弐の世界へ!2
サヨに連れられ、浮遊していたが、どこを通っているのかまるでわからなかった。
宇宙空間もネガフィルムもずっと同じ風景だ。ループしているようにも思える。
「着いたけど」
「は? え? ここ?」
サヨはあるネガフィルムのひとつで立ち止まった。見た目は二次元に見える。つまり、絵のような感じだ。
「絵じゃねーの?」
「あたしの心だけど。入ろ」
「入ろって……」
プラズマが戸惑っていると体がネガフィルムに吸い込まれていた。
「なんだ、なんだ?」
ふと、気がつくと一軒家の前にいた。昔ながらの日本家屋の周りには白いかわいらしい花が咲いている。
「どこなんだ、ここは」
「だからー、あたしの心の中だって! 先祖が住んでるって言ったじゃん。重力がかかってくるから、サムライとアヤとこの子、抱っこしてよ! おにーさん」
「あ、ああ……悪い悪い……。さすがに重い……。栄次はやっぱ重いな……男だしな」
よく状況が飲み込めていないプラズマはアヤと栄次とリカを抱え、汗だくでサヨを追う。サヨは一軒家の扉を叩いた。
サヨが扉を叩いた刹那、銀髪の鋭い目の男が渋みのある声を出しつつ、玄関先に顔を出した。
「妙な気配は感じていたが……めんどうなのがきたな。サヨか」
「はいはーい、ちょっとワケありで、壱の時神達をかくまってくれない? って話……なんだけど……ダメ?」
サヨは銀髪の男に軽く声をかけ、はにかんだ。サヨの様子が微妙におかしい。男に少し怯えているようだ。
銀髪の男は鋭い眼光の青年で、右目が髪に隠れて見えず、目が悪いのかメガネをかけている。
青い着流しを着ており、髪はてきとうに後ろでまとめていた。
「サヨ、言葉づかいが悪いぞ、どうなっている」
「うっ、ご、ごめそん……。じゃなかった……えーと……ごめんなさい」
「サヨ、しっかり話せ、わからないぞ。なんだ? もう一度」
男が鋭い瞳で問うのでサヨは萎縮していた。プラズマはサヨの変わりように驚いたが、理解できた気がする。この男は怖い。
顔から雰囲気から刺々しさがある。
「現世の時神がなんかに巻き込まれて……かくまってほしい……です。怪我してる神もいて……その……」
「理由は聞いてないのか。まあ、いい。入れ」
男はプラズマをちらりと見た後、プラズマが抱えている栄次に目を向けた。
「ほう……」
男は意味深な笑みを浮かべると、玄関奥へと消えていった。
「なんだ、こえーなあ」
「あのね、あのひと、元々は甲賀望月家の凄腕の忍者……」
サヨが慌てて小声でプラズマに耳打ちする。
「めっちゃ怖いっしょ」
「ああ、怖えー。雰囲気から刺々しいよな」
「早く入れ」
サヨとプラズマが内緒話をしていると、鋭い声が飛んできた。
二人は冷や汗をかきながら、弐の世界の時神だという彼の家に入っていった。
「茶だ。座れ」
「あ、ありがと……」
畳の一室に座らされたプラズマとサヨは萎縮したまま正座していた。
「女二人は外傷なし。……栄次は……くくっ、手酷くやられ、気を失うか。夢は泡沫……なんの夢を見ていることやら」
男はサヨとプラズマに緑茶を出すと、気を失っているアヤとリカを畳に寝かし、栄次を見て軽く笑った。
「あ、あんた、なんで栄次の名前、知ってんだ? ていうか、あんた……名前は……」
「……望月……更夜だ。それで、あなたは?」
「お、俺か? 湯瀬プラズマだ」
プラズマは変な威圧を感じつつ、苦笑いで自己紹介をした。
「ほう。それで? サヨ、これはなんだ?」
「あ、あたしにもわかんないってゆーかぁ……、そこの倒れている女の子がなんか……」
サヨは恐る恐るリカに目線を向ける。
「起こすか」
「乱暴はしちゃダメだからね」
「ふっ、乱暴か。バカにするな」
サヨの言葉に更夜は冷笑を浮かべつつ、リカを軽く揺すった。
刹那、リカは唐突に意識を戻した。
「はっ!」
「おー……、一瞬で戻った。さすが、忍者じゃーん!」
