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憐夜とライ3

 ライはドアを描き、恐る恐るドアノブを握る。

 ドアノブを握った所で警告音が鳴った。


 「しまった……」


 『警告! 警告! 不正に本から出ようとしています』

 警告は鳴り続ける。


 「はあ……天記神は私達が本に入った段階で気づいていたようです」

 ナオはため息をついた。


 「え、じゃあどうするの?」

 ライが不安そうに尋ね、ナオはしばらく考える。

 そして閃いた。


 「この記憶にある木々から、旧世界時の別の本にそのまま飛びます」


 「え、どういうこと?」


 「天記神が作る本は他の木々の記憶とリンクした本があります。つまり、本になっている木が見つかれば、違う本に入れるわけです。それを渡っていき、今、生きている木の心の世界、弐へ入ります」


 ナオは慎重に歩き出す。

 とりあえず、ライと憐夜、ルナはナオの後をついていった。


 「そんなこと可能なの?」

 「ええ」

 ライは疑いの目を向けるが、ナオは頷いた。

 気がつくと辺りが真っ暗になっていた。


 「ここは?」

 憐夜がナオに尋ね、ナオは歩きながら答える。


 「ここは、本の最終ページとあとがきの間です。私は神々の歴史を検索、見ることができますので、座標を合わせて、『この近くの神を記録した木々の記憶』を本にしたものの中に侵入します」


 「そんな裏技みたいな……」

 ライは怯えながらつぶやき、ナオは座標を計算している。


 「右に三十、上に二十五……左に十五の位置にある木……。この木は逢夜さんの奥さんの記述をしている木の一つですね」


 ナオは決まった順に歩き出す。辺りは真っ暗で木すらもないが、裏でプログラムが書かれているのだろうか?


 よくわからないまま、ナオについていくと突然に森の中へ出た。


 「ええっ……」

 ライは驚き、ルナは不安そうに辺りを見回した。


 『留女厄神(るうめやくのかみ)誕生』

 横にタイトルが書いてあった。


 「あ、ワイズ軍で一緒のルルちゃんの歴史書?」

 ライの言葉にナオは頷く。


 「はい。逢夜さんの妻、厄除け神のルルさんの歴史書です。望月家は神との記述が多く、旧世界の本に沢山書いてあります」


 「おうや……憐夜のお兄ちゃん……」

 ルナがつぶやき、憐夜はため息をついた。見たくないようだ。


 「はい、ここから……また別の歴史書に……」

 その時の木の記憶部分を編集しているため、途中から物語は始まった。


 逢夜はある姫の殺害を命じられる。敵国の姫。

 望月は殿の国盗りを円滑に進めるべく、敵国のある城を落とすことに決め、それを逢夜に任せた。


 この木は逢夜が通りすぎる時を記録するため、編集されたようだ。


 ページが進む。


 場所は姫がいる敵国の城周辺。

 本の中なので気温などはわからないが、雰囲気は秋から冬のようだ。

 木々に葉はあまりついておらず、枯れ葉が飛んでいく。


 「全然違う地域に飛びました。この周辺の木でまた、別の歴史に飛びます」


 ナオが座標計算しているうちに内容は進む。


 逢夜は言葉巧みに敵国の主と仲良くなり、姫と結婚した。しばらく潜伏しながら殿と姫を殺害し、城を落とす予定なため、偽装結婚したらしい。


 城の一室。


 「何度も言わせんじゃねぇ!」

 逢夜は姫を殴り付けていた。


 「でっ、ですが……子をなさないと……」

 「子はいらねぇって言ってるだろ! 俺に指図すんな!」


 逢夜はセツ姫に度々暴力を振るう。セツ姫は思い通りになかなか動かない。逢夜は気性の荒い青年になっており、愛を受けたことがないため、偽装でも愛し方がわかっていなかった。


 「あなたは優しい方なのに、なぜ……急に暴力的になるのですか」

 「……」

 セツ姫の言葉を聞き、逢夜は悲しげに下を向いた。


 ナオはページを飛ばし飛ばしめくり、今、現在生きている木か、歴史書になっている木を探している。


 ページをめくると城が燃えていた。城主は死に、セツ姫は燃える城を呆然と眺めていた。


 夜中のことだった。


 「なんで……逢夜さま」

 セツ姫は目の前に立つ逢夜に涙を流しながら尋ねる。

 「どうして、お父様を!」


 「……もう夫婦じゃねぇ。お前にも死んでもらう」

 逢夜は小刀を持ち、ゆっくりセツ姫に近づいた。


 「……もしや、敵国の……忍。……私は嫁になかなか行けなかった女……。そんな私に一時的な幸せをくれたあなた……。あなたには優しい心がありましたね。嘘で塗り固められてない心……。私には感じました」


