時間旅行2
「はっ!」
アヤは目覚めた。また場所が変わっていた。気がついた時、男達の悲鳴と咆哮が混ざりあっていた。地響きと共に岩のようなものが落ちる音、鉄砲のような音、沢山の足音も響く。
アヤは見えぬ恐怖に震えた。場所は山の中のようで、蝉が鳴いているため夏だ。しかし、アヤはもう暑さも感じなかった。
流れるのは冷や汗だ。
足が動かない。
また勝手に時代を飛んだようだ。この古くさい空気は現代ではない。
「こっ、ここはどこなのよ!」
アヤは枯れた声で叫んだ。
足音と銃声、馬のいななきも近づいてきた。
「コロセ! コロセ! 討ち取ったり!」
叫びながら沢山の男が山をかけていた。血と泥にまみれた甲冑をみにまとい、首を持っている。
殺人鬼のような雰囲気で目を血走らせた男達が異様な興奮状態で走ってきていた。
「イヤぁぁ!」
アヤは叫び、涙を流しながら震えた。怖かった。この時代は戦国だ。母が戦国の男達の話をよくしていた。
……母?
アヤは聞いたこともない話を思い出す。
……おかしい。自分の母は戦国なんて生きていない。
「あやちゃん、私が木暮に嫁いでから戦が終わりました。これから幸せな時代がくるはずです。私の父と母はもうおりませんが、きっとあちらで戦の終わりを喜んでくださるでしょう。あなたは、私の母、ハル様の愛と、父更夜様の夜をとり、名付けたのですよ」
誰かがそう言っていた。
アヤが頭を押さえながら怯えていると、いつの間にか男達に囲まれていた。
「……ひっ」
「女だ。こんな戦の渦中に女か。連れ帰るか」
男のひとりがアヤの腕を乱暴に掴んだ。
「い、いやっ!」
アヤは男の腕を振り払って逃げようとしたが、男がアヤの顔を乱暴に叩き、アヤは思い切り地面に転がった。
「生意気な女だな。素直に従え、噛みついてきやがって。敗走したやつの妻かなんかか? まあ、いい」
「……っ」
アヤは腰が抜けて立てなかった。
「何発か殴りゃあ、言うこと聞くんだよ、こういうのはな」
「商品にするんだろ? 顔はやめとけ、売れなくなるぞ」
「どんなもんか、先に見とくか」
男達の異様な言葉が飛び交う。
戦国時代は男が強い。
そして命が軽い。
男達の思考は平和な時代と比べだいぶん違う。
戦が終わってからもしばらくは命が軽かったという。
アヤは乱暴に扱われた。
押さえつけられ、舌をかまないように布を口に巻かれた。
声が出せない。
同情してくれる男の顔はなかった。戦でおかしくなっている。
「見てから売ろう。なんだ、この着物は南蛮のものか?」
アヤが着ていた服は現代の服だ。戦国では見たこともないだろう。
スカートの中に手を入れられたアヤは必死で男の顔面を蹴りつけた。
「逆らうなと言っておろうが」
男は笑いながらアヤの顔をもう一発叩き、別の男は押さえつけられているアヤの腹を踏み潰した。
「んう……」
アヤは呻きながら涙を流し、どうすれば良いか必死に考えた。
下手したら殺されてしまう。
「お前ら、大事な商品だと言って……」
別の男が最後まで言い終わる前にその場に倒れた。
次々に男達が倒れていく。
「お前はっ……紅色のくちなわ」
最後まで言う前にアヤを押さえつけていた男が倒れた。
「……っ!」
アヤは酷い顔で震えながら目の前に立つ男を見上げた。目の前に立っていたのは緑の着流しを着た戦場には軽すぎる着物を着ている青年、白金栄次だった。
「酷いことをするな……。かわいそうに」
栄次はアヤの布をほどいてやった。アヤは錯乱状態で必死に栄次に飛び付いた。栄次が自分を殺そうとしていると咄嗟に考えたからだ。
アヤは近くに落ちていた刀を危なげに持つとふらつきながら栄次に刃を向けた。
栄次は刀を軽く避けるとアヤを軽く押さえつける。
「いやっ! やめて! いやあっ! 許して……なんでもしますからっ! もういやああ!」
アヤは泣き叫びながら尋常ではないくらい震え、栄次になぜか許してもらおうとしていた。
アヤはこの一瞬で心を壊されてしまったのだ。
「……落ち着きなさい……」
