ロストクロッカー4
同時期、ある宇宙空間にて。
「……時神の歴史改ざん、完了。立花こばるとの消去のため、ロストクロッカーシステム、起動します」
赤髪の羽織袴の少女は隣にいた黒髪の少年に目を向ける。
「すごいね。あの時の世界改変で覚えたやり方なの? 君、世界改変時に神々の記憶を消す役目だったでしょう? ナオさん」
「ミナトさん、その通りです。それの応用です。神々の記憶を消去し、別の歴史を埋め込む技術です」
「立花こばるとはアヤを連れて江戸に行ったみたいだけど?」
黒髪の少年アマノミナカヌシ、ミナトに歴史神ナオは軽く頷いた。
「彼は逃げられない。ロストクロッカーシステムは参(過去)にいる栄次さん、肆(未来)にいる紅雷王さんにも有効で参に逃げようが肆に逃げようが関係なく、あの二柱も許さないでしょう」
「うーん、僕が見る歴史ではロストクロッカーはアヤだと思われていて、タイムクロッカーはこばるとだと思われているという話になっているようだが」
ミナトは心配そうに尋ねてきた。あまりこの件は好きではないと顔が言っている。
「問題はありません。一度のみ転生をしたこばるとさんとは違い、アヤさんは時神のバックアップ。人に近く、時神の意味を持っていないので常に転生し、新しい。現代神は常に変わりゆく現代を生きるべきです。毎回転生していた方が毎回気持ちも新しい。
こばるとさんは感じてきた過去も、これからの未来も考え始め、現代神として機能してません。アヤさんがシステム上、現代神になるのが正しい。それは過去神、未来神共にシステム上、『わかっている』はずです」
ナオの言葉にミナトはため息をついた。
「それはあなたがシステムを変えたからだ。僕は様子見を提案したはず。現代神の定義は難しい。そもそも人間は現代をうまく、くくれない。現代がよくわかっていない。僕は曖昧でもよいのではと思う。人間が決められないのに、人間から生まれた神が人間の理を無視してはいけないかと。だからこばるとはハッキリせず、曖昧なんだろう」
「……いや、この際、ハッキリさせるべきだと感じます。未来、過去はハッキリしてますから」
「僕はわからない。それは歴史神の独断ではないか」
ミナトは眉を寄せる。
ナオはミナトの言葉を聞かず、歴史的に現代をハッキリさせるため一生懸命だった。元々、現代神は存在がハッキリしない。
「現代」のくくりがわからないからだ。そのため、現代神という時神はいなかったのではないかと言われていた。
それが、江戸あたりから存在している。立花こばるとは一度の転生のみで現代神の存在を確立させた。バックアップのアヤは常に転生し、現代という『今』を取り入れ続けているようだ。
ナオはそれに目をつけ、未来や過去を考え始めている曖昧なこばるとをこの際、排除し、常に新しい『今』を持つアヤを現代神にするべきだと考えていたのである。
アマノミナカヌシ、ミナトはそれを危険だと感じていたが、観測が主なミナトは見ているしかなかった。
アヤはこの世界の楔でもあり、こばるとが一度の転生で現代神を確立したようにアヤも時神の力を持つ「なにか」として神力を安定させるはずだ。
自分の力に気づいた時……バックアップとしての転生は終わり、こばるとが現代神を継続し、アヤは時神神力を持つ別の神へと移行するはず。
「……世界の予想を裏切った先に何があるのだろうか? 今より幸せな未来があるのだろうか? 紅雷王さんには何が見えてるか」
ミナトは弐の世界を眺めつつ、宇宙空間から壱の動きの観察を始めた。
アヤとこばるとの運命が狂い始める……。
※※
アヤはめまいがする中、目を開けた。目の前を青物売りが走り去り、二本差の侍が歩き……頭にはマゲが。
世界は平坦になり、マンションなどの高いビルはない。長屋が沢山あり、前掛けをした子供達が着物を来た女性らと遊んでいた。
「……え……え?」
アヤは目を疑った。
なんだ、ここは?
