時間旅行6
こばるととアヤは畳の部屋に立っていた。場所はタンスすらもない狭い部屋。古くさい匂いがするため、現代ではない。明かりがない段階で違うとわかった。
目の前にはプラズマの部屋にあった時計と同じ時計がある。
「同じ時計に飛んだの?」
「そうみたいだ。長屋っぽいけど、時計を買えるくらいのお金はあるんだね」
こばるとは軽く答えた。
他人の部屋だ。アヤ達がいたら驚くに違いない。
「早く出ましょう」
アヤが障子扉を開けた時、目の前に眼光鋭い侍が立っていた。アヤは肩を跳ねあげて驚き、怯えつつ、あやまる。
「ご、ごめんなさい……。勝手にあがってしまい……。泥棒では……あら?」
アヤは侍を見て口を閉ざした。
部屋の持ち主は白金栄次だった。
「……どこにいっていたのだ……。怪我をしているではないか」
栄次は心配そうにアヤを見ていた。
「えー……その」
「む……記憶が混ざる。戦国で一度会ったな……。それで先程突然消えて……。ん? 先程会ってから戦国で……」
栄次は混乱していた。栄次からすれば、先程突然にアヤが現れ、すぐに消え、戦国で出会った記憶を間にねじ込まれた上、消えたアヤがまたすぐに現れたことになる。
「えーと、さっき会ったばっかりって事になるのかしら? 江戸の時代は広いけれど、最初と同じ時期だったわけね?」
「本当につい先程だ。探したが見つからず、家に帰ったところだった。立花こばるとも一緒なのか」
栄次は何かを考えていた。
話を整理しているのかもしれない。
「あの、とりあえず、これを」
アヤはこばるとに視線を向けてから、栄次にプラズマからの手紙を渡した。
「む……手紙は承知した。これは筆書きなのか? それで紅雷王様はどちらへ向かえと?」
「案内します。そこに紅雷王様がいます」
こばるとが丁寧に栄次に言った。紅雷王様と呼ばれるプラズマは時神の中で一番高いところにいるようだ。
こばるとは栄次に怯えているようだった。栄次はおそらくアヤがロストクロッカーではないことに気がついたはずだ。アヤはただの被害者だ。
「……心配無用故、怯えるな。歴史を動かすようなことはするものではない。時渡りをし、歴史を改変してしまったのでさえ、大罪なのだ」
栄次はアヤを見た。
アヤは震えながら栄次を見上げていた。アヤは戦国で会うはずのない男達に会い、平安時代ですれ違うはずのない人々に出会ってしまった。今もそうだ。
プラズマや栄次が動かなければ、アヤは知らずのうちに沢山の人間の運命を変えていたかもしれない。戦国時代で襲われていたアヤを霊的武器や神力で助けたのも、相手を気絶させ、夢かどうかわからなくしたのだろう。
「ごめんなさい……僕のせいなんです。アヤは何も知らないんだ」
「そうだろう。天明の大火をこの時代に移したのもお前なのだな?」
「そうです! あの後、すぐに戻しました! 人への被害はありません!」
こばるとが半泣きで言った刹那、栄次の平手がこばるとの頬を打った。アヤの肩が跳ねる。こばるとは思い切り倒れ、震えながら泣いていた。
「馬鹿者! あの火事で沢山の人間が亡くなっている! 人間の時間を守る現代神がやってよいことなのか? お前、まさか明暦の大火も持ってこようとしたわけではあるまいな!」
「そ、それは……あちらは死者が多かったため、や、やめました」
「死者数の問題ではない! 火事はな、この時代は致命的なのだ。すぐに消す方法がないのだぞ! お前はわかってやったのだろう?」
「わ、わかってました! ごめんなさ……ひっ」
栄次は乱暴にこばるとの服を掴むと立たせた。
「立て。わかっていてやるとは悪質だ。それがしにあやまっても仕方がないではないか。アヤをつれ回し、それがしらに殺させようとする考えも気に入らぬ! 人の命をなんだと思っている!」
栄次に鋭く言われ、こばるとは涙を流しながらあやまり始めた。
「ごめんなさい! 僕が死にたくなかっただけなんだ! 死にたくなかったんです……うう」
「現代神、お前は神だ。自覚が足らぬぞ。……いくつなのだ、お前は」
「……じゅうに、です」
こばるとは泣きながら栄次を見上げた。
「……十二か。心細かっただろう。それがしや紅雷王様に殺されると思ったか」
「……はい」
こばるとは素直に返事をした。
「こばるとくん……」
アヤは小さな背中になったこばるとをせつなげに見つめた。
「まだ、時を見ていたかったんだ、僕。ロストクロッカーなんてなりたくないよ。死ぬのを待つなんて嫌だよ。僕をたすけてくれる人はいない。僕は生き残ろうとしてしまったけど、本当はアヤに時神を譲るべきなんだ」
こばるとは静かに泣いていた。
栄次は眉を寄せつつ、こばるとを抱きしめてやった。
「いいか、二度とあんなことはするな。それがしも紅雷王様も、お前もアヤも殺さなかった。それがしらは人間の心を持つ故、考え、行動する。なにかの妨害、障害があっても、行動に移す前に考えるだろう」
「はい」
「話して信頼してくれ」
「はい」
こばるとは安心したように栄次にすがった。
「僕をたすけてください」
「ああ……お前を繋ぎ止める方法を考える。紅雷王様のところに連れていってくれ」
「……はい」
こばるとは栄次から離れると叩かれた左頬を撫で、障子扉から出ていった。
「感情的に叱ってしまってすまない」
栄次がこばるとにあやまり、こばるとは「いえ」と一言、口にした。アヤはこばるとに寄り添い、歩きだす。
長屋から出て位置を確認する。
「か、貸本屋ってどこかしら?」
「案内する」
アヤが怯えながら尋ね、栄次が眉を寄せたまま真面目に言った。
江戸の町並みはプラズマの時と変わらなかった。太鼓橋があり、その近くにプラズマが働いていた呉服屋があった。ここは参の世界なため、プラズマはいない。
青物売りが去っていき、鰻の白焼き屋さんからは良い匂いがある。女性が足首を見せないよう着物を揺らし優雅に歩き、刀を抜くことがなくなった二本差の侍が静かに足早に消えた。
活気はプラズマの時と変わらず、平和になったことが頷ける。
しばらく町並みを歩くと貸本屋があった。場所共に同じだ。
アヤとこばるとは栄次を連れ、奥の机まで歩いた。
「この白い紙です」
「……シミはおらぬか。ここまで白い紙は珍しい」
栄次が感心し、こばるとが紙を持った。
「えーと、それで……」
こばるとが先を続けようとした刹那、三人を白い光が包み、貸本屋から消した。