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憐夜とライ1

 「あ、来た! おじいさん!」

 憐夜はルナを通りすぎ、走り去る。ルナは慌てて振り返った。


 ルナの後ろで杖をついたおじいさんが憐夜に優しげな表情をしながら歩いてきていた。


 「……?」

 ルナやナオはまるでいないかのような扱い。

 やがておじいさんは杖で地面に絵を描き始めた。


 「わあ! おじいさん、これはお馬さん?」

 憐夜は目を輝かせて地面に描かれた馬を熱心に見つめていた。


 「今日はお馬さんを描いてみたよ。描き方はこんな感じで……」

 「教えて!」

 二人は楽しそうに笑い合っていた。ルナは憐夜の楽しそうな顔を見つめた。


 木の枝で馬を描く憐夜の袖から青アザだらけの腕が見える。


 ……アザがある。

 でも、すごく楽しそう。

 お馬さんを描いてるだけなのに。

 楽しそうだ。

 絵ってそんなにおもしろいかな。


 気がつくと夕方になっていた。

 時間の感覚がよくわからない。

 ここにいたのは本当に少しだ。


 なのに、もう夕方になっている。


 「おじいさん! 今日もありがとう! また、明日ね!」

 「また、来るね」

 おじいさんは一言だけ言うと手を振り、山を降りていった。


 憐夜はその後、走りだし、何かを集め始める。

 なぜか風景が憐夜を追い、ルナが動いていないのに森が動きだした。


 「ただの過去戻りじゃない……。これは、あの子の過去だけど、普通の過去戻りじゃない」

 ルナはつぶやくが過去は流れていく。まるで映画を観ているかような感覚だ。


 憐夜は食べられそうな木の実や木の枝を拾っていた。


 どこか焦っている。

 暗くなる前に家に帰りたいのか?


 「憐夜、遅いぞ。忍がのろまでどうする」

 家の近くにある川岸の岩に腰かけていたのは、若い更夜。


 「おじいちゃん……?」

 ルナは若い風貌の更夜に驚いた。初めて見たからだ。


 「ごめんなさい……お兄様。木の実がなかなか見つからなくて……」

 憐夜は絵描きさんに会っていたことを隠しているようだ。


 「……出来が悪すぎる……。お前はすべてにおいて、忍としてできていない。これでは使えない」

 更夜は木の枝を組んで火をつけた。とったらしい魚を木の枝に刺して焼き始める。


 「……次は早く調達します……」


 「余計なことをしていたのはわかっているぞ……憐夜。本日、教えた忍術の練習もしていないだろう。練習すると嘘をついていなくなった。俺はお前を監視していないが、わかるぞ」


