ロストクロッカー5
「あー、危なかったね」
立花こばるとが汗を拭いながら答えた。
「な、なんなのよ……」
アヤはなんだかわからないままこばるとを震えながら見つめた。
「過去神栄次だよ。参の世界にいる神なんだ」
「さ、さんのせかい?」
「そう。過去の世界さ。この世界はね、三直線にできているんだ。平成が過去の世界、平成が未来の世界、平成が現代の世界の三つ。
僕は江戸の時計から参の世界の江戸時代に飛んだのさ」
こばるとは息をつくと空を見上げた。蝉が鳴いていて、うだるような太陽。
「……お話みたいな話ね。でもなんか……本当のことみたい」
「本当のことだよ。君はさっきまで江戸にいた」
辺りは現代と変わらない風景だが、なんだか違う気がする。
「……帰ってきたの?」
「いや、ここはギリギリ現代のアナログ時計を使っている未来の世界だよ。僕はアナログ時計を描いたからそっちに飛んだんだ」
「元の世界じゃないの?」
「違うよ」
こばるとは歩き去る人々を指差した。ここはどこかの公園。現代にも普通にある自然公園だ。
しかし、手に持っているものがアヤ達の時代にはないものだった。
四角く、平べったくて、ボタンがない、画面だけの電話。
耳にあてずに話している。
写真を撮ったり動画を撮ったり、きれいなグラフィックのゲームをしていたり、見たことのないSNSをしていた。
「……なに? あれ」
アヤは自分の携帯電話を取り出した。似ている気もするが全然違うもののようにも感じる。
「あ、あれは……なんだろ? ま、とにかく、ここは未来の世界なんだ」
「さっきの話だと平成が未来の世界?」
アヤが尋ね、こばるとは首を横に振った。
「いや、肆(未来)の世界ではあるけれど、時代が少し先だね。ここには未来神が……」
こばるとは辺りを見回してからアヤに再び口を開いた。
「ちょっと待ってて。未来神、探してくるから」
「あ! 待って……」
こばるとはアヤの返答を待たずに走り去ってしまった。
「ね、ねぇ……私、どうしたら……」
困って固まっていると、軽い感じの男に声をかけられた。
「あんた、神だろ?」
「えっ……え?」
アヤは困惑したまま振り返り、声をかけてきた男を見上げた。身長がかなり高い上下スウェットの若そうな青年だった。
赤い髪、赤い瞳で頬に赤いペイントの変わった男だ。
「どちら様……」
「ああ、俺は時神未来神、湯瀬プラズマだ」
プラズマと名乗った青年は先程から皆持っている平たい機械でなにかを確認してから、アヤに再び向き直った。
「あ、あの……それ、なんですか?」
アヤはプラズマがいじっていた携帯電話のようなものを指差し、尋ねた。
「これ、知らないの? スマートフォン。スマホだよ。いつの時代から来た? あんた」
プラズマの声がどこか鋭くなる。
「いつの時代って……」
「時神現代神だろ、あんた。時渡りは犯罪なんだよ。そもそも、時を渡れるのは人間の力と時神の力が混ざる『ロストクロッカー』か『タイムクロッカー』のどちらかだ。あんたは……未来見ができないからわからねぇが、『彼』の発言から寿命の現代神だな? ロストクロッカーだ」
「……? な、何を言ってるのか……わからないわ」
「だから……」
戸惑うアヤにプラズマの声が鋭く刺さる。
「ロストクロッカーだと言ってるんだ」
アヤの眉間に銃があてられた。
「や……やめて……偽物……ですよね?」
アヤの言葉にプラズマは眉を寄せてからアヤの足元を銃で撃った。音はなかったが地面がえぐれ、焼けていた。
「ひっ……」
「……やりたくない」
「え……?」
「やりたくないな」
プラズマは顔を歪めて迷っている。
「……なんでさっきから殺されそうになってるの? 私」
アヤは涙を浮かべながら怯えていた。わけがわからなかった。
まず時神とはなんだ?
「……どうなっているんだ。なんか、変なんだよ。とてつもない違和感だ。なぜ、ロストクロッカーは『消えなくてはいけない』んだ? そもそも……そんな言葉、そんな状況はあったのか?」
プラズマは銃をおろした。
「殺さなくちゃいけないのか? 彼が……『立花こばると』が嘘をついていることもあるんじゃないのか」
「なんでこばると君を知っているの? 知り合いですか?」
アヤが尋ねた時、地面が突然に爆発した。
「危ない!」
プラズマはアヤを抱え、避けた。まるで爆発する場所がわかっているみたいだった。呆然としていたら上から鉄柱が落ちてきた。
「きゃあ!」
アヤは叫び、プラズマはまたも前もって避けた。
「未来見……こんなに色んなことが起こるとは……過去にあったことの歴史を動かして俺を殺すつもりか」
プラズマはアヤを放してから、アヤに向かいそう言った。
「な、なんで、私があなたを殺そうとしているみたいな話し方をするの? あなたが私を殺そうとしてるんでしょう!」
アヤは怯えながら叫んだ。
「……なに言ってるんだ、あんた。歴史を動かせるのは現段階で人の力と時神の力を両方持つ『タイムクロッカー』と『ロストクロッカー』だけだ。
あんたは劣化している時神『ロストクロッカー』だからこの世界から消えなきゃならない。それが嫌であんたを消そうとした俺を、今、殺そうとしたんだろ?」
「……?」
プラズマの発言は何もわからなかった。先程の時神過去神にも同じようなことを言われた気がする。
自分が『ロストクロッカー』だから『劣化異種』だから過去神と未来神に殺される。
それが嫌で酷い歴史をこの場で起こして、未来神、過去神を殺そうとしている。
そう二人から言われた。
「わからない……。そんなこと考えたこともない」
「あんたは小柄な女の子だ。俺みたいな背の高い男や過去神栄次みたいな力の強い男には勝てないと判断したんだろう? かわいそうに、そんなに震えて」
プラズマは同情した顔でアヤを見ていた。
「だから! そもそもあなた達を襲う気なんてっ……」
アヤがそう発した時、足の震えから後ろに倒れこんでしまった。
後ろには噴水があり、アヤは噴水の池の中へ水音と共に落ちた。
目の前が真っ白になった。
「うそだ……。僕がいなくても勝手に水時計が!」
おそらくこばるとのものだと思われる声が遠くに聞こえる。
……そういえば、なぜ、私が襲われている時に彼がいないのだろうか。
過去神も未来神も探しにいかなくても目の前にいたというのに。