データを壊された神4
アヤとプラズマはゆっくり前へ進んだ。すると、霧深い森の中へと出た。
「ああ、天記神の図書館付近の森だ」
「私、高天原会議は初めてなの。少し怖いわ」
アヤがプラズマの袖を控えめに引っ張った。
「だ、大丈夫だ! お、俺がいるしな……」
プラズマは少しだけ高鳴る胸を抑えつつ答える。
……アヤが袖を引っ張ってくるなんて、これは俺に甘えてるってことでいいのか?
プラズマは不思議な気持ちになりつつ、立ち止まった。
「アヤ、これはナオが厳罰になる裁判のようなものだ。アヤが不利になることは……」
プラズマがそこまで言った時、アヤがプラズマに抱きついた。
「あなたは……無茶をしすぎる……今まで、高天原会議であなたが無事だったこと、あまりないじゃない。さっきも……一方的に私に殴られて、傷つく言葉をかけられて、なにもしなかった。それだと、いつか……」
アヤが涙を浮かべ、プラズマを見上げていた。
「……そんな顔すんなよ。俺は大丈夫だ。俺は千年生きていて……」
「千年存在していても関係ないわ。あなた、壊れちゃうわよ……」
アヤはプラズマを殴ってしまったこと、暴力を振るったことを一番後悔していた。
同時に自分はこんなに感情の乱れが激しいのかと思った。
「私が壊れたらいけないから……私を必死で守ってくれてるんでしょう? あなたにはいつも目的がある。いつも多くを語らない。あなたは十七歳の人間で止まっている。神は常に一定だから。本当は色々と重いはずなの」
「……たしかに、壊れたらまずいからあんたを守っている。でもそれだけじゃない。あんたを失いたくないし、この一定の世界を楽しんでいたいんだ」
プラズマはアヤに手を伸ばしてすぐに引っ込める。なんだか恥ずかしくなったのだ。
その行き場のない手をアヤが優しく引き寄せた。
「私もあなたのように強くなりたい」
「俺は強くないぜ……」
「あなたは強いわ」
ふたりはなんとなくお互いに寄り添った。
「私は怖くなったわ。あの時、私があなたを神力でずっと攻撃してて、あなたは私に『やめて』と優しく言ってるの。私はとまらずにあなたを……」
アヤが震えながら泣き始めた。
「ああ、そりゃあ……怖い夢だな」
「あなたは知っているんでしょう? この未来……。夢じゃないわ。あの後のことも私は何故か知っているの。あなたが死んで、栄次を殺しに行くの、私」
アヤの震えがさらに酷くなる。
「もういいよ、それはどっかのお話だ」
「それで世界のシステムを壊そうとして、どうにか(アマノミナカヌシの神力が暴走)するの」
「アヤ、大丈夫だ」
プラズマはアヤに優しく声をかける。
「その後ね、私はリカに……」
アヤが先を続けようとしたが、プラズマがアヤの口を優しく手でふさいだ。
「……それ以上は言わなくていい」
アヤの涙がプラズマの大きな手を濡らす。
「あんたは、違うだろ。いくら考えてもそれは……『妄想』だ」
「違う……っ!」
アヤはプラズマの手を振り払い、酷く怯えた顔でプラズマを仰いだ。
「事実よ……。あなたも見えたから、私を止めたんでしょう?」
「知らねぇな。今のあんたは優しいアヤだ。そんな狂ったアヤは『見たことない』ぜ」
プラズマはすべて知っている。
未来神は沢山の未来が見える。
「私が知っていて、あなたが知らないわけないじゃない、ねえ?」
アヤが怯えながらプラズマを仰いでいる。プラズマはため息をつくと、アヤを引き寄せた。
「知らないよ。あんたはずっと、優しいアヤだから」
「違うのに……」
アヤは狂った自分がいることを認めて欲しかった。仲が良くなったがいつ豹変するかわからない。
そんなよくわからない自分のせいでプラズマを傷つけたくない。
自分は破壊衝動を持っている。
時神とは違う神力もある。
「何が違うんだ? アヤはずっとアヤだ」
プラズマは近くにあった木にアヤを追い詰め、片手を木の幹に置いた。
「そうだろ?」
「わた、私は……自分がわからない」
真剣な顔のプラズマを仰いだままアヤは震えている。
「なに? 俺に怯えてんの? 俺を殺しにきたらしい奴がデカイ男を見てそんなにプルプル震えているわけはない。あんたはいつも頭ごなしに父親に叱られたり、暴力振るわれたから怖いんだろ? 確かにすごい威圧を感じるだろうな。こんなに震えちゃってさ」
プラズマはアヤの顎を指で上げた。
「ひぅっ……」
アヤの怖がっている表情を見ながらプラズマはアヤに顔を近づける。
「酷い顔してんなぁ。あんたが思っていることは『話としてはよくできている』な」
「だっ、だから……」
アヤが反論しようとしたので、プラズマはアヤの鼻を指でつついた。
「あんたにはこばるとがいる。あんたが守らなければならねぇ存在だ。俺達を殺している暇なんてねぇだろ?」
「い、今は……そう」
木の幹から徐々にアヤの体が落ちていく。震えすぎて足に力が入らなくなったのだ。
「ちびんなよ」
プラズマがアヤの腕をとり、そのまま地面に下ろした。
「そ、そんなはしたないこと、するわけないじゃないの。ただ、足が……」
「そんな怖がるなよ。大丈夫だよ。あんたが道を外しそうになったらちゃんと連れ戻すからさ。あ、俺が怖かった? ふたりきりだったから調子乗っちゃったかな」
プラズマはしゃがむとアヤを抱きかかえた。
「あっ……プラズマ……いやよ。恥ずかしい」
「顔真っ赤になっちゃって。どっかがうずいちゃったり?」
「ば、バカ……」
アヤは顔を真っ赤にしてプラズマの首に腕をまわした。
プラズマも頬を赤くすると、そのまま歩き出した。
「た、立てないならしょうがない……よな? 介助だ。介助。お、おっぱい当たってるし、お尻触っちゃってるよ、俺」
「く、口に出さないでちょうだい。変な気持ちになるじゃない」
アヤの吐息が荒くプラズマにかかる。
「し、仕方ないだろ! 俺は男なんだよ。これから高天原に行かなきゃならないんだから。アヤだってなんか興奮してねぇか?」
「意外に筋肉質で驚いただけ……よ。それより申し訳ない気持ちなのよ。今回はあなたに助けてもらってばかり……」
「仲間が大変なら助けるさ」
プラズマはアヤを抱えて図書館付近まで歩く。
「ねぇ、ナオはどうなってしまうのかしら……私は残虐な罰を望んでいないわ。それも怖い。残虐な思考を持っていた私が、こんな気持ちになるのは変だけれど」
「……まあ、彼女は厳罰だ。歴史神が……彼女を少しでも助けようとするはず。俺達は冷静にみていればいいさ」
プラズマは鶴を呼んだ。
アヤが落ち着いてからでも高天原に行くのは大丈夫そうだ。今回はプラズマとアヤは被害者。時神の到着を待つはず。
鶴はすぐにやってきた。
「よよい! 高天原会議に参加だよい?」
全体的に白と黒の袴姿の青年がアヤとプラズマを駕籠へと入れた。