データを壊された神2
トケイがアヤとプラズマを抱え、アヤの世界から飛び立った。
「……もし、元のこばるとじゃなかったら、あんたどうする?」
プラズマがアヤの顔色をうかがいながら尋ねた。
「……距離をおくわ。いままでのこばると君がしてくれたようなお付き合いをする」
アヤは未だに安定しない心を抱えながら、言い聞かせるように答えた。
「辛かったら……言えよ。時神はあんたの味方だ。俺は……いつでもお前の気持ちを聞くから」
「あなた、どれだけ優しいのよ。優しすぎて……全部なくしてあなたに甘えてしまいそう……。私が八つ当たりした時も……私に冷たく返したりはしなかった。あなたなら本気で来ない、そう安心してつっかかってしまった。私って最低よね」
「……もういいって」
プラズマは苦笑いをアヤに向ける。
「良くないわよ」
「あんたがそう思う神で良かったよ」
プラズマの言葉にアヤは目を伏せた。プラズマはある未来をみてしまい、何も言えなくなっていた。
壊れたアヤが暴走し、自分と栄次が消滅し、リカがアヤを手にかける未来だ。
世界のバランスが崩れ、壱の世界がなくなる未来だ。アヤや自分達がいなくなれば、過去、現代、未来がなくなってしまい、壱は存在ができない。
ルナの時渡りでアヤの説得を何度もしている未来も見えた。
そうなってしまったら「おわり」だ。
「ごめんなさい」
「しおらしくあやまって、珍しいな。気にすんな。ああ、この話は後だ。トケイ、あんたは大丈夫なのか?」
プラズマはトケイに声をかけた。トケイはアヤとプラズマを乗せて宇宙空間を進んでいる。
「え! うん! 問題ないよ。でも度々破壊システムになってしまうのはなんとかならないかな?」
「それもなんとかしたいな」
プラズマは頭を抱えつつ、トケイに連れられてサヨの世界まで戻ってきた。
「……アヤ、感じるか?」
プラズマに尋ねられたアヤは肩を跳ねあげて驚いた。
「……こばると君の……」
「僕がいるんだ。こばるとは完全に死んでいない。だから、きっと大丈夫」
トケイはアヤの背中を押した。
「……ありがとう、トケイ」
アヤは震える足で白い花畑を通り、佇むお墓に目を伏せながら屋敷に入った。
「帰ったわよ……」
アヤが震えているので、プラズマもアヤの背中を押した。
「俺も怖い。でも、これはこばるとの神力だ」
三柱は廊下を渡り、もう一度声をかけた。障子扉が開き、サヨが顔を出す。
「あ、アヤ! 大丈夫? こばるとはちょっと複雑で……」
アヤが気がついた時には部屋が騒がしくなっていた。緊張で何も気づかなかった。
「なに、笑ってんだ?」
プラズマも気付き、中を覗く。
子供の笑い声が響いていた。
「あー……ええ?」
プラズマが戸惑った顔のまま、アヤを中に入れる。
アヤの目に映ったのは栄次と更夜に遊んでもらっている子供達だった。その中に黒い髪の幼い男の子がいた。
「……カイちゃん……」
アヤは目に涙を浮かべ、その場でうずくまった。かいへきまる……彼は元々そういう名前だった。
アヤは楽しそうに栄次に乗っかるこばるとを見て、懐かしい記憶を思い出す。
ヤンチャな子だった。
ルナとスズと喧嘩をしながら遊んでいる。あの時のままの息子が目の前にいた。
「どういうことだよ?」
プラズマが目を丸くしながら尋ね、サヨは苦笑いを向けた。
「えーと、まあ……」
サヨは隅っこの方で倒れているリカを見るように促した。
「リカ!」
「あー、大丈夫ですー。神力を皆で彼にあげていたら元気に目覚めましたー」
リカは抑揚なくそう言った。なんだかすごく疲れているようだ。
「やめろ! 頬を引っ張るな!」
更夜がこばるとを怒っている。
「なんか……どうなんだ? これ」
プラズマはトケイに目を向けた。
「あ……元気になって良かった……ね? いや、元々のこばるとなのかな? この子」
「アヤ、どうなんだ……」
トケイとプラズマは記憶を思い出したアヤを見る。
「こばると君というより……息子に近いわね……」
アヤが楽しく遊ぶこばるとを眺めていると、ルナがアヤに気がついた。
「あー、ママじゃないの?」
「まま?」
「ああ、お母さんってこと!」
「かあさま!」
ルナに言われ、幼いこばるとは満面の笑みを向けてアヤに走ってきた。
アヤに抱きつき、優しい顔で笑ってくる。
「かあさまじゃなくてママにしよ! ママのが言いやすい! ママでいいや」
こばるとから純粋な言葉が出て、アヤは涙を流しながらこばるとを抱きしめた。
そしてか細い声で
「なんでも楽に逃げるんじゃないの」
とつぶやいた。
海碧丸は面倒くさがりなところがあり、アヤは度々この言葉を言っていたことを思い出した。
彼はこばるとではない。こばるとではないが海碧丸のようだ。
「確認、していいかな?」
横でトケイがこばるとに話しかけた。
「なんの?」
「名前を聞いていい?」
トケイは海碧丸なのかこばるとなのかを確かめたかったらしい。
「僕はこばると。立花こばるとだよ!」
彼は立花こばるとのようだ。
だが、性格は初代の海碧丸。
「……じゃあ、君を抱きしめているのは誰?」
トケイは次に記憶の確認を始めた。
「名前はアヤだよ。僕のママ」
こばるとは得意気に言った。
母親の名前くらい覚えていると
顔が言っていた。
「うん。じゃあ、隣にいるのは?」
「プラズマでしょ」
こばるとは自信満々に言った。
知識はこばるとのモノだ。
「じゃあさ、君、どうなっていたかわかる?」
トケイはどこまで記憶を持っているのかの確認を始めた。
「わかんない。気づいたら遊んでた。友達もできたんだ! ルナとスズって言うんだって!」
出会った神は覚えているが、記憶を全部失くしているようだ。あるのは「人間時代の五歳までの記憶」。
「ということらしいです」
トケイがプラズマにそう言い、プラズマは腕を組んだ。
こばるとはアヤから離れると楽しそうにこちらに手を振り、ルナとスズの遊びに入り込んでいった。