月が隠れる4
「彼らが子供のうちに……アマノミナカヌシを……」
ナオはルナ達を連れ、ライが空間に描いたドアのドアノブを握る。
「ルナさんの『世界から外れた力』と憐夜さんのKの能力でワールドシステムにアクセス……」
時間が歪んでいる。
黄泉の扉が緩くなり、過去の世界が覗き込む。
「まずはドアからワールドシステムに。そして黄泉を私の歴史管理能力で完全に閉じます」
ドアを開けて次の世界に入った。足を着けた世界は夕焼けの海辺の世界。しかし、太陽はない。
夕日はどこにも見えないが、なぜか海はオレンジ色に染まっている。砂浜に打ち寄せる波のみ生きていて、生物がまるでいない不思議な世界だ。
不思議というより不気味。
少し離れた海の上に小さな社が浮かんでいた。
「あーあ、来ちまったか」
ふと男の声がし、ナオ達は体を固まらせた。目の前に紫の髪を肩先で切り揃えている甲冑を着こんだ男が現れた。
「スサノオ様ですね?」
ナオはすぐに相手が『今、この世界にはいないはずの神』だと気がついた。
「歴史神だからな、旧世界で記憶をなくさなかったのか、意図的に記憶を残したのかで俺を覚えていたか」
スサノオは軽く笑っている。
「黄泉が開きかけ、旧世界を思い出す者が増えてきました。不正でしたが、歴史検索にてアマノミナカヌシにたどり着きました。アマノミナカヌシから分離した彼女を我々はこちらの世界を守るため消滅させなければなりません」
ナオは冷や汗を拭いながらスサノオに答えた。
「お前、ただ自分の罪を隠したいだけだろ? そこのK は世界を作ったらしいアマノミナカヌシに恨みをぶつけたいだけ、芸術神はK に感情移入してるだけ。で? お前は……」
スサノオはルナを見ておかしそうに笑った。
「正義の味方気取りに見せて、そこらのガキと同じように感情のぶつけ先を探してるだけ」
スサノオの発言にルナは眉を寄せる。スサノオのふざけて笑っている様子がルナをいらつかせた。
おそらく、図星だった。
少し前(更夜編)にすごい強い神としてルナの前に現れたスサノオ。
あの時は動揺していたが、今は怒りのが勝る。
「……マナに会わせてください」
ナオは静かにスサノオに言った。
「はあ、めんどくせ……。次から次へと壱を守るようなツラしたやつらが現れやがる。でも、まあ……暇潰しにはなりそうだ」
スサノオは神力を高め、剣を手から出現させた。
「うわわっ、ナオ、この神、すごく強そう!」
芸術神ライはスサノオを知らないようだ。スサノオの神力に怯えている。憐夜はK なため、神力を感じていない。
「大丈夫です。私にも考えがあります」
ナオは巻物を取り出した。
「俺とやる気か。女に子供、普段なら手加減してやるところだが、お前らの行動は死んでも文句は言えない行動だぜ? なあ?」
「……あなたに勝つしかなさそうですね」
ナオは深呼吸すると戦闘になることを仲間に伝えた。
「まあ、わかんなけりゃあ全員でかかってこい。俺は女子供をズタズタにする趣味はねぇんだが、どっかなくして動けなくする方が手っ取り早い。足かな?」
スサノオの発言にライは震え、憐夜も息を飲んだ。
ルナには意味がわからなかった。
「……火の神、カグヅチ!」
ナオは巻物を読み、スサノオを襲い始める。スサノオはため息をつくと、「アメノオハバリ」とつぶやき、以前、剣王が持っていた剣と同じ剣を取り出した。
そしてあっけなくカグヅチを切り捨ててしまった。
「で? 次は?」
「やはりアメノオハバリを持っていましたか……。カグヅチを斬った剣を……」
ナオが冷や汗を流しつつ、つぶやくと、スサノオは神力を飛ばして来ていた。
鋭い刃物のような神力。
憐夜が手を前に出し、「K」の能力を解放させる。ウサギのぬいぐるみが飛び出した。
「弐の世界、管理者権限システムにアクセス、『消去』! うーちゃん、『弾く』!」
憐夜が叫ぶとウサギのぬいぐるみが動きだし、スサノオの神力を弾く。うまく弾ききれず、そのまま光に包まれ消えてしまったが、神力はナオに当たらず、横に逸れていった。
その後、憐夜の消去命令がスサノオの神力を危なげにかき消す。
その後、ナオは巻物を再び取りだした。
「武神ヤマトタケルノミコト!」
ナオが巻物を読むと、悲しそうな表情の男性が現れ、剣でスサノオを攻撃し始めた。
ヤマトタケルノミコト。
父の命令通りに戦い、勝っていくが、兵が揃わないまま戦いに行かされ、「父は私に早く死んでほしいのか?」と泣きながら力尽きた若い勇者である。
戦い、傷つき、瀕死のまま都まで帰ろうとしたが、それは叶わなかった。
怒り、悲しみにも似た感情部分をナオは歴史から引き出し、スサノオを襲わせている。
「俺とは違う悲劇なヒーローじゃねぇか。お前のことはよく知ってるぜ。お前もこの世界のどこかにまだ、いるのか?」
ヤマトタケルノミコトはスサノオになにも語らず、ただ、攻撃を仕掛ける。
「悲劇のヒーロー……」
ルナはヤマトタケルをなんとも言えない気持ちで見つめた。
