子供は知っている2
憐夜が消え、空間は戻った。
急に現れた千夜、逢夜は黙ったまま宇宙空間を眺めた。
「呼ばれたんだ」
千夜がつぶやき、逢夜は頷いた。
「憐夜と母に私も呼ばれました。お姉様」
逢夜は目を伏せ、考える。
「憐夜が無意識に呼んだのか。さっきの世界は憐夜の世界だった。本人は思い出したくないと言っていたが……彼女はあの世界しか知らないんだ。だから、彼女の心の世界はあそこだけだ。……つまり……」
「彼女は私達に救いを求めていたのかもしれないな。ぶつけることで気分が晴れると……」
千夜はうなだれている更夜を見る。
「更夜、お前のせいではない。私達は憐夜との和解ができなかった。私達は憐夜との後悔をなくすことはできず、まだこの世界をさ迷うだろう。彼女からすれば、復讐になる」
「……はい」
更夜は短く千夜に答え、立ち上がった。
「憐夜は消えたんだね」
芸術神ライがつぶやき、ルナは悲しそうに三きょうだいを見た。
「なんで……消滅を選択したの!? 憐夜はバカだよ……」
納得しないルナにライが答えた。
「そういう選択肢もあるってこと……。運命を恨んで、残ってる者に復讐することで気分を晴らして消える。私も、私の元が存在しないまま、神として生きないといけない。憐夜の運命に関わった者達に引っ掛かりという復讐をして消える……か」
「なんか寂しいね」
ルナは単純にそう思った。
「憐夜はきっと今も世界を恨み続けてると思う」
ライがせつなげに答え、ルナは口を閉ざした。
ルナにはわからなかった。
「えーと……」
サヨが状況わからず、とりあえず声を上げる。
「お姉ちゃん、憐夜、消えたよ」
「消えたって……あの子、Kだったんじゃね?」
サヨはルナに尋ね、ルナは頷いた。
「うん。弐を壊そうとしたんだ。平和を願うKが……」
「そっか……何も言えないわ」
「お?」
複雑な表情のサヨの横で栄優が声を上げた。
「なに?」
「歴史神が栄次とプラズマを元に戻すようだ。元に戻るところが見たい!」
「えー、空気読んでよ……」
「……帰ろう」
きょうだい達を眺めながらつぶやいたサヨに更夜が小さく言った。
スズを撫で、トケイを見、更夜はもう一度言う。
「帰ろう」
「でも……」
「憐夜は……俺達を許さなかった。それで、いい。墓を……作ってやりたいんだ」
更夜の言葉に千夜、逢夜も頷いた。
「……うん」
サヨは深く聞かなかった。
ただやはり、Kは平和的思考を持たなくなると消滅してしまうのだと再確認した。
Kが狂うことは世界のバランスを崩すこと。即座に別の何かにならなければ種族は意味をなさなくなる。
「よくあること、なんだろうな」
サヨはそうつぶやくと、皆を連れて進みだした。
「あの……お姉ちゃん」
か細い声を出したのは壱のルナだった。
「ルナやっと見つけたけども、あんたはもう、帰りな。全部、夢の処理になるけど、学んだこと、いかしなよ。ママもパパもあんたが目を覚まさないから今頃パニックかも」
「え、ええっ……」
壱のルナは戸惑い、涙目になる。
「あ、僕が現世に送ろうか?」
トケイが小さくサヨに声をかけた。
「あー、そうだね! そうしてくれる?」
「ルナも、ついていっていいかな?」
こちらの世界のルナが小さく手を上げた。
「あんたは、現世手前の天記神の図書館辺りで引き返しなよ。トケイ君と戻ってきて」
「わかった!」
トケイはふたりのルナを連れ、サヨと反対方向へと飛んでいった。
「ルナ、ルナに……さよなら言うんだよ、ちゃんとね……」
サヨはふたりのルナに向かい、せつなげに言葉を発した。
トケイはウィングを広げ飛んでいく。ルナ二人はトケイにしがみついたまま、宇宙空間を進んだ。
「ルーちゃん、ルーちゃんは向こうに帰った方がいいよ。ここはこういう世界だから」
「ルナ……本当はもう少し話していたいの」
壱のルナ、ルーちゃんはルナを見て寂しそうに言った。
「わかるよ。ルナも一緒にいたい。だってさ、双子だからさ」
ルナは悲しげに微笑んだ。
「うん……わかってる」
「色々……あったね。ルナも混乱してる」
「うん。……色々見たから、わかったこともあるわ。だから、現実へ戻る気になったの」
ルーちゃんは珍しく不安そうな顔をやめた。
「頑張ってね。ルナ、応援してるから。お姉ちゃんからルーちゃんがあっちで頑張ってるお話聞くからね」
ルナが笑顔でブイサインを送る。
「ねぇ、本当にもう会えないし、ルナはルナを忘れちゃうの?」
ルーちゃんがそう尋ねた時、トケイが声を出した。
「話してるところ、悪いんだけど……ここから先に行けば現世に帰れるよ。天記神の図書館前から、気づいたら現世で目覚める。天記神が魂の管理もしてるらしいし、肉体のある魂はちゃんと元に戻してくれる」
「ここから……ひとりで行くの?」
ルーちゃんは不安げにトケイに尋ねた。
「……うん。僕とルナはここまでしかいけない。弐から出たらどちらにしろ、僕らは君に見えない」
「わかった」
ルーちゃんはゆっくりトケイから離れた。
今まで浮いていたが突然重力がかかり、地に足がついた。
「ここからまっすぐ……」
足がついて歩けるが辺りはまだ宇宙空間だ。
「る、ルーちゃん!」
ルナはルーちゃんに叫んだ。
「……ルナ」
「一緒に遊べて楽しかった! ルーちゃんには明るい未来がある! だからまっすぐ……歩いて! ありがとう! さようなら!」
ルナは笑顔で叫んだ。
「ルナも! ありがとう! ルナのおかげでまた、頑張ろうと思ったの! ルナ……さようなら……」
ルーちゃんは涙を浮かべ、走り出した。とどまっていたらいけない気がした。
もう二度と会えない双子。
片方は死んでいて、片方は生きている。
「大丈夫。心はずっとルーちゃんのそばに……ルーちゃんが幸せになりますように」
ルナはルーちゃんの背中に言葉をかける。言霊。
神からの言霊だ。
神のルナから発せられた言葉は優しく人間のルナを包み覆った。
壱のルナは消えた。
現世に戻った。
もう、ルナを思い出さないし、今会ったことも夢の処理となり曖昧だ。
「う……うう……」
笑顔だったルナから涙が溢れた。不思議な喪失感。
もうルナが会いに行っても姿も声も届かない。
一緒に生まれたはずなのに、運命が変わってしまった双子。
ルナは泣いた。
「ルナちゃん、大丈夫だよ。僕はいるから。僕らは僕らの世界があるから。最後まで笑顔で、えらかったね」
トケイはそう言うと、優しくルナを抱きしめてあげた。