ルナの思うこと2
ルナはただ、白い世界を漂い続ける。答えがないまま、流されている。
「ね、ねぇ……ルナを呼んだ?」
ふと、もう一人のルナの声を聞いた。
「え? ルーちゃん?」
ルナはいつの間にか横に来ていた向こうのルナに目を向けた。壱のルナはルナを何とも言えない顔で見つめていた。
「双子でもルナ達、全然違うよね」
ルナは壱のルナであるルーちゃんに軽く微笑んだ。
「そうだね……」
「ルーちゃんはいじめられてる、ルナはママとパパに会えないし、会話もできない……どっちが『幸せ』だと思う?」
ルナは純粋な気持ちでルーちゃんに聞いた。
「……わからない……ルナはいじめられて辛いよ? でも、ママとパパに会えないルナの気持ちはわからないから、辛い気持ちがどれだけなのかルナもわからない」
ルーちゃんの言葉を聞き、ルナは下を向いた。
「そうだよね。気持ちってさ、自分だけのものなんだよ。立ち上がるのも諦めるのも自分なんだよね」
「……そうだよね……」
ルナの言葉にルーちゃんも何かを考え始める。
「ルナはさ、いじめっこに暴力したらダメだったんだよね? ルーちゃんが立ち上がれるわけじゃないんだからさ。……ルナはさ、ルーちゃんの『運命』には関われない『運命』だったんだ。気づいたよ。元々、助ける助けないの位置にすら立ってなかったんだって」
ルナはルーちゃんを横目に見てから、再び目を伏せた。
「……ルナは……暴力はダメだと思ったけど、ルナのおかげでこのままじゃダメかもって思ったの。ルナに会えて良かった。一緒に遊べて楽しい気持ちを知ったから。お友達とね、ルナと遊んだみたいに遊びたいって思ったの」
ルーちゃんはルナの手を優しく握った。
「……ルーちゃん……ルナはね、ルーちゃんの未来を見たんだよ。ルナはルーちゃんの横にいなかったんだ。ルーちゃんは『運命』が重なる人達と一緒に大人になれる。ルナはさ、このままなんだ。でもルナにもさ、『運命』が重なる人達がいて、その人達と一緒にルーちゃんとは別に道を進むんだ」
「……ルナ」
ルナは言っていてなんだか悲しくなってきた。未来を見ることができるルナは何通りもあるルーちゃんの未来を見ることもできる。
ルナは神。
ルーちゃんとは「運命」が交差しない。ルナが関わるのは神や世界だ。ルナは弐の世界に存在する。ルーちゃんとは元々住んでいる世界が違うのだ。
「ルナはね、ルーちゃんを直接助けること、できないんだよ」
ルナは真実に気づき、涙をこぼしながら微笑んだ。
「だって、ルナはもう死んでいて……時神……なんだから」
更夜が言っていたことがよくわかった。ルーちゃんに語ることで、ルナは心がまとまっていく。
「ルナのこと、夢の話になって、ルーちゃんはルナを忘れちゃう。でも、少しだけでも『運命』があるのなら……ルーちゃんは自信持って生きてほしい。逃げてもいいし、頼ってもいいし、喧嘩しても立ち向かってもいいと思うけど、『こっち』には来ないで……」
「え……?」
ルーちゃんはルナを不安げに見上げた。
「こっちはね……死んだ後の世界なんだ。ルナは最近知ったんだけど、だから……ルーちゃんとルナは関われないんだよ」
「……うん。ルナの言ったこと、覚えていたいけど、自信ないかも。ルナ、夢見てることになってるんだよね? たぶん」
「そうみたい」
ルナはルーちゃんの手を握り返した。
「もう一度、頑張ってみようかな……」
「……ルーちゃん、ルナもね、ルーちゃんが頑張るなら、頑張るよ。ルナ、ルーちゃんともうちょっと一緒にいたくて、今、たぶん無意識にルーちゃんを呼んだんだ。もうちょっと、一緒にいてくれる?」