 「そんなもんねぇよ」

 逢夜はセツ姫と目を合わせずに吐き捨てた。


 「……そう……ですか」

 「……さっさと死……」

 逢夜が小刀を振り上げた刹那、憐夜を殺した時と重なってしまった。気持ち悪くなり、小刀を下ろす。


 「……私を殺さないのですか?」

 「……殺せない……殺せねぇよ」

 「どうしてですか?」

 「うるせぇ……」

 逢夜はセツ姫の前に膝をついた。


 「お前は俺なんかに関わってはいけなかった。俺はお前を殺さないといけないんだよ……」

 「……あなたも何かを背負っているのですね」

 セツ姫は逢夜の手を優しく撫でた。


 「こんなにお前を殴っちまったのに、なんで俺に優しくするんだ」


 「あなたこそ、なぜそんなに悪者になろうとするのですか? 私に恨まれたいからですか?」

 「……恨まれた方が自分が人でなしだと思えて殺しやすい」

 逢夜は燃える城を見上げてから目を伏せた。


 「あなたも私も……戦国を生きられる人間ではない……ですね」

 背後で複数の足音が聞こえ、声が聞こえ、セツ姫は敵国が攻めてきたことに気づいた。


 城にいる兵達を皆殺しにするつもりか。どこからともなく、火矢などが飛んでくる。


 「セツ……来い」

 逢夜は殺すつもりだったセツ姫を連れて、逃げてしまった。


 「逢夜の過去も……救われない」

 ルナはナオの横でつぶやいた。


 しばらく逃げていたが兵達は敗走し、攻める兵が残党狩りを始め、誰が誰だかわからない状態になった。流れ弾が激しく、矢などがセツ姫に飛んでくる。


 逢夜はセツ姫を必死で守っていた。なんで守っていたのかわからない。


 セツ姫を守り、矢に刺された。

 沢山の矢が逢夜を突き刺した。

 それでも逢夜はセツ姫を守り、安全な場所まで逃げた。


 「がふっ……ごほ……」

 人里離れた静かな山の中、逢夜は血を吐いた。


 「逢夜さま……」

 心配そうに泣くセツ姫は無傷だった。逢夜はこんな簡単に討ち取れる人間ではない。セツ姫を守るため、自分が盾になったのだ。


 「……俺はもうダメだな。この山の上に集落がある……。そこまで逃げろ……」

 「逢夜さま……手当てを……」

 「俺はいい! さっさと行け!」

 「ひ、人を……人を呼んできます!」

 セツ姫は涙ながらに優しく逢夜の頬を撫でると山を駆けていった。


 「……俺はもう死ぬよ。セツ」

 逢夜はセツ姫の背中を優しい顔で見ていた。


 ……助けちまった。

 本当は好きだったんだよ。

 夫婦になれて幸せだったんだ。

 お前との子供……ほしかったよ。


 情けねぇ死に方。


 憐夜を殺して、更夜を不幸にして、幸せになんて生きれねぇよ。


 「ははは……バカな死に方」

 逢夜は自嘲気味に笑い、死んだ。


 寒い夜だった。

 雪がちらつき始める。


 その後、セツ姫は村人を連れて戻り、逢夜の亡骸を見つけた。


 セツ姫は逢夜の亡骸に寄り添い、泣き、村人にかくまってもらうも、再び逢夜の亡骸の元へと戻り、寄り添って凍死した。


 雪が二人を覆い、やがて春になる。


 村人達が悲劇の夫婦の後ろにあった大きな岩を『絆岩』と名付け、二人を供養した。それはやがて神格化し、そこに厄除けの神社がたてられた。


 留女厄神(るうめやくのかみ)、ルルが誕生する。


 山の中腹、ちょうど集落と山の下との真ん中。


 登山客はこの絆岩をパワースポットとして手を合わせていく。悪い人生を良いものにしてくれる……悪い方向を変えてくれる。そんな場所となった。


 神社は分社が山の下にある町の近くにもできた。


 お祭りは毎回、こちらで開催される。山の上の集落は村人が山から降りたためなくなり、だいたいの登山客はパワースポット『絆岩』まで登山し、下山するのが一般的となった。


 夫婦は死後にあちらで出会い、厄除けの神として仲良く暮らしている。


 「おしまい」


 「……死んじゃったんだ。二人とも。生きていた時、幸せになれなかったんだ」

 ルナはせつなげに『絆岩』を仰ぎ、周辺になぜか咲いているピンク色の花を眺める。


 「幸せに……。皆が普通に暮らしてるのに、こうやって救われない人がいる。なぜ?」

 ルナはだんだんと『世界』への疑問が強くなっていった。


 「不思議だ。これは不幸だよね。不平等だよね。すごい幸せでなんでもできる人がいるけど、何にもできない人もいる」

 ルナはナオの座標計算を見ながらぼんやりとそんなことを思った。


 「ルナは生きられなかった。ルナは幸せじゃなかった。パパとママに会えなかった。もしかしたら、逢夜とお姫様のとこに行きたかった子供、いたかもしれない。でも……『存在』すらできなかった」


 「座標、計算しました。今も生きていて、本に組み込まれている木を見つけました。まずはその本に入ります」

 ナオが再び歩き出す。


 また、真っ暗な場所を的確に歩いている。

 しばらくすると、望月凍夜の屋敷付近に出た。


 「また、ここですか……。場所は微妙に違いますが。つまり、望月家の誰かの歴史の中に今も壱を生きているが本としての記憶提供をしている木があるみたいです」


 「木って不思議だね」

 ライがつぶやく中、赤ちゃんの泣き声が聞こえた。


 屋敷のすぐ近くに小屋が建てられており、赤子を抱いた千夜がその屋敷から出てきた。


 「今日はいい天気だ、明夜(めいや)。日光浴だ。泣き止め、泣き止め、ああ、おっぱいか?」

 赤子を抱いた千夜は優しげに微笑んでいる。


 「……おばあちゃん……」

 ルナは今とあまり変わらない千夜を複雑な表情で見つめた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人生って、なんで不平等なんでしょうね。この辺りの哲学的な研究は、経済学やらできっとされているのでしょうが、あまり知らされていないように感じます。でも、資源は有限で、社会情勢も厳しい時がある。…
2023/09/18 10:40 退会済み
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