子供は知っている5
天記神の図書館内。
天記神は捕まえたナオに問いただしていた。
「ナオさん、今回の件はまずいですね。わたくしもかばいきれません。西はあなたを裁くかもしれません。それで明るみに出るものは多い。ヒメちゃんは同じ西軍として困ってますわ」
「……私がやったことは間違いだったのでしょうか……」
ナオは天記神と対面に座り、小さくつぶやいた。
「もうどちらにしろ、いままで通りにはいかなくなる。立花こばるとさんの件は逃げ切れないでしょう」
「あれはアヤさんのが適応だと判断しただけです!」
「ですが、あなたは『偽の記憶』を時神に渡しましたよね?」
天記神は扇子を広げ、鋭い目付きでナオを見た。
「そ、それはっ……こちらと向こうに分かれる時に記憶を消せと三貴神に……」
「アマテラス様、ツクヨミ様、スサノオ様を悪く言うことは許しません。記憶を消した後に、あなたがしたことが問題なのです」
ナオは蒼白になり、天記神に頭を下げた。
「お許しくださいませ……」
「歴史神に相談なく、あなたの独断で現代神として機能できなくなっていたこばるとさんを『偽の記憶』で存在を消させた……その罪がもうかばいきれないと言っているのです。
そして今回、こばるとさんを思い出してきているのはリカさんがこちらに来たせいであると気づいたあなたは、アマノミナカヌシを消滅させようとしましたね?」
天記神に睨まれ、ナオは下を向いた。
「わたくしは東軍ですが、歴史神の主として西軍のあなたを裁かなければならなくなるかもしれません。西軍タケミカヅチ、剣王への報告はヒメちゃんにやらせます。ムスビさんは今回、外します」
「む、ムスビは……」
「あなたの味方でしょうから」
天記神は青い顔のナオにはっきりと言った。
「……はい」
「それで、少し前にトラッシュボックスである黄泉が開いたことで世界統合前の記憶を思い出してきた時神達にロックをかけたいのですが、どうも収拾がつきません。南の天界通信本部所属の稗田阿礼さんと太安万侶さんに今回の歴史を記載させ、あなたの書店に保管させます」
「そ、それでは私がやったことが明るみになってしまいます!」
ナオは冷や汗をかきながら立ち上がった。
「おかけなさい。少し、やりすぎましたね。わたくしはすべてあなたをかばってきましたわ。こばるとさんの件はもう言い逃れができないのです。アヤさん、栄次さん、紅雷王さんを元に戻す過程で、こばるとさんを消滅させた部分を切り取ることは不可能。わたくしの上司、ワイズはとっくにこの件は知っておりますよ。
ただ、あなたが剣王軍なため、傍観しております。知ってか知らぬかわかりませんが、タケミカヅチの神力の元はスサノオ様です。あなたはスサノオ様に攻撃をしましたね? どうなるかわかりませんわよ。
どちらにしろ、以前の記憶に戻すのは不可能です。あなたは時神を元に戻すための歴史の確認をし、時神の修復作業をするのです。その歴史をムスビさんに結んでもらい、修復は完了します。
そしてその後、時神の歴史にロックをかけることは不可能です。以前は紅雷王さんはアマテラス様の力を封印されてましたが、リカさんの影響で思い出しました。ワイズが紅雷王さんのアマテラス様の力を封印しようとしましたが、アヤさんの巻き戻しにより封印はできなかったようです」
「……望月凍夜の事件の話ですね。わかりました……。もう逃げられないということも……。仕事は全うします……」
ナオは静かに席に座り、うなだれた。
「リカさんの影響を考えておけばよかったと考えていますか? あの時、リカさんが剣王に消されれば良かったと思いますか? リカさんのループ時に彼女の歴史を知らなかった自分を責めますか?」
「ええ。あの時、歴史書店に栄次さんとリカさん、剣王がやってきて、剣王がリカさんを殺そうとしていて……彼女は時神になるためループしていたこと、別の世界の神なため私の情報がなかったこと、剣王が現れた時、ムスビに『自分達を裁きにきたんじゃないようだ』の一言で安心しきっていたこと、すべてが甘かったんでしょう」
ナオは天記神に助けを求めるように切羽詰まった顔で答えた。
「……かばいきれないとはいえ、あなたは神々の歴史管理、修正が仕事で、わたくし同様に世界改変から『思い出してはいけない過去』を覚えていなくてはならない歴史神。あなたを守ります。ただ……」
