ルナの思うこと1
ルナは真っ白な世界でなぜか浮いていた。どこなのかわからない。どこまでの範囲の時空をおかしくしてしまったのかもわからない。
そもそもルナは時空をおかしくしたと思っておらず、なぜこうなったのかわかっていない。
「わかんない……。もう、わかんない」
ルナはひとり力なくつぶやいていた。
「なんでこんなにわかんないんだろ……」
色々な心に触れてルナは最善がなんなのかよくわからなくなっていた。「運命」だの「存在」だの、考えすぎて自分が固まらない。
「もうこのまま何も考えなければいいのかな。わかんないし……。わかってるけど……なにが正しいかわかんない。このまま、何も考えないでこの場所で浮いているのがルナにはいいのかも……」
……どうせ、ルナはこの世界にいなくてもいいんだし。
マナや憐夜、ライもいつの間にかいなくなってしまった。
ルナがひとりの世界。
心地良いとも言えないが、悪いとも言えない。
ルナは目を瞑る。
憐夜を客観的に見るような謎の映像がルナに流れた。
「もう、考えたくない」
ルナはつぶやきながらも映像を眺める。
更夜の記憶だった。
憐夜を生かすため、必死に考える若い更夜。
絵描きになりたいという夢を応援してやりたいと独断で違反を犯すことに決める。
その更夜に陰ながら賛同する千夜。
何かあれば自分の責任にすると心に決める千夜。
憐夜を殺す前に「生かす」道はないか泣きながら考える逢夜。
憐夜はきょうだい達から愛されていた、必要とされていたという事実は「現実」として「存在」している。
憐夜はこの世界に産まれた段階で関わった人達に深く影響を及ぼし、きょうだい達はこのことを忘れぬよう成長する。
そしてそこから産まれたライは憐夜がいなければ「存在」がなかった。
「運命」とは自分のものだけではないのかもしれない。
他の関わった者達の「運命」にも食い込んでいるような気がする。
「……ルナもか」
ルナは目を瞑ったまま、静かにつぶやく。
では、「平等」とは何か。
「運命」や「存在」がなければ「平等」なのか。
確かに何もなければ「平等」だ。考えることをやめ、世界のモノがすべて一緒に消え去れば、「平等」になる。
運命も存在も、平等という感覚さえなくなる。存在しないということは「無」であるということ。
今の世界ができる前に、滅んだ世界があったとしたら、生命体はここに行き着いてしまったのかもしれない。
「存在」がないのだから、確認したり認知したりすることはできないが。
「難しい」
ルナはやはり、考えることはしたくなかった。わからないものはわからない。
人がここにたどり着いてしまったら、「幸運」や「不幸」という考え方すらなくなり、神が消え、プラスもマイナスもない何にもない世界になり、人は絶滅する。
そのうち、それに気がついてしまった人間の後続になりうる賢い生命体も生きる意味を失うだろう。
難しすぎてルナには理解ができなかったが、ひとつだけ思うことはあった。
それは、
「今じゃない」ということ。
「運命」が絡み合って別の生命体の「運命」に関わるなら、今、この世界を消すのは間違いである。
「幸運」も「不幸」も繰り返しながらお互いに作用している「運命」は「はい、消しましょう」で済む問題ではない。
この世界のすべての生命体に「世界を滅ぼしていいか」聞かなくてはいけないのではないか。
皆、心がある。
「不幸だから消えたい」、「幸運だから世界にいたい」、「普通に生活したい」……これを一気に無くしたら、それはそれで「平等」ではないのではないか。
憐夜のように世界を恨み、なくす方向で動くのは裏から見ると「独裁者」で「自己中心的」だ。
一定の者達からは「ヒーロー」と呼ばれるかもしれない。
ルナが思い描くヒーローはこうではない。
ルナは自分のことをよく考えてみる。
更夜に愛され、サヨにかわいがられ、千夜に守られ、時神達が自分を気にかけてくれる……憐夜の件や様々な「運命」を彼らが乗り越えたからこそ、自分は皆から幸せをもらっているのではないかと。