ルナは白い空間でルーちゃんの手を握り、自分とは違う「人間」をただ感じていた。
※※
「待て! あちらのルナが消えた!」
更夜がサヨを呼び止めた。
サヨは弐の世界特有の宇宙空間を飛ぶのを一旦やめ、更夜を振り返る。
「え? 一緒に来たよね?」
サヨの問いにスズが答えた。
「さっきまで横にいたよ」
「下の世界に落ちるわけないし、あたしがいるからさ」
サヨは困った顔で下にある個々の世界、ネガフィルムの世界を見つめる。
サヨが「K」の力をとかない限り、壱の神や人間が落下することはない。
「消えたんだ。現世に戻ったわけでもない。ルナだ。こちらのルナに呼ばれたんだ。あの子達は双子で、関わってしまった時から心が繋がっている。だから、弐の世界内で魂を呼べば壱のルナの魂はルナの元へ寄せられる……」
更夜は少し考えてから答えを出した。
「つまり、ルナに呼ばれたから、もうひとりのルナはこっちのルナのとこに行ったわけね。てか、あっちもこっちもルナ、ルナでわけわからなくなりそう。うちの両親、なんでおじいちゃんと同じ名前つけてんの?」
サヨは眉を寄せつつ、頭を抱えた。
「……お前の父、深夜がお前の母ユリと死んだ片方の赤子を連れて俺の元へ夢として来たんだ。赤子を俺に託した後、俺がその赤子をルナと名付けたんだが、夢を見ていた彼らは記憶が曖昧で、覚えていたその名前が気に入ったらしく、生存した向こうの赤子にルナと名付けたらしい」
「あー、やっぱりそうかあ。『夢』の処理になったんだね……。で、ルナルナに……」
「それより、トケイを追え! 壱のルナはルナの所にいるはずだ……おそらくな……。弐を破壊したのは誰だ……? あの子か?」
更夜は珍しく不安げに宇宙空間の先を見ていた。
「まあ……ルナか、憐夜って子……だろうね……。あの少年を追うならルナを先に見つけた方が良さげ?」
「ああ。なんだか時空が歪んでいるところがある……そこか」
更夜はサヨに指示を出し、時空異常の部分へ案内を始めた。
一緒に来ていたスズは友達として、ルナの元へ行きたいと強く願っていた。
栄優はそれを見、スズに小さく声をかける。
「スズちゃんだったか? あんたは霊だ。神じゃない。支えたい人のことを願えば、その世界に行けるんじゃないのか? ワシらみたいに神になったら無理だがね。ああ、なるほど。あんたも色々あったんだねぇ。戦国時代は嫌だァね、頭のおかしいやつが多すぎる」
「……それはもういいけど、ルナに呼ばれてない」
スズはどこか落ち込んでいた。ルナが呼んだのはスズではなく、双子のルナ。
スズの方が双子の片割れよりも長い時間を過ごしているのに、ルナは双子を呼んだ。
「子供はこういうことで簡単に傷つくんだなァ。こちらから行ってやりゃあいい。あんたは霊だ。親密な神の魂くらい、居場所わかるだろ? 説明できなくてもな。行ってきな。あんたなら、友達の世界に入れるよ」
栄優がそう発言し、スズは前向きにルナの元へ行くことに決めた。
「ありがとう。やっぱ、行ってくるね」
スズは栄優にお礼を言うと、ルナを想い、その場から消えた。
「子供は単純でかわいいねぇ、うんうん」
栄優がにこやかに笑っていた刹那、更夜はスズがいないことに気づいた。
「スズはどこだ……」
「ええ? スズもいなくなっちゃったの!」
サヨが辺りを見回し、更夜はため息をつく。
「ルナが呼んだのか?」
「可能性はあるね……。スズは霊だし……」
更夜とサヨが慌てているのを眺めつつ、栄優はのんびりと「あの少年を追った方がよくねぇかい?」と言葉を発した。