憐夜とライ4
「今日はいい天気だな」
小屋から千夜の婿養子、他望月家だった夢夜が千夜の肩を優しく抱いた。
「そうですね。心地良い春の風」
蝶が飛んでいき、あたたかい、のどかな1日。
「まだ、体が戻ってないだろう? 休んでいたらどうだ」
「先ほど昼寝をしていましたので、もう寝られません。明夜がかわいいのでついつい見ていたくなってしまう」
千夜が泣き止んだ明夜をまだまだあやしつつ、夢夜に寄り添った。
「赤子はかわいいな。指を明夜の手にいれるとな、握り返してくるんだ。ちっこい手で」
夢夜が手足の曲げ伸ばしをしている明夜の頬を軽くつつく。
明夜は再び泣き出した。
「ああっ……ごめんな……」
「やはりおっぱいかな?」
二人は微笑みながら小屋に帰っていった。
幸せそうに見えた。
千夜だけ幸せになったのか?
いや、ルナは千夜が子供を育てられなかったことを知っている。
話が進み、小屋に凍夜がやってきた。
「男を産んだようだな」
祝福しているようには見えない笑みを浮かべた凍夜は千夜から突然に息子を奪いとった。
「お父様……返して……。そんなに乱暴に……」
千夜は泣き叫ぶ明夜に手を伸ばすが奪い返すことはできなかった。
「跡取りだ。望月はまだまだ続くぞ」
凍夜は乱暴に赤子の首を掴んでいる。
旦那の夢夜が千夜をかばい、立ち上がった。
「返せ……。その子は俺と千夜の子。お前の子じゃあない」
夢夜は凍夜に怒りをぶつけるが、凍夜はわかっていない。
夢夜を無視し、凍夜は話を勝手に進めた。
「コイツは乳母に預けるからお前は仕事に行け」
凍夜は千夜に戦場に行くよう命令を出した。
「そんな……まだ、おっぱいも出るのに……」
千夜は悲しさに泣き、夢夜は怒りに震えていた。
「お前に人の心はないのか。千夜は体が戻っていない!」
「だからなんだ? 望月を留まらせる理由になるのか?」
凍夜の発言に夢夜は刀をとった。積もりに積もった怒りが凍夜に向く。自分の愛した妻を傷つけていた、こいつのせいで幸せになったやつがいない、明夜を奪われた……。
何より言動がおかしい。
「お前は……俺が殺す……」
「ほう」
凍夜は愉快そうに笑った。
夢夜が刀を構え、攻撃しようとした刹那、千夜が叫んだ。
「言うことを聞きますから! 夢夜様に何もしないで!」
「千夜……なぜ」
「夢夜様……あなたの実力ではお父様には勝てない。今のかかる寸前の忍術がわかりましたか? あなたはわかっていなかった。今、斬りかかっていたら返り討ちに合い、死んでいました。それに、明夜がいます」
千夜は静かに涙を流し、せつなげに夢夜を見た。
「私、行きますね」
「千夜……待て!」
「……明夜を守ってください」
千夜はそれだけ言うと、凍夜と共に去っていった。
夢夜は呆然と立ち尽くし、やがて膝を折り、刀を床に落とした。
「俺は弱い……。弱すぎる。妻も息子も守れなかった……」
話は飛び、千夜に視点が動く。
千夜は敵国の撹乱をしていた。
人を産んだのに、人を殺している。殺した人間にも家族があり、誰かの子供なのだ。
千夜は息子を産んでから躊躇いなく人を殺せなくなった。
誰かの子供……誰かの父……誰かの母……。
自分の子供が死ぬために駆り出されるのは価値があることのようには思えなかった。
千夜は母の気持ちになってしまっていた。他人のことを考えてしまうようになってしまった。
この一瞬のために死ぬのは意味のあることなんだろうか。
千夜は木の上から敗走している兵士、近くで燃えている村をせつなげに見ていた。
村人も逃げている。
千夜がいる木の下で手を繋いで走る親子がいた。親子は泣きながら逃げている。母と息子。
負けた国は悲惨だ。
