メモリー3
「アヤ……いつまでも泣いてんなよ」
プラズマがアヤの肩に手を置いた。アヤは肩を震わせて泣き続けている。
「こばるとは助けられる。元の状態にはならないが……あの子はまだ、生きている」
プラズマはアヤを優しく撫で、強い口調で言った。
「泣くんじゃねぇよ。アヤ。こばるとを助けるぞ」
プラズマはアヤの肩を軽く揺すった。プラズマの腹辺りに顔をうずめて泣いていたアヤは小さく「うん……」と頷いた。
「あんたが一番つらいさ。俺はわかってるよ」
プラズマはアヤを優しく離し、ハンカチを黙って渡した。
「ナオが助けるそうだ。あの女を許すことはできないが、今は協力させよう」
「……そうね」
「あんたの泣き顔なんて、俺は見たくないよ……アヤ」
プラズマはアヤの頭を優しく撫でると目線まで腰を落とし、強く抱きしめた。二人の影が夕日に伸びる。プラズマには珍しい行為だった。
「行くぞアヤ。いいな?」
「……はい」
目が覚めたアヤは涙を拭い、プラズマから離れ、顔を引き締めた。
二人はとりあえず、天記神の図書館へ来てほしいと言われ、神々の使いの鶴を呼び図書館へと向かった。
夕日が消え、空は輝く星が多くなる。鶴は弐の世界も飛べるため、天記神の元へも飛んでいける。ただ、特定の世界にはいけないため、図書館用か高天原用にするしかない。
「アヤ、あんたさ、ナオが目の前にいたら殺しに行ったりしないよな?」
「わからない……。感情がぐちゃぐちゃになっちゃうかもしれない。今も……どうしたらいいのかわからないの」
アヤはか細くプラズマに答えた。鶴が引く駕籠の中でアヤのすすり泣く声がむなしく響く。
「涙が……止まらない。悲しい、苦しい……」
「……俺が舵取りするよ。あんたはこばるとを救うことだけを考えるんだ。俺は時神の一番上……俺が冷静でいないとな。こばるとの未来は見えない。弐の世界の先にいるからだろう」
「プラズマ……」
アヤが救いを求めるようにプラズマを見上げた。
「……なんだよ」
「私が……こばると君を封印しちゃって……こばると君は今も苦しんでいるのよね?」
「そうだな」
「私の……せいよね……」
アヤが震えながらそうつぶやき、プラズマは眉を寄せる。
「アヤは悪くないよ……自分だけ悪いと思うな」
「だって……まだ……感触が……残ってる……」
アヤは震えながら自身の手を見つめた。
「感触が……っ! そんな顔で見ないで……こばるとくん……。うっ……」
アヤは口元を抑えた。
「……フラッシュバックだ、アヤ。落ち着きなさい」
プラズマはなるべく優しく声をかける。アヤはフラッシュバックを起こしていた。ナイフで刺した記憶が何度も戻ってくる。
アヤは壊れてはいけない神。
だが、アヤは頭を抱えて苦しみだした。
「まずい……」
プラズマはアヤの神力を抑えようと動いた。
「いやあああ!」
アヤは突然叫びだし自身の手を駕籠に何度も叩きつけ始めた。
「私が刺したのよ! 私が刺したのよ! 私があの子を苦しめた! 刺した刺した刺した刺した!」
「アヤ! それはダメだ! これからこばるとを助けに行くんだよ!」
プラズマはアヤの手をとったがアヤは手を攻撃し続ける。
「感触が感触が感触がっ!」
上部だけはこばるとを救う、そういう気持ちにはなっていたはずだが、アヤはナオを恨むよりも心の傷が大きかった。
「よよい! どうしたよい!」
ツルが緊急性に気がつき、駕籠を止めた。
「ツル! ここは弐か?」
「よよい! そうだよい? 弐から神々の図書館へ向かう予定だったよい?」
ツルの言葉を聞いてプラズマは奥歯を噛み締める。
「弐に入るのは失敗だったか。アヤの心がある付近を通ってしまったんだ」
弐の世界は霊魂だけでなく、生きている生き物分の心の世界がある。ネガフィルムのように絡まる二次元に誰かの心の世界があり、心の世界にはその人と関わった霊が住み着いているのだ。
アヤは弐に入ったことで自分の心の奥底を思い出している。
「アヤ! 神力を解放するな! アヤ!」
プラズマはアヤの両手を掴み、押さえつけ、アヤの神力を抑え込む。
「……強い……アヤは強い神力を持っている。時神の力だけじゃない……。抑えられねぇよ!」
このままだとツルが危ないと判断したプラズマは叫んだ。
「ツル! 駕籠を切って今すぐ逃げろ!」
「その命令、聞けると思うかい? あんた達、落ちちゃうよ? 知らない世界に」
「かまわない! やれ!」
プラズマが叫んだ時に、神力爆発が起こると気がついたツルは眉を寄せ、悩んだ末に駕籠から手を離した。
「すまんねぇ……」
直後、神力は暴走し、プラズマを巻き込んで爆発した。
「プラズマ!? おい! 何があった!」
今どこなのかの連絡をとろうと神力電話をしたらしい栄次の焦った声が宇宙空間に響いている。
呆然としていたツルの真横を何かが急降下してきた。
宇宙空間から垂直に急下降してきたのは橙の髪の少年トケイだった。少年の瞳は赤く、無表情。
口からは感情のこもらない声で「エラーが発生しました。破壊システムを起動します」と何度も同じ言葉を発していた。