月が隠れる3
鶴に連れられ、しばらく宇宙空間を進み、再び降ろされたのは先程と同じような世界だった。
ルナはナオに「待っていて」と言われ、その場で待機していた。
夕焼け空の夏の世界。
先程の世界と同じか?
微妙に昔の時代のような雰囲気を感じた。
ひぐらしが沢山鳴いている。
ルナが少しの不安を覚えつつ、ナオと待っていると、銀髪の少女が現れた。ルナよりも少しだけ年が上だと思われる少女だ。
青い瞳で千夜や更夜に似ているような気がする。
「……誰?」
ルナは現れた少女に恐る恐る尋ねた。相手が子供だったため、自然に会話ができたようだ。
「私、憐夜。よろしくね。私の世界へようこそ」
憐夜と名乗った少女は優しげに微笑んだ。
「憐夜……。夜がつくの? よろしく」
ルナはやはり名前が引っ掛かったが、あまり気にせずに握手をかわした。
「憐夜さんは『K』なので、目的の世界へ簡単に行くことができます。一緒に行きましょう」
「……そうなんだ」
ルナはよくわからないまま頷いた。
「私ね、絵を描くのが好きなの。私から生まれたもう一柱の神様がね……」
憐夜はルナに饒舌に話し始める。
「ああ、どこから説明がいるんだろう? 私、酷い死に方したんだ。絵描きさんに出会って、筆をもらって、夢を叶えるために家族から逃げたの。でも、その家族に殺された」
「……家族から……逃げた……」
ルナがつぶやいた刹那、過去が流れた。唐突に起こる『過去見』だ。
更夜に似ている少年が憐夜を木の上から悲しげに見ているのが見えた。憐夜は山を必死に降り、逃げている。
「殺されちゃった後にね、私と仲良かった絵描きさんのおじいちゃんが、私を昔話にしてね、私は長い年月で祭られたの。昔話の私はお話でキャラクター。私じゃないから、神社が建ってから別の神が産まれた。それが……」
憐夜はそこで言葉を切り、沈む太陽を眺める。沈む太陽から突然にドアが現れ、中から一人の少女が現れた。
「あの子……芸術神ライ。夢見神社の祭神。ドアを描くことでどこにでも行ける。描いたものを具現化できる能力がある。弐の世界から人の心に干渉して、『芸術のひらめき』を引き出して信仰を集めてる神だよ」
「わかんないよ……」
ルナはそっけなくつぶやいた。
「ああ、ライさん、いらっしゃいましたか」
ナオがベレー帽をかぶった金髪のかわいらしい少女に話しかけた。
「先程は私の世界に来てくれてありがとう。これで憐夜と世界を繋げられた。私、ワイズ軍だから大した協力できないかもだけど、私の産みの親、憐夜ちゃんの頼みだからね。まさか世界を恨んでアマノミナカヌシを倒す方面に行くとは思わなかったよ? 『K』なのに」
ライが心配そうに憐夜を見るが憐夜は目を伏せただけだった。
先程、ルナがうろついていた世界は芸術神ライの世界だったらしい。そして、こちらは憐夜の世界のようだ。
ルナは過去見で憐夜の事が見え始めていた。
憐夜の死に際の感情が手に取るようにわかる。
「自分はなんで産まれたのか。ひどい目にあって死ぬために産まれたのか? この人生はなんだ? 私には産まれた時から自由がなかったというのか? これでは牢に入れられ鞭で打たれるだけの奴隷ではないか」
憐夜は殺した逢夜、自分を拘束し続けた更夜、非道に押さえつける千夜を恨み、おかしな状態を作り出した凍夜望月家を恨み、自分をこの世に産んだ世界を恨んで、死んだ。
「産まれた意味がわからなくて、恨みになったんだ……」
ルナは小さくつぶやき、憐夜を仰ぐ。
「ちょっとわかるな。ルナは産まれてもないけど」
ルナがつぶやいた直後、柔らかい風が通りすぎる。風が通りすぎるのを眺めながら、ルナは『運命』とは何かを考え始めた。
産まれることすらできなかった自分の運命は何なのか。
向こうのルナとは違いすぎる自分。自分は本当に今、『存在』しているのか。
ナオが手を伸ばしてきた。
「行きましょう。ルナさん。憐夜さんとライさんの世界が繋がり、ライさんがこちらに入れました。準備ができましたよ」
「……うん。何してるかわかんないけど」
ルナはナオの手を優しく握った。
「これから、ワールドシステムに不正アクセスします。こないだ、黄泉が開いたので黄泉も閉じておきたいところです。古い害のある記憶が出てしまう……」
ナオはライと憐夜に目配せをし、ルナを見る。
「ルナさん、あなたのその不思議なデータ、壱に縛られていない自由なデータが世界を変えるのです」
ナオは巻物を取り出し、ルナの神力を引き出す。弐の世界の時間が曖昧になり、世界が歪む。
そしてそのまま憐夜が皆を浮かせ、ルナ達は世界から離脱した。