ワールドシステム3
リカは涙を拭いながら走る。
後ろは振り返らなかった。
「社は……海の上……」
目の前に見える鳥居と社に向かい、足を踏み出す。波がリカの足を濡らすが、気にしている余裕はない。
「泳ぐしか……」
リカは波を踏みながら先へ進む。だんだんと深くなっていき、突然に足がつかなくなった。
……泣くな!
泳げ!
もがきながら溺れながら必死に社まで泳ぐ。海は穏やかで波も高くない。しかし、夕方の海はどこか不気味で、水がやたらと冷たかった。
塩辛い水を飲みながら、リカはなんとか社までたどり着いた。
「はあ……はあ……」
小さい社は人すら入れない大きさだ。
しかし、よく見ると扉がついていた。
「……なんにもなさそうだけど、開けてみるしか……」
リカは海に半分身体をつけながら、とりあえず扉を開ける。
「えっ? な、なに?」
扉を開けた刹那、電子数字が飛び出し、リカを吸い込んでいった。
リカが次に目を開けた時、電子数字が沢山流れる不思議な場所に立っていた。音はなく、辺りは宇宙空間のように黒く、やたらと輝いている電子数字が辺りを浮遊している。
「な、なに……? ここ……」
「いらっしゃい。ワールドシステム内にようこそ。やっとここまで来たんだね」
後ろからとても聞き覚えのある声がした。
「……」
リカは黙り込むと拳を握りしめる。
「リカちゃん。何回も回ったね? あなたの力が原因だったんだよ?」
「マナさん、私はなんなの? マナさんが関係するんだよね?」
リカは振り向き、マナを睨み付けた。
「あなたはね、私が作った伍の世界の時神。壱に行ったらどうなるか、見てみたかったんだ。ちゃんと、『存在』できたかな? もう少しで世界が繋がりそうなの。あなたは壱で消滅してない。つまり、壱で適応している。時神をあなただけにして、壱と伍をあなたが繋ぐの。わかった?」
「私だけ……? アヤ、プラズマさん、栄次さんは?」
リカは震えながらマナを仰ぐ。
マナは心底おかしそうに笑った。
「消えてもらう。壱と伍を繋ぐには、余計なデータはいらない」
「……なんで……そんなに世界を繋ぎたいの? 彼らは一生懸命に生きてるのに……」
リカは拳を握りしめ、震える声でつぶやく。
「世界を繋ぎたい理由? 壱と伍で別れている必要性を感じなかったから、スサノオ様と実験してるの。どうしたら世界が壊れるのか。
私は伍の世界で神を生み、『TOKIの世界書』で神の存在を証明した。あなたも知ってるかと思うけど、今、伍の世界では想像物が再び、光を浴びているわ。『世界書』は私の実話。
私はアマノミナカヌシのデータを使い、ワールドシステムに入った。あの時、世界を繋げようとしたのだけど、失敗して世界は離れたまま。
その後、自分の名前から「カ」を取ってあなたを作った。伍で神が生まれれば、伍の定義が狂うから、前回できなかった世界統合ができるかと」
「そんなの……勝手だよ……。私だって、巻き込まれただけじゃないか」
リカは唇を噛み締めて、苦しそうに小さくつぶやいた。
「世界が『世界のシステム』により『想像する世界』と『想像しない世界』に分けてデータを取り始めた時、『こちらの世界と向こうが元はひとつの世界だった』という事実を神々の記憶から消したのは、歴史神ナオとムスビ。
本神は自身も記憶の消去を行っているから覚えてないけど。
神はね、信仰されるか、世界から重要だと認められなければ『存在』できない。だから、信仰がなくなった世界では消滅してしまう。
神はそれを避けたかったから、世界が別れる時、壱(想像する世界)に残り、重要神達、平和を願う『K』達と共に『世界改変』をした。
で、アマノミナカヌシのデータを持つ私はね、伍を再び想像する世界に変えたの。スサノオ様は私に乗ってくれた協力者なんだよ」
マナはリカと一定の距離を保ち、立っている。
「そんなの、知らないよ。私はちゃんと両親もいるし、小さい頃から……」
「両親ねぇ。小さい頃の思い出ねぇ……。それ、私が書いた小説だよ? リカちゃん。あなたの両親は私の現人神だった頃の両親で、あなたの思い出は私の思い出。だって、あなたは私なんだから」
「う、嘘……嘘だよ!」
リカは身体を震わせ、気づかぬ内に後退りをしていた。
「嘘? あなたは初めから今のままで、生まれたばかり。約一年間、自分の身体の中でループしていたよ?」
「嫌だ! そんなの嘘だよ! 私は……人間だもん!」
「人間じゃないよ。あなたは私の『想像物』だもの」
「違う!」
リカはマナを睨み付け叫んだ。
「あらら、そんなんでいいのかねぇ? 想像物を認めないと、消えちゃうよ? 弐の世界にいた時に経験しなかったかな?」
マナが不気味な笑みを浮かべつつ、リカを見据える。
リカの右手が電子数字で分解され始めていた。
「……っ!」
声にならない悲鳴を上げたリカは、無意識に想像物であると認めてしまった。
すると、右手の違和感はなくなり、手は元に戻った。
「うう……うう……」
リカはなんとも言えない気持ちになり、苦しそうに泣き始める。
「危ういねぇ。消えてしまいそうだよ。これから、あなたは壱の時神にも伍の時神にもなるんだから、しっかりしてね」
「……アヤ……プラズマさん、栄次さん……あんな優しい神達をなかったことにするなんて……許せないよ」
リカは涙を拭い、ぼやける視界でマナを見る。
「許せない気持ちなんだね? 正しいよ。世界のシステムがどちらに味方をするか、やってみようか」
「どういう意味?」
「私が勝てば『世界が繋がる』、あなたが勝てば『世界はこのまま』ってこと。私が勝ったら、あなたは死んで消えるけど、また作り替えてあげるね」
「そんなの……どうしたら……」
リカは再び、泣き始めた。
「ふふっ……もろいねぇ。このまま、壱と伍の時神になるわけじゃないんでしょ? だったら、あなたの『存在するデータ』を見せてくれない?」
マナは手から光り輝く槍を出すと、リカに向けた。
「戦うってこと?」
「どちらが消える『運命』か、試してみようかと思ってねぇ。運命はアマノミナカヌシのデータがある現人神の私でも、降りかかってくるから」
「嫌だよ……」
リカは怯え、情けなく涙を流す。
「じゃあ、私の勝ちだねぇ。君は大人しく『死ぬ』」
マナは燐光を放つ無形状な槍を回しつつ、リカに襲いかかってきた。