すべての結果は?3
栄優、栄次、サヨは姉の世界の前にいた。
「しっかし、Kというのは不思議なもんだ。なぜ、個々の世界がわかる? すべての心がこの世界にあるというのに」
栄優は不思議そうにサヨに尋ねた。
「教えてもらえば、わかるもんはわかるの。ほら、なんか話があるなら待ってるから行ってきて」
「わかったよ、お嬢さん、ちょいと待っててな。栄次、行くぞ」
「はい」
栄次は一応兄ということで、丁寧に返事をした。
二人はサヨを置いて、姉の世界に入った。姉の世界は夕焼けが美しい村の世界だった。
栄次が過ごした村の世界。
「いいか、栄次。姉上はもうこの世界にいない。残り香のように世界だけあるんだ。ここも後に消える」
「……はい」
「消える前にここに来れて良かったろ?」
「ええ」
栄次からは淡白な答えしか返ってこない。
「あんたはずいぶん、泣き虫だったようだねぇ」
「ええ、姉には迷惑をかけたと思います」
「生前、姉上には会ったことはないが、ここで実は出会ってるんだ。ついこないだだよ。壱と参(過去)、肆(未来)の時神が統一されたんだろ? それでワシに知らん記憶が流れてきてだな、おそらく参(過去)のワシだ。あんたがいた世界、参に存在したワシの記憶」
栄優は夕焼けの世界を見回してから栄次に目を向けた。
「……そうですか」
藤原の残酷な歴史を見た後なため、栄次は栄優を好きにはなれそうになかったが、栄優は自分と同じく何も知らなかったのだ。
「あんたの姉上……姉者がな……」
栄優は夕日に照らされた田畑を観ながら続けた。
「なんでワシを呼んだのか、よくわからんのだ。どういう状態だったのかもよくわからん。ワシなんて全く関わってなかったのに」
「……」
「だが、栄次に伝えてくれと言われた。あんたが栄優の次なんかじゃないこと、立派に力強く生きたこと……」
「……」
栄次の背中から柔らかい風が通りすぎる。この村は気持ちの良い風がよく通りすぎていた。
「あらためて……伝える。栄次、姉者はもういない。姉者は死んだ後、お前が時神になったことを知った。立派な神になったのですね、ならば後悔はないと消えていったよ」
栄優が話している途中から栄次の目に姉と栄優が話しているところが映った。
三直線に並ぶ過去、現代、未来のうち、参(過去)の世界の栄優か。
「栄次にそっくりですね、栄優」
何百年前から変わらぬ姿の姉が栄優に笑顔を見せていた。
「姉上で?」
「そうですよ」
「栄次とは?」
「あなたの双子の弟です。あの子はこちらにきていないようで」
「まさか……生きているわけはないでしょう?」
栄優は苦笑いを浮かべ、姉は「あるいは……」と続ける。
「神になったのかもしれません。あの子は昔からそういう所がありましたから」
「神……まさか」
「まあ、それは良いのです。もし、あの子に会ったら伝えて下さい。私は……」
柔らかい風が栄次を撫でていく。栄次の頬を涙がつたう。
「当時、不吉と嫌われた双子だが……姉者はお前をかわいがったようだな」
栄優は栄次が過去を見ることができると知り、多くは語らなかった。この世界で姉が話したことはこの場の過去見でわかるはずだ。
「……俺は……いえ、それがしは……姉者がかか様でした」
栄次は涙を流しながら微笑む。
「姉者……それがしは……姉者が思うような立派な男ではございませぬが……姉者がそれがしを立派と呼ぶならばそれは大変誇らしく思います」
栄次は夕焼けの空を見上げた。
「話はこれだけだ。言っておかにゃあならんだろと思ってな」
栄優は夕焼けに照らされた村を栄次と眺める。
「ワシは外の世界など知らなかったんだ。ワシは体が弱くてずっと寝ていたよ。短い人生だったもんだが、死んでから色々起こるとは思わなかった。あんたはどうだったよ?」
栄優に尋ねられ、栄次は少し考えて口を開いた。
「……俺は神になってから様々なことが起こりました。こんな長い神生になるとは思いもよらず」
「なるほど、ちがいない。他に聞いておきたいことはあるかね?」
