黒幕をどうするか?1
鶴が引く駕籠に乗り、アヤとプラズマは今回会議がおこなわれる高天原西へと向かった。
高天原西は江戸あたりの町並みが続き、まん中に大きな天守閣のある全体的に古風な場所だ。
まん中の天守閣にはもちろん、剣王タケミカヅチがいる。
「ついたか」
鶴が駕籠をおろし、「ついたよい!」と報告した。
「アヤ、歩けるか? さっき、俺にビビって立てなくなっただろ? 今は大丈夫なのか?」
「……大丈夫になったわよ。ありがとう」
アヤは気まずさに耐えられなくなり、さっさと先に駕籠を降りた。今は夏だが、高天原西は風が吹いていてそこまで暑くはなかった。
「まあ、気を落とすなよ。ナオは裁かれるべきだからな」
プラズマも共に降り、鶴を解放した。
剣王の城の前で他の駕籠が到着し出す。豪勢な駕籠に乗ってきたのは東のワイズ。通常の駕籠に乗ってきたのは南の天界通信本部の社長ヒルコ神、他、天界通信で働く歴史神二柱。
太陽と月は今回は不在。
「紅雷王様、今回はよろしくお願いいたします」
高身長のミズラの男性が霊的着物を着て挨拶をしてきた。
「すみません。どちら様でしたか?」
「太安万侶でございます。神の記録を録っています」
太安万侶と名乗った茶色の水干のようなものを着ている男性は優しい雰囲気のまま、頭を下げた。
横にもうひとり神がいた。
「そちらは?」
「稗田阿礼でございます。マロも今後の神の記述が変わるかもしれませんので同行しました」
こちらは性別がわからない神だった。どちらともとれる。
勾玉のついた緑の頭巾にみどりの衣を着た青い髪の神だ。
「……古事記組か……あんまり乗り気じゃなさそうだな」
「それはそうです。歴史神の問題で仲間の話ですからね」
ヤスマロがそう答え、あれは眉を寄せていた。
「あんたら、もしかしてナオの状態に気がついていながら、歴史書に書いていたのか?」
「……そうですよ。マロ達は……見えた歴史をこの世に残す神ですから」
プラズマはあれを睨んだ。
「気がついていながら、こばるとを放置したのか」
「まあ、そうなります。正直、マロ達は書物に残す神。記憶を失っていたあなた達にこばるとさんを認知させることは不可能、弐の世界に関与もできません。なにもできませんでした」
「そうか」
プラズマはあれを睨むのをやめた。
「今回は、私達がいままで書いた歴史を皆さんに知ってもらうために会議に出席します。天記神の命令です。社長にも同行願いました。彼は天界通信本部という新聞社の社長です。今はエビス神となった元の神で、アマテラス様、ツクヨミ様、スサノオ様よりも前にイザナミ様、イザナギ様よりお産まれになられました、ヒルコ神様です」
ヤスマロは横にいた青年を丁寧に紹介した。
天界通信本部の社長、ヒルコはかぶっていたテンガロンハットを取り、プラズマに頭を下げた。
「天通の社長は知ってるさ。どうぞ、よろしくお願いいたします」
プラズマは形だけの挨拶をヒルコとかわした。
「では」
三柱が天守閣へ入って行ったので、プラズマはアヤを連れて開け放たれた城の中へと足を踏み出した。
剣王の城は上階。中に併設されたエレベーターで行く。ここはワイズの城とは違い、かなり落ち着いた雰囲気だ。すれ違う神々のほとんどが武神で荒々しい感じはあるが、基本的に日本の静かな落ち着きのある城だ。
エレベーターに向かう途中、遠くでナオが見えた。ナオは暗い表情で栄優に連れられていた。ムスビの姿はなかった。
「アヤ、ちょっと先にヤスマロさんやあれさんとエレベーターに乗ってくれ」
プラズマはナオに気がついていないアヤをエレベーターへ押し出した。
「え……?」
アヤはプラズマは来ないのかと不安げな顔をしている。
「行くよ、ただちょっと用事を済ませてくる。会議が始まる前に行くからね、そんな怯えるなって」
「プラズマ……」
アヤが続きを話そうとした刹那、エレベーターの扉が閉まった。プラズマは静かにナオに近づいていく。
「……っ! プラズマさん」
ナオが気がつき、目をそらした。
「あー、あんた、紅雷王かい?」
隣にいた栄優に尋ねられたプラズマは目を細めた後、名乗った。
「時神未来神、湯瀬紅雷王、プラズマだよ、よろしく」
「ああ、ワシは歴史神、藤原栄優だ。何しにきたんだぁ? 現代神は先に行っちゃったのに?」
「……栄次と同じ顔で全然違う言葉が出ているの、しばらく慣れそうにないな……」
「答えろや……未来神。裁かれる前の罪神に何か言うのはよくねぇんじゃねぇかね?」
栄優は新参者の雰囲気がないくらいに堂々としている。
「少しだけだ。話をさせろ」
プラズマはまっすぐにナオを見ていた。
「少し? んーまぁ、ご勝手に。ワシはここにいるがね」
ナオが酷く怯えているので、用心棒として栄優がいるらしい。
恨みを持った者の私的な暴力を避けるためだ。
「ナオ……」
プラズマの低く鋭い声に肩を跳ねて怯えるナオ。
「は、はい……」
「時神アヤを追い詰めた罪は重い。俺は厳罰を希望している。栄次が許したからと許された気になるなよ、ナオ。……先程、目をそらしたな? 逃げたり、言い訳を始めたら、すぐに俺は気づくぞ」
冷たい瞳で射貫かれたナオは涙を流しながらうつむいた。
「うつむいてんなよ、犯した罪は大きいんだ。ちゃんと俺達を見ていろ。罪を軽くしようとするな。その権利はあんたにはない」
プラズマは震えるナオに近づき、ナオにだけ聞こえるように言う。
「ナオ、もう一度言う。罪を軽くしようとするな、自分がやった愚かなことを思い出し、『自ら厳罰を希望しろ』。こんなことを言ったらアヤがおかしくなって困るから直接アンタに今、伝えておく。時神の主は俺。俺が許さなけりゃあ……許されねぇと思え。わかったな? わかってるよなぁ?」
プラズマは笑みを向けて脅すと、ナオの泣き声を背にエレベーターの中へと去っていった。
ナオは震えながら、声をあげて泣いていた。
「……非人道な厳罰にはならねぇっての。ワシら歴史神がお嬢ちゃんを守るからねぇ。わかってんだろ、お前も。湯瀬紅雷王」
栄優がナオの背中を優しく撫でながら次に来たエレベーターに乗った。
……わかっている。
アヤはワールドシステムの鍵。
アヤが厳罰を希望してないんだ。あんな脅しが意味ねぇってわかっている。
だが、俺はアヤが狂う未来へ向かわせようとしたナオを許せない。
プラズマは奥歯を噛みしめてエレベーター最上階を目指した。