このヤマトタケルはナオが歴史を読み、その時代を具現化した彼である。つまり幻だ。
ナオの神力が作り出しているにすぎないのだ。
スサノオは偽物の力で勝てる神ではない。
あっけなくヤマトタケルを斬り捨て、ナオに神力を向ける。
「くっ……」
ナオは神力が高い神を二柱出現させたことにより、神力を消耗し始めた。ナオは神力の高い神ではない。
「つ……次は……」
肩で息をしながら別の巻物を取り出した刹那、スサノオの神力をもろに浴びた。
「まずい!」
ライが叫び、憐夜が「K」の力を使い、うさぎのぬいぐるみと『排除』を行う。
しかし、スサノオの力のが早く、ナオは鞭のようにしなる神力に当たり、激しい音と共に倒れた。
「がふっ……」
腹を抑え、呻くナオ。
血が滴る。
「な、ナオ!」
ライが戸惑いながら叫び、筆を取り出した。
「……トロンプルイユ!」
ライは体を大きく動かし、巨大な迷路を描く。迷路は立体になり、スサノオを塞いだ。
トロンプルイユは騙し絵。
道だと思う場所は全部平面の絵だ。スサノオがしばらく迷うという、ただの時間稼ぎにしかならない。
「ナオ、大丈夫?」
ライはナオを心配し、憐夜は傷を見る。
「あの男、スサノオは私達を全く相手にしてないよ」
憐夜はナオの怪我が大した傷ではなかったことに気がつき、つぶやいた。
「……致命傷ではないですね……。ですが、あの男を抜けないとおそらく黄泉を閉じるどころか、アマノミナカヌシにすら会えない……」
ナオは腹を抑えながら立ち上がった。
「ダメだよ、あの神、破格すぎる! ワイズと同等な雰囲気があるよ……」
ライはナオを止め、逃げる方向を考え始める。ライは東のワイズ軍の末端。スサノオがどの位置付けかよくわからないのだ。
一方で後ろに立っていただけのルナは怪我をしたナオを怯えた目で見つめていた。
……ルナは何かできないか?
仲間を早く救わないと。
いや……ルナはなんかヤバいことに巻き込まれてる?
これはヒーローになれる行動?
ルナはよくわからないまま、立ち尽くす。
「なんか……取り返しのつかないこと、やってる気がする……」
ルナが小さくつぶやいた刹那、ライのトロンプルイユが音を立てて崩れ、スサノオが砂煙の中、ゆっくりと歩いてきた。
「さっきから何してんだ? 足止めか? 手加減してやったんだ、大したことないだろ? ほら」
スサノオは神力をさらに飛ばし、ナオを神力の鞭で叩きつけ、頭を下げさせる。
「自分で喧嘩ふってきたんだ。頭を下げて命乞いをしろ。主犯はお前なんだろ?」
「……黄泉を完全に閉じないといけないんですよ! アマノミナカヌシが余計なことをするから、『統合時代』からの記憶を、消した記憶を思い出してきた者が現れました! あなた達、上位神が記憶を消せと歴史ごと消せと私に命令したのではないですか!」
血にまみれたナオは珍しく声を荒げた。
「はあ? お前はそのことに必死になってるわけじゃねぇだろ? 『お前が勝手にシステムをいじって消した、立花こばるとの存在を時神が思い出していること』に危機を覚えてんだろうがよ。あれはお前の罪だ。いつまでも逃げてんなっての」
スサノオはあっという間に距離を詰め、芸術神ライを神力で気絶させ、隣にいた憐夜の首上に手刀を叩きつけ気絶させた。
ライと憐夜は同時に呻くとその場に崩れ、倒れる。
ルナは残された。
「俺は英雄と邪神、両方の神力を持つ……。俺の逸話は記述ごとに様々だ。ある時は邪神、ある時は英雄。前の世界では色々あったもんだぜ。今はどっちかな?」
冷たい目をしたスサノオがヘビのようにナオを見下ろしている。
スサノオが座り込むナオの頭に足を置き、砂浜に顔をつけさせた。
「アーァ……振れる触れる。俺は今、どちらか? 女にあんま、ひでぇことしたくないんだがね。お前が喧嘩売ってきたんだから、仕方ないか? なあ、罪神」
「……害は害でしょう……。世界はこのままのが……」
苦しむナオに冷たいスサノオ。
ルナはナオを助けようと無意識に神力を解放してしまった。
「た、助けなきゃだよね……」
「ま、待ってください! その力はっ!」
ナオが焦り、スサノオが咄嗟に飛び退く。
ナオとその周辺にいたライ、憐夜を巻き込み、弐の世界でなぜか大規模な過去戻りが発動した。
「な、なんで……? ルナは時神のリカと『K』のお姉ちゃん(サヨ)しか過去に連れていけないのに! ルナはしかも何にもしてないっ!」
ルナが叫んだ刹那、辺りが森の中へと変わった。見たことのない森の中。
そこにルナとナオだけがなぜかいた。
空気がなんだか今の時代とは違う。どこか冷たく、厳しい。
「ど、どこにいるの?」
ルナが戸惑いながら辺りを見回していると、木の影で憐夜がこちらを覗いているのが見えた。
しかし、憐夜はルナとナオを見ているわけではなく、何か違うものを見ているようだった。
「えっと……ルナ達が見えてないの?」
ルナは声をかけるが憐夜は反応しない。
「……どうなってるの?」
ルナは腹を抑えているナオに寄り添いながら不安げに憐夜を見ていた。