「……ございません。すべて……『見えた』ので」
「そうかい」
栄次と栄優は淡白な会話をすると、生き別れた双子同士でお互い挨拶をかわした。
「私は藤原栄優です。白金栄次殿、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、白金栄次です。藤原栄優殿、よろしくお願いいたします」
二人は双子としてお互いに握手をした。
※※※
更夜、逢夜、千夜は憐夜の墓を白い花畑の横に作り始めた。
ここなら墓から白い花畑のすべてが見える。
「墓を作るのはいつぶりか」
更夜はスズの墓を作った時を思い出した。
計画性がなかったので、花が見つからず、必死に歩いて探した。
妻の時はただ土をかぶせた。
何も考える余裕がなかったのだ。
更夜が石を積み重ね、千夜が線香を持ってきて、逢夜が花を摘んできた。
石の前に花と、筆、死ぬ間際に憐夜が描いた絵を置いた。
ここはサヨの世界で季節はあるが動物などはいないため、墓を荒らされることはない。サヨの世界なため、暴風雨などの天候でも、お墓だけ何も被害はない、永遠にそのままという不思議な現象も起こせる。
三人はできた墓を眺めた。
墓を眺めている内に、やはり和解したかったという後悔が襲ってくる。
残された者のむなしさを深く知った。
しばらく何も話さずに三きょうだいは個人個人で手を合わせ続けた。
「おじいちゃん! ばあばっ!」
ふとルナの声がし、三人は振り向く。
「ルナ……」
千夜、更夜は小さくつぶやき、逢夜はただ見つめていた。
「ルナはね、憐夜とお友達になってたんだ」
「……そうか」
千夜が微笑み、ルナを撫でた。
「一生懸命、引きとめたんだ……」
「そうか」
ルナの目から涙があふれ、更夜がルナを優しく抱きしめる。
「なんで……こうなっちゃったんだろ」
「これは憐夜の選択だ。ルナが心を痛める必要はない」
「憐夜は、絵描きになりたかったんだ。皆の過去を見たよ。なんであんなヒドイことを憐夜にしたの」
「ああ、ひどかったよな」
ルナに更夜は静かに答えた。
「……」
千夜は目を伏せ、逢夜は墓をじっと見つめた。
「ひどかった、本当に」
「おじいちゃん……」
更夜は震えながらルナを抱きしめ、泣いていた。
「なぜ……あんな非道なことができていたのだろうか……。俺はずっと考えてるんだ。もし、まだ父が生きていて……俺達が支配されていたら、お前にもサヨにも俺はヒドイことをしていたのかと。自分の娘も支配していたのかと……」
「……更夜、それは私もそう思う」
震える更夜に千夜が優しく同意した。
「私も父の支配から抜けられず、あの時に死んでいなかったら、息子を虐待していたのかと」
千夜の横で逢夜も口を開いた。
「俺も、もしあの時に生き延びて、子供ができていたら、虐待していたかもなと感じる。俺はおそらく、殺してしまうだろう。そして凍夜の術でずっと支配されていたにちがいない」
三人はそれぞれ憐夜を思い出しながら語った。
「おじいちゃん、ばあば、おじさん、ごめんね」
ルナは三人にあやまった。
三人は自分達のことがよくわかっている。ルナが責めても状態は変わらない。憐夜はもういない。
「ルナは……憐夜とお友達になりたかったよ。興味なかったけど、絵を教えてもらおうかって思ってたんだ。一緒に暮らす未来もあったんじゃないかなって」
ルナと更夜、逢夜、千夜はお墓を前にたたずんだ。あたたかい風が通りすぎ、四人を優しく包んでいた。もうすぐ、夏なのかもしれない。弐から消えたらどうなるのか、誰もわからない。
弐ですら壱とは次元が違うのだ。ルナ達が知らないような旅をしていくのかもしれないし、この世界に甦るのかもしれない。
「残念だよ。憐夜はまだ、楽しいことがこれから起こったかもしれないのに」
ルナは憐夜が描いた絵を眺めながら、子供らしい発言をした。
「これから一緒に遊べると思ったのに、友達になれたかもしれないのにさ」
ルナの言葉は風に乗り、空へと舞って消えていった。
「……さよなら、憐夜」