカの発言にアヤは眉を寄せる。
「あなた、『時神だったり』しない?」
「……!」
リカの声が一瞬だけ時間を止めた。アヤが息を飲む。
「ご、ごめん! わけわかんないこと言って!」
「いや……私は時神よ。人間の目には映る神だけれど……皆、知らないわよ。私のこと。なんで知ってるのかしら?」
アヤの目が少しだけ厳しくなる。
「えー、えっと! あ……ああ! そうだ! TOKIの世界書の主人公に似てたから! 知ってるでしょ! 地味に人気を集めてる小説で……」
リカは焦りながら、一生懸命説明するが、アヤは顔を曇らせて言った。
「知らないわ。……まあ、なんか怪しいからちょっと一緒に来てちょうだい」
「え? 一緒にって……。んん……帰るためだ。一緒に行きます!」
リカは戸惑いながらも頷いた。彼女は自分が時神だと言う。疑惑だが、元の世界に戻れるキッカケになるかもしれない。
アヤはこちらを向き、ついてくるように促している。
リカは息を深く吐くと、アヤの方へと歩いていった。