まるで江戸時代だ。
「江戸に飛べた。これでアイツに襲われなくて済む。それで……」
こばるとの発言にアヤは顔を青くした。
「え……江戸? 江戸時代?」
「あ、うん。江戸時代だね。過去神が近くにいるかも」
「か、かこしん? な、なにそれ……ほ、本当に江戸なの?」
「そう。ここは参(過去)の世界の江戸。通常はいけないさ」
こばるとは先程から宇宙人と会話をしているかのようにアヤにはわからないことを言う。
「どういうこと……なのよ?」
「まあ、色々あるんだよ。せっかく江戸に来たから、色々見てってよ」
わけがわからないままアヤはこばるとの言葉を聞いていたが、ここがどうやら江戸時代であることは理解した。江戸時代なんて学校の教科書のイラストでしか見ていない。少しだけ感動した。
「本当に江戸……」
辺りを見回していると侍にぶつかってしまった。
「……大丈夫か。前を向いて歩け。それがしは武士ではないが……武家ならば大変だぞ」
「ご、ごめんなさい」
侍は鋭い目でアヤを見た。
アヤは首をすくめ、怖い顔の侍を仰ぐ。ずいぶんと若そうな総髪の青年だったが落ち着きを感じた。
「……お前、時神か」
「え?」
青年に言われたアヤは眉を寄せた。
……時神?
アヤはこばるとに目を向けたが、こばるとがいなかった。
「あ、あれ……こばると君……」
「参の世界に現れたか。いよいよ劣化異種だな」
「な、なに?」
青年はそんなことを悲しげな顔で言うと、刀に手をかけた。
「一瞬で終わらせる故、動かないでくれ」
なんだかいけない雰囲気だと感じたアヤは活気溢れる江戸の人々に隠れながら慌てて走った。
「まずい。なんかまずいわ!」
半泣きで走ると小さな川が流れる長屋の端に出た。
「はあはあ……っ!」
息を上げていたらすぐ横から剣先が見え、アヤは慌てて避けた。
「立ち止まってくれ。俺はやりたくない。女だとは思わなかったな。やりにくい」
「な、何よ……なんなのよ……」
アヤは動揺しながら刀を抜いた青年を見上げた。
「時神現代神。人間と時神の力が混ざっているぞ。今なら時を勝手に渡れ、歴史もある程度動かせるだろう。このように」
青年がそう言った刹那、江戸の町が急に火に包まれた。人々の悲鳴が聞こえ、必死の取り壊し作業が行われ始めた。
「襲い来るそれがしや、未来神を殺すつもりか? これは天明の大火だ。この時代でもこの場所でもない。歴史を動かし大火を持ってきたな。人の時間を守るそれがしらが人を殺して良いわけはない。今すぐやめろ。歴史を元に戻せ、今だ」
「な、何言ってるのかわからない……」
アヤは震えながら青年に答えた。本当にわからない。
「ああ……怖いのはよくわかる。現代神はいずれ『終わりが来る』。お前はもう、終わりなのだ」
「わからない!」
「人と時神が混ざるお前の過去は見えぬ。だが、新しい時神となるこばるとに席を譲るのだ。時神現代神は『そういうふうにできている』」
「……私は人間! 何を言ってるのよ!」
アヤはわけがわからなくて叫んだ。
「……よくわからぬ。過去見ができぬ。過去見をしてみる……か?」
「……よくわからないわ!」
青年がそう言い、アヤが頭を抱えた時、こばるとが入ってきた。
「アヤ! 行こう!」
こばるとが紙に書かれた『現代の時計』をかざすとアヤは白い光に包まれて消えた。
青年、白金栄次は刀を鞘にしまい、切なげに空を見上げた。
火事はなくなっていた。まるでなにもなかったかのように人々は歩いている。
「やはりそれがしは刀を向けられぬ。現代神はそういう風に本当にできていたか? 疑問が残る」
栄次は着物を翻すと去って行った。