天記神は鋭い瞳でナオを射貫き、続ける。
「わたくしに隠れておこなったことは許しません。わたくしは木々や本からあなたを見ることができます。あの後、望月憐夜さんが暴走し消滅、望月ルナさんは時のない空間を出し、弐の世界の破壊システムトケイが作動、時空神に対処を頼む事態になりました。罪は重いですわ」
「も……申し訳ありません……」
ナオが震えながら額をつけて謝罪をする。
「好き勝手やっておいて、見つかったらあやまるのね。あまり古参の神をなめるんじゃないわよ。霊史直之神」
天記神がナオを睨み付け、強い神力にあてられたナオはその場で平伏をさせられた。
「も、申し訳ありません……。お許しを……」
「許しません。わたくしも背負うものがございます。では、速やかに時神を戻しなさい。人間時代の彼らの歴史は結び終わりました。あとは神々の歴史を元に戻し、ムスビさんに結んでもらうだけです。後はわたくしと時空神がおこないます。
一年一年の年を結ぶ年神、クゥさんにも協力をしていただかなくては。もう一度、一年毎に歴史を確認して時神を形にします。
いいですね? もうこばるとさんの記憶の封印はできません。彼らは覚えています。あなたは罪を認めるのですよ。あなたを守りはしますが」
「……はい」
天記神はナオの小さな返事を聞き、扇子を閉じた。
※※
サヨとリカと栄優、スズは寝ているプラズマと栄次の部屋に赤ちゃんのアヤを連れてきた。
「さあ、いつ彼らは戻るのか!」
栄優はひとりだけ楽しそうだ。
「……そんな簡単にいくのかなあ。弐の世界だから?」
サヨがアヤを抱っこしながら苦笑いを浮かべた。
「サヨ、私はルナが戻したらしいんだけど……」
リカはサヨに困惑した顔を向け、言葉を発した。
「ね、ルナがリカを戻せるんだよ? そんなに簡単なわけ?」
サヨは軽く栄優を睨む。
「あー、睨まれても困るがね……。リカちゃんとルナちゃんは発生の仕方が同じだったとかそういうのじゃねぇのかい?」
「発生の仕方……」
「いや、知らんよ、本当は」
栄優が答えた時、床に大きな五芒星が現れた。
「テンキさん、始まりましたかい?」
栄優は神力電話で天記神に尋ねた。
『ええ、ようやく。修復作業も問題なく終わりましたわ』
天記神の声が聞こえたすぐに、栄次とプラズマが元に戻った。
その次にアヤが白い光に包まれ元に戻った。
元に戻る、文字通りで単純に大きくなったのではなく、一瞬で彼らの時間だけ『元に戻った』。
服が着れなくなり破れたりすることもなく、小さくなる前の彼らの時間だけが巻き戻った感じだろうか。
「一瞬で元に戻ったけど、大丈夫なのかな?」
リカが心配し、呼吸を確認する。寝ているようだ。
「寝てるね」
「時間、巻き戻した感じだよね」
サヨとリカは歴史神がどうやって三人を元に戻したかわからず、不気味に思っていたがとりあえず、元に戻ったことに安心をした。
最初にプラズマと栄次が目を覚ました。
「んあ?」
「む……」
それぞれの反応で起き上がった。
「俺はなんで寝てるんだ? 栄次も寝てたのか? アヤも……」
「サヨ、リカにスズ、俺達はどうなっていた? ……む! えー……」
栄次は起きて早々に同じ顔の男に驚くことになった。
「栄次が二人いるぞ!」
プラズマも驚き、何度も目をこすった。
「あー……ワシは栄優、藤原栄優だ。歴史神で栄次とは関係ない」
栄優の言葉に二人は一時、固まった。
「どうやら、双子らしいんだけど、お互いがお互いを知らないみたいなのよ。それより良かったね、元に戻って。なんか不気味現象ではあったけど」
サヨが答え、栄次はずっと栄優を見つめていた。
「で、俺達もアヤも昼寝してたのか?」
プラズマは混乱しながらリカに尋ねた。
「えー、覚えてませんか? 私も含めてサヨとルナ、更夜さん達以外、皆子供に戻っていたんです。どこまで記憶あります?」
リカに逆に尋ねられ、プラズマは眉を寄せた。
「……栄次、どこまで記憶……」
プラズマが栄次に話を持ちかけ、栄次の顔を見て口をつぐんだ。栄次が悲しそうに泣いていたからだ。
「オイ、なんだい?」
栄優は半笑いで栄次を見ていた。
「ああ……」
プラズマ、他の時神は皆理解していた。
……過去を見ている。
栄優から流れる過去を見ているのだ。
楽しい過去なわけはない。
時神達は言葉を発せず、黙ったままでいた。