ロストクロッカー2
両親に似ていなかったアヤは家庭を壊すことを恐れ、さっさと家を出た。
実はアヤという名前でもなかった。だが、遠い記憶で自分をアヤと呼ぶ優しげな顔の男女がいたことをぼんやりと思い出したため、アヤと名乗ることにしたのである。
「ネギは買った、にんじん買った、チョコとティッシュ……」
アヤは携帯電話のメモ機能を見つつ、買ったものを確認しながら家へと向かっていた。今は格安のアパートを借り、バイトをしながら学校へ通う日々を送っている。
マイバッグが流行り、アヤもマイバッグで買い物をしている。
アパートの部屋は三階。エレベーターはついていない。
重い買い物バック片手に階段をのぼった先で黒い髪の少年が座り込んでいた。
見た感じ子供だったので、アヤは声をかけた。
「大丈夫? どうしたの?」
「あ、大丈夫……だよ。ただちょっと……」
少年は動揺しながら辺りを見回している。
「あの……」
アヤは少年の状態が虐待されていた頃の自分に似ていると感じた。何かに恐怖を抱いている顔。
誰にも頼れないと諦めている顔。
「だ、大丈夫……」
「うちに……あがる?」
アヤはなんとなくそう声をかけた。少年は顔を歪ませ、涙ぐむと「大丈夫」と答えた。
刹那、銀髪の着物の青年が上から急に飛んできた。
「え?」
アヤは驚き、二、三歩さがる。
「また、きたか……」
少年がそうつぶやき、苦しそうに叫ぶ。
「僕を殺しにきたんだろ!」
「まあ、僕はやりたくはないんですがねぇ……。ヒメちゃんが君の人間時代の歴史を消さないといけなくなるのがかわいそうなんで」
銀髪の青年はそんなことを言うと、少年を雷で多数貫いた後、鉄のように固い水の槍でトドメをさした。少年は光りに包まれて消えていった。
「え……」
アヤは呆然と立ち尽くした。
なんか忘れている気がする。
思い出せない。
「時計は売ってるとつい見ちゃうのよね」
アヤはスーパーの帰りに日用品コーナーで長居をしてしまった。
野菜のついでにスイーツまで買った。
「夕飯作る時間が……」
アヤは歩道を足早に歩く。夕方になってきてしまった。
学校の帰りにスーパーはやはり少し遅くなる。
アパートの部屋は三階。
階段を上がり、ドアの鍵を開ける。
誰もいないので「ただいま」は言わず、そのまま靴を脱いで部屋の電気をつけた。
エコバックを置き、中身を取り出そうとして固まる。視界に誰かが映った。
「きゃあっ……」
アヤは悲鳴を上げた。
アヤの目の前に立っていたのは黒髪の少年だった。
「え、あ……こども? なんでうちに……」
「まあ、それはいいんだけど……僕、ちょっと狙われてて……かくまってほしいんだ」
「どういう状態かわからないのだけれど、はやく警察に保護を……」
アヤがそう言った時、ドアのチャイムが鳴った。
少年はアヤの手を引くと、なぜか時計に向かって走り出した。
「ちょっ……」
少年が時計に手をかざすと白い光が溢れ、緑色の電子数字が舞い始める。
アヤは眩しくて目を閉じた。
「ふう……」
少年はため息をついた。
アヤは恐る恐る目を開ける。突然に色々起き、頭がついていかない。
「えー……」
アヤは辺りを見回した。
窓から光が差している。
「光が……? 夕方だったはず」
机の上に昨日置いたはずのスーパーの激安商品のチラシが。
今日、買い物してスーパーのリサイクルゴミ箱に捨てたはずだ。
鳴っていたチャイムはもう止まっている。
「どういう……」
「昨日に行ったんだよ」
少年がそんなことを言った。
「昨日?」
アヤはひきつった顔で少年を見る。
「そう、時計を使えば年代に合わせた時期に飛べるんだ。ここに江戸時代の時計があれば、江戸に飛べる」
「……江戸時代……この辺に江戸の時計あるわよ」
「え?」
「私、時計好きなの。近くに時計博物館があって……」
「そうなの? 行ってもいい? 一緒に来てよ!」
少年は目を輝かせてアヤに言った。
「え? ええ……と、私と?」
アヤは少年の強引さがよくわからなかった。それと同時に何かに巻き込まれるのではという気もしてくる。
「うん、アヤと」
「……なんで、私の名前を?」
「あー、えーと、実は遠い親戚なんだ! 調べて会いに来たんだよ。僕は立花こばると、よろしく!」
少年はこばるとと名乗ると不自然なくらい明るく言ってきた。
「時計博物館、行ってみたいな!」
「……えー、信じられないけれど、今は昨日の朝、十時で……これから時計博物館に行くと?」
「そうそう!」
戸惑うアヤを連れ、こばるとはどこか慌てた様子で玄関のドアを開けた。
玄関のドアを開けた先に銀髪の青年が立っていた。
「……っ!」
「時計を使って昨日に移動したのですかね? この辺周辺を徘徊していれば、君の神力はけっこう簡単に見つかります」
アヤが少年を追い、廊下に出てきた。
アヤが廊下に出てきた時には少年は雷に貫かれ、鉄のように固い水の槍で突き刺されていた。
少年は呻くと白い光りに包まれて消えた。
「あまの……みなかぬし……ミナト……どうしたら……」
少年は最後に謎の言葉を残した。