サヨの呑気な声を聞き流し、リカはわかりやすく怯える。
「な、何が……どうなって……」
「どうなってもない。ここは弐の世界内、サヨの心の中。あなたらはかくまえとここにやってきた。それだけだ」
リカは目が覚めたと思ったら、冷たい声の男に話しかけられていた。
「えーと……あなたは誰ですか?」
リカは眼光鋭い銀髪の男、更夜に当然恐怖を抱く。
また、殺されるかもという予感も頭によぎった。
「俺は望月更夜。サヨの先祖であり、霊。そして、弐の世界の時神だ」
「弐の世界の時神? 時神ってこんなにたくさんいるんですか?」
リカは目を忙しなく動かしつつ、動揺した頭で更夜を仰ぐ。
「この世界も時間管理はいる。弐に住む霊達は、自分の魂内のエネルギーを消費しつつ、新しいエネルギー体として消滅するまで、この世界に存在することになるからな。その時間管理がいるだろう。まあ、そんなことはいい。あなたは何をしにきた」
「わけわからない……ですけど、一応、ワールドシステムを開きにきたんです」
「なんだ、それは」
更夜は眉を寄せた。
眉を寄せると栄次よりも怖い。
責められているような気持ちになり、リカは顔を青くした。
「ごめんなさい。私もわかりません……」
「わからない……だと。では、何もわからんではないか」
「は、はい……ごめんなさい」
さらに睨み付けられ、リカは震えながら後退りをした。
「あー、リカをいじめないでくれ。彼女は想像物がなくなった世界伍から来た時神なんだが、想像物を信じる壱の世界で異物になってしまい、異物排除データのある神に狙われてんだ。で、ワールドシステムに干渉してみようって話になったわけで……」
「ワールドシステムとはなんだ?」
更夜がさらに眉を寄せたので、プラズマは冷や汗をかきながら、てきとうに説明する。
「んあ~……アマノミナカヌシってやつがなんか、関与してるとか」
「アマノミナカヌシ……世界の創造神の一柱か。なぜ、そんなものが開く……普通は開かんぞ」
「知らねーよ……」
「くはは……あなたらを見てればわかるか……くくっ」
更夜は声を抑えて笑った。
「笑いのツボがわからない……」
プラズマはサヨを横目で見て、サヨは苦笑いで頬をかいた。
「あたしにもわかるわけないじゃん」
「……アヤ、栄次さん……」
リカはアヤと栄次を心配そうに見ていた。彼らはリカを守ってくれたが、本来なら傷つかなくてよい神達だ。
タケミカヅチもリカしか狙っていない。
「娘、あの男の治療はしてやる。奴らの目が覚めるまで、どうするか確認することだ」
更夜はリカにそう言うと、栄次の怪我の様子を見始めた。
※※
「へぇ、壱の時神達に対し、『世界』がリカの味方をしろという『命令』を出したわ。適応になったのかな? ただ、まだ『世界』はデータをとってる。壱のシステム通りに向こうの神は動いてるから」
雪の降る公園の滑り台の前に立ったマナは愉快そうに笑っていた。
「さあな、ワールドシステムに入り込んだ時にどう世界が変わるか、楽しみだがね」
公園のベンチに座っていた紫の髪の男神もいたずらっ子のように微笑んだ。
「スサノオ様、リカはこちら産まれの神、向こうにはかなりの影響を与えるはず。世界が繋がる可能性も」
マナはゆっくり歩くと、紫の髪の男、スサノオの横に座った。
「どーなるかねぇ? 世界が『また繋がったら』激しい戦いが起きるのかね? 想像物の定義がどうなるのか、楽しみでもある。ただ……アマテラスあたりが邪魔をしてくる可能性も……」
「あー、アマテラス様は平和を願い、すべてを救う神だからね、争いになるとわかれば、介入してくるわ。たぶんね」
マナは落ちてくる雪を捕まえる。
「ツクヨミはどうかな」
雪はマナの手の中に残ったまま、溶けなかった。
「さあ? ワダツミの先で大人しくしてんじゃねーの? 弐の世界の先で黄泉の門番してるだろ? アイツ」
「そうだったっけかね……」
マナはスサノオに向かい苦笑いを向けた。