進む先は3
「ね、ねぇ……」
ルナは別世界に足をつけてすぐに憐夜に声をかけた。
「なに?」
憐夜は夕日の照らす世界を背にルナを振り返る。
「もう……やめようよ……」
「やめる? なに言ってるの?」
憐夜はルナを睨んだ。
「だ、だってさ……」
ルナはいまいち「やめる」理由が思い付かなかった。だけれども、何かしらの不安がルナを引き留める。
「えーとさ……」
ルナが困っているとライが横から口を挟んだ。
「憐夜、これ以上、恨みとか怖い感情のままだと……『K』じゃなくなるよ……」
「アッハッハ! もう『K』なんてどうでもいいわ。この世界を作ったアマノミナカヌシを殺してやる。平等な世界は正義。皆が一定。それが一番いいじゃない。ようやくアマノミナカヌシへのアクセスの仕方がわかった。私がどうしようもできなかった『運命』をいじれる!」
憐夜は何かに触れたように笑いだした。
「ナオなんていなくても、世界を見ている『K』はワールドシステムへの入り方を理解できる!」
「ま、待って……」
ライが止めるも、憐夜は何かおかしくなっていた。
「だって! こんな近くに! 不平等を産み出したやつがいるのに! 待ってられるか!」
憐夜は『K』の力ではなく、怒り……負の感情の力が溢れだしていた。破壊衝動だ。
何もかもを壊した後に残ったものが「平等」であり、「無」。
「な、何……? ちょっと、憐夜……」
ライが怯える中、憐夜の瞳が赤く光り、怒りの『神力』がかまいたちのようにライやルナに飛んだ。
「……ルナちゃん!」
ライはルナを引っ張り、逃げ出した。憐夜は怒りに任せ、ライやルナをまず殺そうとしてきていた。
「な、なんで? 憐夜……。それ、破壊神の神力だよ……! ねぇ!」
破壊神の特徴。
産み出す女から殺す。
何もかもをまっさらにする。
覚醒すると声は届かない。
『K』の力はもうない。
憐夜は『K』から破壊神にデータが変わってしまったようだ。
「まず、世界をまっさらに……最後にアマノミナカヌシを!」
憐夜は黒い雷を何度も落とし、この世界を破壊する。
「待って! この世界! 憐夜の世界だよ!」
ライは泣きながら憐夜に叫んだ。
夕日にヒグラシ、少し寂しい夏の終わりの世界。
憐夜が最後に見た、絵にしたかった世界。
同時に彼女にはトラウマの世界でもあった。
「ちょっと! 憐夜!」
黒い雷がライとルナの目の前に落ちる。木が燃え、地面は抉れ、ライとルナは吹っ飛ばされて地面に転がった。
「ルナのせい? ルナがやめるって言ったから?」
「ルナちゃん……違うよ。憐夜は産まれてからずっと……世界を恨み続けてる。それがアマノミナカヌシを知ったことで爆発したんだよ。元々……『K』は騙し騙しだったんだ」
「憐夜は元々、すごく怒っていたんだね」
ライはルナの手を引き走る。
憐夜は我を失っているかのようにライとルナを追いかけ回し、世界を壊していく。
「憐夜には『K』の力がなくなっちゃってる……。憎しみの感情が強くなってる。破壊衝動へ変わった……」
ライは戸惑いながら憐夜を見てつぶやいた。
「ナオも捕まっちゃったし、どうしよう」
「る、ルナは……憐夜を止めた方が……いいと……思う」
ルナは今までの望月家を見て、憐夜の言葉を聞いて、最初の過ちを思い出し、自信がなくなってしまった。怒りに任せる憐夜はいじめっこに暴力を振るった自分と重なり、なんだか悲しくなった。
「……ルナは……止めた方が……いいと思う?」
ルナ自身が決断できず、ライに聞いてしまう。
「……止めた方がいいよね? ねぇ、ルナは止めた方がいいよね?」
「……止めたいけど、私は戦闘ができる神じゃないよ……」
ライはルナを引っ張り、爆発を回避する。すれすれで避けられた。
憐夜は止まらない。止め方がわからない。
「れんや……ルナはどうしたらいいの? れんやの気持ち、ルナはわかるよ……でも」
ルナは自分の運命がなかったら違ったかもしれないと思ってしまっていた。自分が生きていたら向こうのルナを守れたかもしれない、こんなに迷惑をかけていないかもしれない、ママとパパに今の自分を見てもらえたかもしれない。
それよりも、自分が元々いなければ、家族は自分で悲しむことはなかったのではないか。
考えてもその道には行けない。
「……ルナはその道しかなかったんだよ……。ルナは産まれてもないんだから」
自分が産声をあげられなかった理由はわからない。
双子のリスク、高齢出産、向こうのルナに栄養や酸素がいっていて、こちらのルナは低酸素の状態だった、遺伝子構造が初めからルナだけ欠陥で外で生きるための成長ができなかった……など、壱の世界では医学的に考えられることはある。
だが、それは誰に命じられたわけでもなく、ルナがそうなりたいと思ったわけでもない。
親も同じだ。親だって元気な子供を望んでいて、子供が死ぬなんて考えていない。
ルナは産まれる前から親を泣かせ、家族を不幸にしてしまった。
『存在する』意味はあったのだろうか。
自分がいなかったら、皆笑えて幸せだったはずだ。
誰かを成長させるためにルナは悲しみを連れてきたのか?
違う。
それは人間が前向きに進むために発せられる言葉。
そう考えないと人間は自分を保てないのだ。
これはルナの意思でも親の意思でもない……そんなこと、誰も望んでいない……そう言ってしまうと、何も残らないのだ。
悲しみを通り越した『無』しか残らないのだ。
ルナはわかっていない。
感じてはいるが、わかっていない。
ただ、なぜ『存在してしまった』のかをずっと考え続けている。
憐夜も同じ。
状況は違うが、憐夜も同じだ。
たぶん二人は似ているのだ。
時代や環境に適応できなかった憐夜、壱の世界に適応できなかったルナ……、運命という言葉を使えば簡単だが、結局は『自然淘汰』なのである。
「……なんか、悲しいな」
ルナは憐夜を見て、小さく言葉を発した。