勝った侵略者は敗戦国に何をしても良い。
親子を追いかけている複数の兵士は戦によって精神が壊れた男達。女を殺したい、犯したい、敗戦国に自分達の強さを見せつけたい、子供を殺したい、支配したい……。
破壊の力が強い時代。
男達もどこかの親の子供だった。誰かの父だった。
戦はすべてをおかしくする。
「……悲しい時代だ」
千夜は手裏剣を手に持つと、追いかける男達の首に手裏剣を投げた。
男達の首に手裏剣が刺さり、うめいているうちに、すばやく下に降り、千夜は男一人一人にトドメを刺していく。
中には少年もいた。
敗走者を逃すまいと追いかけていたのか。
震えている親子を千夜は血にまみれながら、優しく見つめ、言った。
「まっすぐ走れ。我々はこの道の先には行かず、引き返す予定だ。次に攻める時までに遠くに逃げるのだ」
「……ひぃ……」
母は息子を抱きしめるようにかばいながら悲鳴を上げて走り去った。
「……助けてどうするんだ。私」
千夜が下を向いた刹那、毒矢が千夜の胸に刺さった。
「がふっ……」
千夜は急に体が痺れ、動けないままふらつく。そこへ何本もの弓矢が千夜を貫いた。
血が溢れ、千夜は倒れる。
「違反……か」
千夜は望月家の制裁だと思い、望月家を探す。
目の前に無表情の幼い銀髪の少女が立っていた。
若い時の自分のような子だった。おそらく凍夜にしつけられた異母兄弟のひとり。
「……お前も……かわいそうにな」
千夜はそうつぶやいて、息子と旦那のことを想い、涙を流しながら死んだ。
千夜が肌身離さなかった小刀を少女はそっと手に取った。
「これがあれば……夢夜様が凍夜を殺してくれる動機になる」
少女は急いで走り去っていった。
千夜の遺品として夢夜の元に少女から小刀が届いた。
「華夜……千夜は死んだのか……」
「はい」
華夜は目をそらして答えた。
「千夜……そんな……だから……体が戻ってないと……妻は産んでから時間が経ってなかったんだ……それなのに……。戦場に……。なぜ妻が行かなければならなかったのか」
夢夜は泣き叫んでいた。
華夜は夢夜がずっと泣き叫んでいることに恐怖を覚えた。
自分がやってしまったことに恐怖を感じた。華夜は夢夜が恨んで凍夜を殺してくれるという単純な気持ちで千夜を殺した。
「千夜……千夜……」
妻の名を呼び、泣きつづける夢夜。華夜は震えながら夢夜の前から去り、屋敷に戻ったが、屋敷内で夢夜の子が激しく泣いており、華夜はさらに恐怖した。
母が死んだことを感じ取っているのか。
「家族を壊してしまった」
華夜は幼いながらそう思った。
自分が彼らを不幸にしてしまった。
自分には幸せは何も来ない。
自分の存在は、命を絶ち、罪を償うこと。
華夜は泣きながら姉にあやまった。
「お姉さま、ごめんなさい。あたし、間違ってたみたい」
華夜は自分の小刀を取り出すと、森の深くまで行き、誰にも知られずに自身の首を刺して果てた。
一方、夢夜は凍夜の妻、三人と凍夜殺害計画を立て始める。
凍夜に勝つため、夢夜は凍夜に従うふりをし、修行を積んだ。
息子が十歳になった日、夢夜は立ち上がった。
凍夜の子供達はもう、ほとんど残っていない。
皆、なにかを背負って死んだ。
一度も見たことがない千夜の弟達は一度もこちらに帰って来ていない。二人とももう亡くなっているのだろう。
他の異母兄弟もほとんどが死んだ。彼らの子供達はまだ、幼い。
凍夜の呪縛にかかる前に元凶を倒す必要があった。
「今日は凍夜が屋敷にいる」
夢夜は刀を抜くと屋敷に入り、凍夜を突然に襲った。
三人の妻達も懐に忍ばせた小刀を持つ。千夜の母は千夜の形見の小刀を構えていた。
凍夜は咄嗟に振り向き、夢夜の刀を受け止める。
「殺りにきたか」