栄次はアヤに諭すように声をかける。
「落ち着きなさい……。怖かっただろう、なぜ、こんな場所にひとりで……」
「……知らないわよ!」
アヤは再び噛みつくように叫んだ。
「お前は、神か?」
「……知らない……わよ……。わからないのよ! いった……」
アヤは先程腹を踏まれた事を思い出した。顔も痛い。
「……痛いじゃないの……なにすんのよ!」
アヤは泣きながら倒れている男を蹴り飛ばした。怒りがおさまらない。
「顔に傷ができたら、あなたのせいなんだからっ! なめんじゃないわよ……」
アヤは男の顔を何度も踏み潰した。
「ま、まて……確かにその男達は酷いことをした。故に俺が制裁したのだ。もう許してやってくれ」
「なんでっ! 私が! こんな目にあわないと行けないのよっ! 怖かったじゃないの! 痛かったじゃないの! 許さない」
アヤは悔しさと怖さとイラつきで泣きながら男を踏みつけていた。
戦国時代の異様な空気、状態でアヤもおかしくなるのに時間がかからなかった。現代人が戦国なんかに来たら発狂して壊れてしまうだろう。平然と笑っていられるのはアニメや漫画だけだ。
「落ち着きなさい! もうやめろと言っている」
栄次に鋭く言われ、アヤは止まった。戦国の栄次はどこか荒いところがある。アヤは栄次が怖かった。この男は強い。アヤはかなわないだろう。
「泣き寝入りしろというのね……。この時代、女はモノよ。男の所有物だもの。意見すらもできないの。悲しいな……」
「……すまぬ。その通りだ。少し前の時代は違ったのだ……。やはり戦は破壊の力を持つ男が強くなる」
栄次は苦しそうに言った。
「私の祖母は……いえ、なんでもないわ。あなたも私を殺すんでしょう? 襲ってきたものね?」
「……? 俺は殺生はしないのだが……」
「あらそう」
アヤは苛立ちながら立ち上がり、なぜこの時代へ飛んでしまったか考えた。
現代に飛ぶ予定だった。
あの場で反応したものといえば、水時計、アナログ時計……日時計。使った物にも反応したのかもしれない。
「時代が混ざってここに来た……。栄次さん、いいかしら?」
「な、なんだ?」
栄次はアヤに戸惑いながら尋ねた。
「私、自分の時代に帰りたいの。ただ、私が時計を描くだけでは自分の時代に戻れない。どうしたらいいかしら?」
アヤは冷静に戻り、栄次を見る。おそらく栄次は何にもできないだろう。時代を飛べるのは「タイムクロッカー」と「ロストクロッカー」のみで栄次やプラズマは渡れないらしい。
「……なぜだか……お前の過去が見えない。何を言っているのかわからぬ……」
「もういいわ……ありがとう。とりあえず、乾いたメモに時計を……」
アヤは乾いたメモを取り出し、ボールペンで時計を描いて続けた。
「あなた、江戸で会った時、『それがし』って言ってたわよ。時代に合わせているのかしらね?」
「未来の俺がお前に危害を加えたのか?」
「……あなたは迷っていたわ。私を殺そうとしてきたけれど、殺せなかったの」
アヤは描いた時計をあちらこちらにかざしたが時代を飛べそうになかった。
「……飛べないのね。条件が重ならないと飛べないんだわ」
「よくわからぬが……日の入りはひとつの区切りだぞ。酉の刻だ」
栄次が答えた時には日が沈む手前だった。
「夏故に日の入りは長いが……」
「……今ね。日時計でいくわ」
アヤはよくわからないまま、沈み行く太陽に向かい紙をかざした。目の前がまた、白くなった。
アヤが消える直前に、立花こばるとが現れた。栄次に何か言っている。
「え、ちょっと待って! こばるとくん!?」
アヤが手を伸ばしたがこばるとには届かなかった。
……時神アヤが僕を妨害する。
ああ、僕は機械式時計博物館の戦国時代の時計からここに飛んできた。
僕は「タイムクロッカー」らしいんだよ。アヤの方が古い「ロストクロッカー」だからか僕を殺しにくるんだ。
……君達も気を付けた方がいい。
できれば、僕の代わりに彼女を消してくれたらいいんだけど。
彼女は「何も知らない風」に話しかけてくるから注意してね……。