憐夜がいたからこそ……彼らは変わったのかもしれない。
少なくともルナは自分の想像する恵まれた人生ではなかったが、不幸ではないのだ。
それはまわりからの「愛」で感じる。
「……」
ルナは静かに涙をこぼした。
ルナのように生きられなかった子も……誰かから「愛」や「喜び」を与えられていたに違いない。
「こんにちは」
泣いているルナに「誰か」が声をかけてきた。
「……だれ?」
「俺は名前もなにもないんだ」
ルナと同じくらいの銀髪の少年だった。
「……?」
「ああ、ごめん。俺のパパは望月逢夜でママはセツだよ」
少年はルナの手を握ってきた。
「……おじいちゃんの……お兄ちゃんの……こども? でも……」
逢夜とセツは子を欲しがったが、子供を作ることなく終わった。
「……パパとママ……今はルルかな……俺を想像するんだよ。俺は幸せ。『存在』はしてないけど、俺はパパとママにずっと気にかけてもらえてるんだ」
銀髪の少年は幸せそうに微笑んだ。
「そっか……でもそれ……産まれてないのに幸せなの?」
ルナは純粋に尋ねる。
少年はルナに微笑みながら頷いた。
「俺は幸せだよ。俺は想像でしかないかもしれないけど、存在してるんだ」
「……幸せって……なんだろうね?」
ルナは「存在していない少年」に話しかける。
「幸せかあ……人によってバラつきありそうだけど、『今、幸せだと感じるなら幸せ』なんじゃないかなあ。幸せと感じるのは人生の中でどこだかわからないけど、小さくても幸せだと感じる部分が皆にはあるんじゃないかな。俺が今、幸せに感じてるように」
少年はそれだけ言うとゆっくりと消え始めた。
「待って! 名前! 名前とかなんかないの? おじいちゃんのお兄ちゃんとかルルとかなんか言ってなかったの?」
ルナがなんとか尋ねると、少年は軽く笑って振り返った。
「名前ってさ、産まれたり、『存在』してから決めるもんだぞ」
「じゃ、じゃあなにがいい?」
「なにが……うーん、ヒカルかな」
「え、なんで?」
「なんとなく。ちなみに妹はユメって名前らしい」
少年はそのまま消えていった。
「……ヒカル……ルナは覚えとくね。ユメも覚えとく。また、会えたら……」
ルナは真っ白な世界にまた、取り残された。
もしかしたら逢夜とルルは夫婦の会話の中で子供について語り合ったのかもしれない。
上が男でこういう外見になりそうだ、名前はヒカルとかいいかな?
妹がいたらかわいいな~。
など……。
弐の世界は想像の世界でもある。誰かが『想像』すれば、こちらに『存在』してしまうのかもしれない。
ルナは少しだけ考えてしまった。
この世界に、親に、知ってもらっている自分は『彼ら』より『幸せ』なのかもしれないと。
「それって……誰かを下に見てることにならないのかな」
ルナはいじめを思い出す。
「……ルナのくせに……そう言っていた子が……いた気がする」
ルナは自分の手を見る。
「ルナは……いじめっこが弱かったから、下に見てた。弱いくせにって……」
ルナは望月家の闇を思い出した。
「皆を苦しめていたあの人(凍夜)はすべてを下に見ている感じだった」
……ルナ、わかんない。
ルナはわからなかった。
あの人より「幸せ」だから、私は「幸せ」なんだ、あいつのくせに「幸せ」になるなんて許せない、あいつは自分より「幸せ」だ……人だけではなく、この世界の生き物は誰かより上かが好きで、下を作らないと気持ちが安定しないのだ。
生き物の本性。
純粋な子供は徐々にそれを理解していく。
自分の感情に気づき、その気持ちを隠すようになるのだ。
そして、「あいつのことはもう知らないけど、自分が幸せならいい」という結論になっていく。
人を羨んだり、さげすんだりしないようにするのは自分の心を守るためでもあるのだ。
そのようなことをしないようにしようとするのは、知能の高い人間の理性であり、動物にはないものだ。
人間は「欠陥」なのか「完全」なのか……ヒトからの想像でできた神々は、人間に近いに違いない。