凍夜は刀で夢夜を抑えつつ、襲いかかる妻達を蹴り飛ばす。
夢夜は凍夜の影縫いにかからぬよう、すばやく飛び退き、再び刀を構えた。
夢夜と凍夜はその後、激しい攻防を続けた。
凍夜は「喜」しか感情がないため、躊躇いがない。故に強い。
夢夜は凍夜の腕を斬る。
しかし、凍夜には痛覚がない。
笑ったままだ。
夢夜は肩で息をしながら、身体中切り刻まれながら凍夜を殺そうと動く。
疲弊した夢夜は凍夜に腹を刺された。
「ぐっ……」
血を吐いた夢夜だったが、そのまま凍夜を抑え込む。
「今だ! 俺ごとやれ!」
夢夜が凍夜の腹に同じように刀を突き刺し、凍夜の妻三人は恨みの感情のまま、凍夜を夢夜ごと小刀で刺し続けた。
凍夜は「死とはこういうものか」と笑いながら死に、夢夜は達成感と後悔を持ったまま死んだ。
息子と妻と過ごしたかった。
最期の気持ちはそれだった。
凍夜の三人の妻は「次は幸せな人生を。子供達に会いたい」と涙を流しながらお互いの首を刺し、自害した。
なんとも悲しい最期だった。
望月家はその後、明夜によって新しく生まれ変わった。
残った凍夜の孫達は夢夜を武神として祭り、悲惨な時代を悲しんだ。
夢夜の子、明夜は望月の主としての人生を生き抜き、夢夜はいつしか望月家を守る武神から地域を守る武神へと姿を変えていた。
そして千夜は望月の守護霊として神格化されることとなったのだ。
「おしまい」
「最後まで読ませてしまいまして、すみません。天記神の干渉がない、ページとページの間に行くために最後のページとあとがきの間に行く必要がありました」
ナオは皆の暗い顔を見て、謝罪した。
「これは……だいぶん」
ライは続けて残酷な歴史を見てしまったため、頭を抱えていた。
憐夜は何かを考えるように下を向き、ルナは悲しい記憶は幸せなのかを考えた。
望月家の歴史は皆、なぜか悲しい。救いのない戦国時代。
生きている内に誰も助けてくれなかった。
希望がなかった。
「成長するための試練を神は与える……みたいなこと、よく聞くでしょ」
ふと、憐夜がそんなことを言った。
「……そうなの?」
「そんなわけないよね」
憐夜は冷たく言い放つ。
「うん、ルナもそう思う」
「頑張れる人に神は試練を与える? バカじゃない? そんなわけないじゃない。病気になった人は死んでるし、弱い立場の人はどう頑張っても生きられずに死んでしまう。乗り越える、乗り越えないの域じゃない人だっているじゃない。人間が都合よくそう解釈しただけ。私はね、怒りすら覚えるわ」
「……確かに」
ルナは憐夜の言葉で納得してしまった。自分の先祖は救いのない人生を生きてしまった。
誰にも助けてもらえず、命を落とした。
なんで、こんな人生を歩まなければいけなかったのか。
こんな人生を望んで産まれたわけではないではないか。
不幸な人生なのは生まれ変わる前の人生で何か悪事をやったから?
そんなわけはない。
人は産まれた時にその人になる。
神がわざわざ成長できる人に試練を与える?
幸せに生きて成長している人はなんなのか。
どうしようもなくて死しか道がない人は成長するための試練だと言えるのか。
「……ルナはわかんなくなった。いじめられてたルーちゃんは成長するためにいじめられてるのか? おかしいよ。いじめられてなくて、成長してる子だっているよ。世界がおかしいよ」
「そうだね」
憐夜はルナの頭を優しく撫でた。
「さあ、準備ができました。生きていて書物に協力している木を見つけました。憐夜さん、弍の世界のシステムにアクセスしてください。その後、ライさんは扉を作って下さい。ルナさんは神力を放出して時期を現代に固定です」
ナオは冷や汗をかきながら三人に指示をした。