新しい世界5
その日の夜。
リカはトマトがモチーフのオシャレコートを着込み、震えながら外に出た。
「さ、寒い……」
冷たい雨が屋根を打ち付ける中、リカはトマトモチーフのかわいい傘を差した。
「あー、夕食にトマト食べてくれば良かった……。トマト食べたい……。あの、糖度の高いリコピちゃんってトマト、冷蔵庫に入れっぱなし……。冬なのに美味しいトマトっていいよね……」
どうでもいいことをつぶやきながら、リカは公園へ急ぐ。
本当は急ぎたくはない。
暗くて寒い公園で、マナが微笑みながら手を振っていた。
……今に見てろ……。
絶対にループから抜け出してやる。
リカはもう、戸惑わない。
※※
マナと取っ組み合って水溜まりを回避しようとしたが、無理だった。運悪く石につまずいたのだ。
「くそっ……」
汚い言葉を吐きながら、リカは弐の世界とやらの、深海魚がうごめく謎の場所で身体を起こす。
「次は、メグに会うのか……」
憂鬱になっていた時、ふとまた閃いた。
「逃げちゃえ!」
メグに会わないというのが、ループからの脱出なのかもしれない。
リカは走って逃げた。静かな空間にリカの足音が響く。
「逃げちゃえば、会わなければ……」
気がつくと、地に足がついていなかった。息もなぜか苦しい。
「がはっ……」
口から泡が漏れる。
チョウチンアンコウのような深海魚がリカの横を通りすぎた。
真っ暗な空間。
塩辛い水……。
……嘘……海中!?
「ごぼぼっ……」
目の前が暗くなる。
意識が遠退く。
「ごふっ……」
……苦しい……苦しいっ!
助けて!
誰かっ!
……だれか……
※※
「嘘でしょ……」
リカは自室のベッドの上にいた。死に戻りだ。
「信じらんない! 溺死!? 溺死したってこと?」
目に涙を浮かべ、リカはしばらく泣いた。
「苦しかった……もうヤダ……あんなの」
溺死は苦しい。
そして孤独だ。
「やっぱり……メグに会わないとダメか。じゃあやっぱり、サキって神に会ったことにするのを試す」
独り言を言わなければ、死の恐怖に押し潰されそうだった。
ピンポーン……。
インターホンの音が聞こえる。
「ああ……そう」
リカはうんざりしながらベッドから立ち上がった。
※※
マナと取っ組み合いをして運悪く石につまずいたリカは、素直に壱の世界に行った。
そして雪が残る公園で、まな板の上の魚のように寝転がっていた。
しばらくして、アヤが現れた。
アヤは冬にピッタリなマフラーをし、手袋とコートで暖かい格好をしていた。
「あの……大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
心配そうなアヤを仰ぎつつ、リカは身体を起こした。
「えっと、もしかして……」
「私達は同い年だから、丁寧に話さなくていいよ」
リカはアヤにそっけなく言った。何度もやりすぎて感情が入らなくなったのだ。
「ああ、そう……」
アヤは戸惑いながらリカを見ている。
「私ね、時神なんだ。アヤさんと同じだね! サキに会ったよ! いい神だねー。友達になれそうだった!」
リカは無理やり声を高くして、楽しそうに語った。
「……サキを知ってる……の? それに……時神? 時神はこちら(壱)には私しかいないはずよ。過去である参には栄次が、未来である肆にはプラズマがいるはずで、三柱しかいないはずなのよ。ああ、でも、海外には日本神じゃない時神がいるかも……」
「うんうん! そうなんだ! ところでさ、ワダツミのメグって知ってる?」
リカはアヤの説明を聞きつつ、メグについての情報を集める。
「メグ? 知ってるわよ。『弐』の世界にいる神でしょ。深海に住んでいるわ。深海は人間がたどり着けない場所で、そこまで行く前に魂だけになってしまうから、霊魂の世界である『弐』にも被っているって話。その深海に霊的空間を広げて住んでいるのがメグよ」
リカはアヤの話を聞いて頷いた。
……なるほど。「弐」にも被っているっていう「霊的空間」から出たから現実的な深海に叩き落とされたんだ。私。
先程の現象はなんとなくわかった。
リカが頑張って頷いていると、アヤの顔つきが変わった。
……ああ、あれか。
時間が歪んで、過去(参)と未来(肆)から栄次とプラズマが来たんだ。
何も変わらずに世界は進む。