 「ひっ……」

 人殺しの冷たい目をした更夜に睨まれ、憐夜は小さく悲鳴を上げた。


 「わた、わたしは……人を殺す術など覚えたくないです……」


 「覚えないとお前が死ぬ! お父様は使えない忍は処分すると言っている! このままではお前がそうなるんだ! 何度言えばわかる!」

 更夜は憐夜を怒りに任せて蹴り飛ばした。


 「……痛い……。なんで、こんな思いをしなくてはいけないのか……。他の子供達は楽しそうにしてるのに」

 憐夜は唇を噛み締め、拳を握りしめる。


 「更夜、また憐夜が言うことを聞かねぇのか?」

 気がつくと更夜の兄、逢夜が立っていた。


 「毎回、聞き分けがないと困るな、わからせるか」

 逢夜の横に姉、千夜も現れる。

 ルナは千夜を見て震えた。


 自分が知っているおばあちゃんと全然違うからだ。この時代の千夜は更夜、逢夜の上に立つ、残忍な少女。


 憐夜は兄、姉の冷たい瞳に体を震わせていた。

 凍夜望月は命令違反、口答えを許さない。


 逢夜が憐夜を引っ張り、近くの岩に手をつかせ、腰から尻まで着物を脱がせる。千夜に背を向けたまま、逢夜に押さえつけられた憐夜は涙を浮かべ謝罪を始めた。


 「ごめんなさい! 逆らいませんから!」


 「憐夜、命令違反の罰だ。暴れず受けなさい」

 「嫌だァァ! やめてぇぇ!」

 更夜が憐夜の口に布を噛ませ、食い縛りを防ぐ。


 「……百叩きだ、いいな」

 千夜は木の枝を思い切り憐夜の背中に打ち付け、憐夜は痛みにのけ反りながら呻き、泣く。


 「……な、なにやってるの……。ね、ねぇ……」

 ルナは憐夜の背中が痛々しくなっていくのを震えながら見ていた。憐夜は岩に食い込む勢いで手を握りしめている。


 その赤くなる背中に怒り、憎悪、悲しみすべてが混ざっているような気がした。


 「け……ケジメでしょうね」

 隣にいたナオがようやく言葉を発してきた。


 「こ、これ……ケジメじゃなくてイジメだよね……。ダメだよね……」


 「ええ。押さえつけて三人で痛め付けている。非人道的ですよ。ですが、これが彼らの日常でした。彼らは悪いとは思っていません。あの子を生かすため、必死なのです。……これは本ですね。私達は今、本の中にいます。この能力……」


 ナオは空を見上げた。

 雲の端にページ番号が書いてあった。


 「天記神の図書館にある、木々の記憶の本。弐の世界の特殊な世界観と天記神の能力で作られた歴史を追体験できる本ですよ。木々は紙になりますから、もう今は亡くなった木から記憶を引き出して天記神が編集してるのです」


 ルナは眉を寄せる。


 「わかんない」


 「ま、まあ、ですよね……。なんでここに飛ばされたかわかりませんけど、本から出るには『しおり』か物語を最後まで見ないといけません」

 ナオの説明にルナは目を細めてから憐夜を見た。


 「わかんない。でも、あれはイジメだ! ルナ、許せない」


 「ルナさん、物語の登場人物達に読者を認識させてはいけません。干渉したら気づかれます」


 「でも、あれは!」

 ルナが叫んだ頃には憐夜は解放されており、その場にうなだれて泣いていた。きょうだい達は焼いた魚を無言で食べ、憐夜にも魚を渡す。


 「さっさと食え。食ったら修行だ」

 「……はい」

 憐夜は逢夜の冷たい一言に素直に返事をした。

 その後、小さくつぶやく。


 「もう嫌だ……。『この記憶』をなんでもう一度繰り返さないといけないの……。私はなんで記憶通りにしか動けないの?」

 その言葉はルナ達の耳に届いた。


 「もしかすると、憐夜さんだけ物語の憐夜さんではない? これはルナさんの力で『本の記憶内の憐夜さん』を現在の憐夜さんに上書きしてしまったのでしょうか? 過去戻りは憐夜さん、ライさんを巻き込んだはず……」


 「わかんないけど、ルナは憐夜を救う!」

 ルナは走り出していた。


 「ま、待ってください!」

 ナオはルナの手を掴んだ。


 「何?」

 「もっと様子を見ましょう……。天記神に気づかれたら、私の立場が……」

 「誰? それ。ルナ、知らない!」

 ルナがナオを振り払った時、ページが進んだ。


 「なぜ、言うことを聞かない! お父様に従え! 死ぬぞ!」

 若い更夜が憐夜を叱りつけている。


 「あぐ……」

 憐夜は殴られ、木に打ち付けられた。


 「手裏剣は! 当たったら怪我をしてしまいます! 刃物を持つなら筆を持ちたい!」

 憐夜は泣きながら更夜に叫んでいた。


 「許されるわけないだろう……。そんなこと。お前はお父様に尽くして望月のため、生き抜くんだ。それしか道がないんだよ!」


 「そんなわけ……そんなわけない! 私は自由になりたい! 人を殺したり、騙したりしたくない! 私には意思が……意思があります! 絵を描いて皆に喜んでもらう人生を歩みたいんです!」


 憐夜は全く忍らしくなかった。

 初めから忍になろうとせず、ずっと家に反対し続けていた。


 「そんな人生、お前には存在しない。あるわけねぇもんにすがるな!」


 更夜も感情を抑えられていない。憐夜のような考えに触れたことはなく、父、兄、姉の言いなりだった更夜。


 更夜は心のどこかで困惑していたのかもしれない。


 「兄に逆らうなら……」

 「それもおかしいとは思わないんですか! また、暴力振るうんですか! 痛みを与えれば従うとそう思っているんですか?」


 憐夜は震え始める。

 憐夜は暴力が嫌いだ。


 叩かれるのも殴られるのも縛り付けられるのも焼かれるのも全部嫌いだ。


 痛いから、苦しいからやめてくれと懇願し、謝罪し、従うことを約束する。


 いつも同じことをしているのだ。


 「上に逆らう、それは望月では大罪だ。仕置きは足の爪二つ」

 「嫌っ! 嫌アァ!」

 憐夜は狂ったように叫び出した。


 「……両足の小指でいい。出せ」

 「そんなこと……じっ、自由になれないなら、自由を掴みます!」

 憐夜は近くにあった木の枝を掴み、構え、涙を流しながら更夜を睨み付けた。


 「ウワアアア!」

 憐夜は叫びながら更夜に殴りかかる。

 更夜は憐夜の木の枝を軽く弾き、胸ぐらを掴んで地面に叩きつけた。


 「いっ……」

 憐夜が呻く。

 更夜は憐夜に馬乗りになると口を開いた。


 「修行もしてないのに、俺に勝てるわけはない」

 「はな……離して……」

 「仕置きが終わっていない」

 「ひっぐ……」

 憐夜は変わらないきょうだい達に悲しくなり、憎しみが深くなり、静かに泣いた。


 同時にこの世に自分を産み落とした世界を恨むようになった。


 ルナは更夜の残虐さに震え、何も動けなかった。


 「ギャアア! いだい! いだぃ! もうやだ! もうイヤァ!」

 憐夜の血にまみれた叫び声が響く。


 「おじいちゃん……酷いよ……。酷すぎるよ……。ルナは……胸が苦しい」

 ルナは拳を握りしめ、泣く。


 「許せない! ルナはおじいちゃん嫌いになる! だいっきらい!」

 ルナは怒りに任せて叫んだ。

 更夜がふとこちらを向いた。

 更夜はルナを見て、すごく悲しい顔をした。


 そのままページは進む。


 「なんで……そんな顔、するの……おじいちゃん……。こんな怖さと痛みで支配するなんて、おかしいんだよ……」


 ルナは自分がやってしまった暴力支配にまた、心を痛め始めた。


 ……やっぱり……痛みでわからせるのはおかしい……。


 ルナはおかしいことしてたんだ。あのおじいちゃんの顔……きっと、思いどおりにならなくてあの子達を殴った自分と同じ顔だ。


 「また、先へ進んだ……」

 ルナの心は限界を迎えていた。


 今までの更夜、千夜像がすべて崩れ去っていたからだ。


 なぜ、自分にはあんなに優しくしてくれていたのに、こんな酷い事をしていたのか。

 ルナにはわからない。

 わかるにはルナは幼すぎる。


 「憐夜……今日はお前が……食料を調達してこい……」

 「……え?」

 更夜の言葉に憐夜は眉を寄せた。今までは枝拾いや食べられる物を見つけてこいなどの指示だった。


 それが食料調達だ。

 望月家はある程度裕福である。

 ただ、外に出る仕事なら食べるものを見分けるのは必要だ。

 憐夜はそれの修行中だった。

 望月家にはそんなに食べ物がないのか?


 「山を降りて村から野菜をわけてもらってこい」

 「……それは……」

 「何も言うな、さっさといけ」

 更夜は憐夜に米を少量持たせ、その場から去っていった。


 「……山を降りて逃げろということ?」

 憐夜は兄の行動を疑い、眉を寄せた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ルナの力が安定してないのか、他の影響もあるのか…… ナオは一応助かったことになるのかなぁ。あちこち大変な気がする!
[一言] 暴力の支配のあった家から抜け出して、平和を求める時って、どうしてもその暴力を浴びなければならないんですよね… ウクライナも、ジャニーズもそういった構図ですし、それが世の中のことわりと思うと胸…
2023/09/09 10:53 退会済み
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